エロシーンはありません。
「いろいろな可能性をシミュレートしてみたの。でも、その可能性には思い至らなかったわ。あの……」
由梨佳が気遣うように言うのを聞いて多輝は気にするな、と笑った。それから両手に包んでいた由梨佳の手をそっと毛布の中に戻す。由梨佳が困惑した面持ちで多輝とその手を見比べる。
「私とあなたの、その……関係の深さとというか……はどの程度までだったのかしら?」
おずおずと言いにくそうに言った由梨佳を見つめて多輝は苦笑した。
「肉体関係のことか?」
そう訊ねると由梨佳が困ったように目を逸らす。多輝はそうだな、と呟いて腕組みをした。どう言えば判り易いだろうか。思案する多輝を由梨佳が不安そうに見つめる。眉を寄せてしばし考えてから多輝は告げた。
「記憶をなくす前と今とじゃ違うだろうから、不快かも知れないけど」
そう前置きしてから多輝は言葉を継いだ。
「おれが男の時はやりまくってたかな」
結局、上手い嘘を思いつけずに多輝はストレートにそう言った。すると由梨佳が真っ赤になって多輝から目を逸らす。だが間を置いて由梨佳は多輝を再び見た。恥ずかしさに頬を染めたまま、それでも真剣な顔で問う。
「私の記憶は戻るの?」
「戻らない方がいいんだろうな。おれ、あんたにはけっこう無体なことしてたし」
道具のように扱えと言われ、多輝も最初はそうするつもりでいた。実際、人形のように扱っていた覚えもある。だが由梨佳はそれでも文句一つ口にしなかった。多輝に仕え、よりよく働くように自分から機体のプログラムも変更してしまったくらいだ。
「つまり、記憶を戻す方法はあるのね?」
真剣そのものの表情で問われて多輝は眉を寄せた。
「記憶が戻った方がいいのか?」
記憶をなくした者が取り戻したいと願うのは当然なのだろう。だがそう判っていても応えた多輝の声は無意識にかたくなった。由梨佳にとって過去の記憶は爆弾にしかならない。だがそれを説明すれば頭のいい由梨佳のことだ。言わないことまで悟ってしまうだろう。
「戻せるなら、戻したほうがいいに決まっているわ。あなたが望むならだけれども。もしかしてあなた、私に対して負い目とか感じてる?」
考えをめぐらせていた多輝の耳に由梨佳の声が飛び込んでくる。多輝は俯けていた顔を上げて首を横に振った。すると由梨佳が唇を引き結んで思案顔になる。やれやれとため息を吐いて多輝は椅子の背もたれに深く寄りかかった。
「おれ、病人とかの扱いってよくわかんねえんだよ」
愚痴のように呟いてから多輝は勢いよく立ち上がった。急に動いたからか由梨佳がぎょっとしたように多輝を見る。
「とりあえずだな。これまでのことよか、これからの事のほうがずっと複雑で面倒だから、そっちを覚えるために記憶の余白は残しといてくんねえかな」
それまでの穏やかな喋り方からいつもの少し乱暴な喋り方に戻して多輝はそう言った。それまでどことなく恥ずかしそうにしていた由梨佳が何度か瞬きをする。
「私のほうは、記憶が無いなら開き直るしかないから、それで構わないわ。でも、あなたは私の昔の記憶は必要ではないの? それとも記憶を戻す事にリスクがあるの?」
「おれは由梨佳をなくしたくねえから、記憶はない方がいいっつってんだろうが。あんたには居てもらわなきゃ困るんだよ」
半ば怒ったように言ってから多輝は頭をかいた。ただでさえ主人に立てつく、使えない使い魔しかいないのだ。そんな思いを込めてため息を吐いた多輝の耳に小さな笑い声が届く。由梨佳が急にくすくすと笑い出したのだ。
「あんだよ」
顔をしかめて多輝は不機嫌にそう訊ねた。口許に手をあてがって笑っていた由梨佳が横たわったまま多輝を見つめる。
「私はあなたのものなのね」
微笑を浮かべて言った由梨佳が照れたように目を背ける。多輝は不機嫌な面持ちのままで椅子に腰掛け直した。もう一度、由梨佳の手を取って大事に両手の中に包む。今度は由梨佳も真っ赤にはならなかった。
「ったりまえだろうが。由梨佳以外の誰が男のおれに付き合うんだよ。おれはホモじゃねえんだよ」
吐き捨てるように言ってから多輝はこの施設についての説明を始めた。由梨佳のような機械の身体を持ったヒューマノイドと言われる多くの者が詰めていることを説明する。ついでに多輝はこの施設を取り仕切っている優一郎のことも由梨佳に話して聞かせた。
「ヒューマノイド……」
由梨佳が自分の身体を見下ろして呟く。多輝は出来るだけそっと由梨佳の上半身を起こしてやった。手術用の薄い着物一枚しか身につけていない身体を由梨佳が見下ろす。両手を静かに目の前にかざして見つめる由梨佳に多輝は告げた。
「ヒューマノイドってのは年も食わないし、見た目は人よりずっと綺麗なんだけどな。機械だから壊れたら修理しなきゃなんねえし」
そこまで言ってから多輝は由梨佳の身体を見つめた。薄い生地で出来た服の隙間から由梨佳の白い胸元が見える。
「鏡はないかしら?」
そう言いながら顔を上げた由梨佳と目が合ってしまい、多輝は慌てて目を逸らした。服の間に覗いた由梨佳の胸を見ているうちに無性に女が抱きたくなってしまったのだ。そういえば天空の城でお預け食らっちまったんだっけか。そんなことを思いながら多輝は由梨佳に手を伸ばした。慌てた声を上げる由梨佳を両腕に抱え上げる。
「慣れないと酔うから目を閉じてろ」
そう由梨佳に言ってから多輝は自分の部屋に跳んだ。一瞬で視界が弾けて次に見慣れた景色が目の前に現れる。多輝がもういいぞ、と声をかけたところで由梨佳が恐る恐る目を開けた。
「テレポーテーション……?」
目を見張って由梨佳が力なく呟く。そう、と軽く頷いて多輝は部屋の隅にある姿見の前に由梨佳をそっと降ろした。頼りなくふらつく由梨佳の腰を抱いて多輝は鏡を指差した。
「ほら。鏡、見たかったんだろ?」
そう言ってから多輝は腰を抱いた由梨佳をまじまじと見つめた。辛うじて腿の上の方まで隠れてはいるが、短い上衣しか身につけていないために由梨佳の足はほぼ全て剥き出しになっている。合わせた襟の間から覗く白い胸元を見つめてから多輝は鏡に目を移した。
このエピソード、かなり長いです(汗)