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あたしは罠だから駄目
白い九階建てのそのビルは外観は至って当り前のオフィスビルだ。このビルを所有しているのは吉良瀬トータルソリューションという吉良瀬財閥系企業だ。が、表向きはオフィスとなっているこのビルの地下には居住施設が存在する。地下鉄の駅のホームに降り立った祐は真っ直ぐにその居住施設を目指した。様子見も兼ねて施設を管理しているヒューマノイドに挨拶してから地上階に続くエレベーターに乗る。
この吉良瀬トータルソリューションは財閥当主である紫が日頃詰める場所にもなっている。が、実際のところ、現在の吉良瀬財閥をあらゆる面において回しているのは紫ではない。実質働いているのは優一郎が作ったヒューマノイドたちなのだ。
エレベーターを降りて一階のフロントに座る二人の受け付けに挨拶する。彼女たちもやはりヒューマノイドだ。礼儀正しく祐に挨拶した後、片方の女性が手早く第一秘書に連絡を入れる。ほどなくして祐は受付の一人に八階に案内された。
ここに務める秘書タイプと呼ばれる高性能のヒューマノイドは現在のところ五人。祐は第一秘書であるヒューマノイドの個室に案内された。ドアをノックしたところで受付の女性が祐に深々と一礼してその場を去る。
「道代ちゃん。いつも本当にお疲れ様」
部屋に通された祐は真っ先にそう挨拶した。部屋の奥の机についていた一人の女性がいいえ、と穏やかな微笑を浮かべる。大前道代というこの女性こそが紫に代わってこの会社を実質運営しているヒューマノイドなのだ。
「祐様こそ、お疲れ様です」
席を立って祐をソファに座るように促してから道代がスカートをめくる。ヒューマノイドがマスターに対してとる標準的な形の敬礼だ。それを見て頷いてから祐はソファに腰を下ろした。
「この会社も、道代ちゃんや咲子ちゃんが居なかったら、正直どうなっていたか判らないわ。馬鹿な母のせいで本当に迷惑をかけてごめんね」
一人の女性が二人分の茶を運んでくる。ありがたくそれを受け取ってから祐は道代に向き直った。祐の正面に静かに腰を下ろした道代が何でしょう、と先に訊ねる。
「あたしは優一郎みたいなヘンタイじゃないから、それは無しでいいから」
先の敬礼のことを思いながら言った祐に道代が素直にはい、と頷く。祐は苦笑して紅茶に手をつけた。程よい濃さでいれられた紅茶を啜ったところで何気なく微笑む。そういえば水輝のいれる紅茶もいつも美味しかった。だから会う時にはいつも祐は水輝に紅茶をいれてくれとせがんでいたのだ。水輝は喫茶店でいれるのとほぼ同じ味の紅茶をいつも気前よくいれてくれた。
「で、不肖の母は計画どおりに執務室に居るのかしら?」
気持ちを切り替える意味もこめて祐は道代にそう訊ねた。計画通りにいっていれば、紫は今ごろ仕事と銘打たれたささやかな作業を続けている筈だ。だが紫が仕事と思い込んでいるそれは、会社としては特に処理しなければならないものではない。必要な書類の処理は紫が不在の間も道代が行っていたのだ。
「はい。重要書類をあの方に見せるのはセキュリティ上まずいので、仕事をでっちあげるのには苦労しましたが」
そう言って道代が苦笑する。祐はそれを聞いてつられて苦笑して頷いた。
吉良瀬財閥をかつて切り盛りしていた立城はもういない。立城から紫へと存在の座位が変化したと同時に、紫には財閥を動かす能力はなくなってしまったのだ。一時は優一郎にその権利が動きかけていたのだが、紫は立城の座位に固執して結局のところは新たな当主と世間に認知されることになった。だが能力の欠如はいかんともしがたい。結局は優一郎が作り上げたヒューマノイドが現在の吉良瀬財閥を切り盛りしているのだ。
「道代ちゃん。当分苦労かけると思うけど、お願いね。ま、何もかも背負いすぎる優一郎が悪いんだけど」
渚さんか奈月ちゃんを引っ張り出せたら一番いいんだけどなあ。つい、そう続けてから祐は苦笑した。それを一番嫌がっている水輝のことを思い出す。水輝は奈月や渚を吉良瀬財閥という力に巻き込むことを極端に嫌がっているのだ。先の事件は殆どそのために起こったと言ってもいい。
「あの……」
言葉を濁した道代が戸惑いの目を祐に向ける。紅茶を啜っていた祐は眉を寄せた。
「何よ? 言いかけて止めないで。気になるじゃないの」
「あなたでは駄目なのですか? いろいろな手段があると聞いています」
しばしためらった後、道代がそう告げる。それを聞いた祐はティカップを静かにテーブルに戻した。
「あなたにはあたしと優一郎が別に見えるのね」
さすがに目ざといわね。囁くように続けて祐は苦笑した。今朝会ったことから考えても順は間違いなくそのことに気付いている。だが他の……多輝や水輝については祐と優一郎が完全に同一人物と思っているようだ。
「駄目よ。あたしは罠だから」
かつて存在した紫翠と呼ばれた龍神はあらゆる仕掛けを世界に残して逝った。誓約に従って常に水輝の傍にいるため、その仕掛けは今でも時折発動する。そしてその生まれ変わりだった立城もやはり紫翠と同じ手法をとった。
だが彼らは完全に同一ではない。資質がごく似ていても魂は全く別なのだ。紫翠は水輝を壊すための仕掛けを残した。だが立城はそれから水輝を守るための仕掛けを施したのだ。
仕掛けが発動すれば水輝は動く。だがその仕掛けが紫翠と立城のどちらが仕掛けたものなのかは、嵌ってみなければ判らない。結局のところ水輝にとってはどちらの仕掛けも罠となる。両者の仕掛けが複雑に絡みあって大事になってしまうケースが殆どなのだ。
「じゃあ、あれのある場所に案内してくれる? 優一郎が立ち去っても入らないで。あたしが消えるまで決して誰も呼んだりしないで。マスターとしての命令よ」
そう言って祐は立ち上がった。ほんの僅か、寂しそうな光が道代の目に宿る。だがすぐに道代も立ち上がった。
……ある意味、機械ではありますけど女性が足をひろげてアレしたりするので、エロと言えばエロ……?w