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金属製の扉は見た目にもとても頑丈に出来ている。道代がスカートをめくり上げてコネクタを膣口にさすのを祐はぼんやりと見守った。ほどなく軽い電子音がしてセキュリティが解除される。赤いランプがグリーンに変わったところで道代はそそくさとコネクト用のスティックを膣から抜いた。丁寧に合成愛液をハンカチで拭って壁に備え付けられている小さな箱にそれを戻す。開いたドアから祐はその部屋に入った。
この会社で働くヒューマノイドに与えられている個室の中でも、特にこの部屋のセキュリティは厳重にしてある。だが部屋の中の様子はごく普通だ。来客があると先に知っていたのだろう。部屋の中にいた一人の女性が深々と頭を下げる。道代が外から部屋の扉を閉めたことを確かめてから祐はその女性に頷いてみせた。
「よろしくね」
と言ってもこれに自我は無かったんだっけ? 独り言のようにそう続けて祐はその女性の正面に立った。紫とそっくりの身体を持つこれは替え玉用のヒューマノイドだ。役に立たない紫の代わりに外交を行ったりする役割を持つ。
「でもあなたのほうがよっぽど不肖の母よりは役にたってるわね。使い魔としては出来そこないだけど、こうして機体と組み合わせるには本当にちょうど良かった」
かつて紫は本来の座位に移る際に一時期だけヒューマノイドの機体に宿っていたことがある。役に立たない紫の替え玉を立てるため、水輝がその力でヒューマノイドの機体だけを紫から切り離したのだ。だが、その機体だけでは動かすことは出来なかった。
厳密に言えばこの機体も、そして奈月や多輝もヒューマノイドではない。何故なら彼らの機体には生体の脳は組み込まれてはいないのだ。ヒューマノイドの性能は持ち合わせてはいるが、動かしているのは生体脳ではなく、別の力だ。
「それじゃあ少し借りるわね。っと、あいつ、まだ眠ってるんだっけか」
これといった反応を示さない女性にそう言ってから祐はソファに近付いた。静かに腰を下ろして意識を集中する。目を閉じた祐の身体がほどなく傾ぐ。ソファに力なく祐が寄りかかったと同時に祐の意識は身体を離れ、立ちっ放しだったヒューマノイドの中に潜り込んだ。自我らしいものが存在しないヒューマノイドに入り込んだところで祐は何度か瞬きをした。どうやら特に問題なく機体は動かせるようだ。
「この時のためにあつらえたように反属性ね」
これなら特に何もしなくてもあたしをきっちり消し去ってくれそうね。そう呟いて祐は小さく笑った。それから改めてソファに力なく寄りかかっている元の自分の身体を見やる。
このヒューマノイドにこめられているのは水輝の力だ。だが器に応じてその力は変化している。紫から切り離した機体に合わせて水輝の力は本来の質を変えてしまっているのだ。
祐は静かにソファに近付いた。
「しかし、こいつって本当に変態よね」
わざわざ機械式に改造してこの身体まで抱いてるんだもの。呆れたように呟いて祐はまじまじとソファに寄りかかる身体を眺めた。今のこの身体には祐の意識は残っていない。女性の身体をしてはいても存在するのは優一郎のみだ。目を閉じていた優一郎が小さく呻いて静かに瞼を上げる。
「こら! 変態マザーファッカー! 起きなさい!」
優一郎が目覚めたことを知りつつも祐はそう声を張った。ぼんやりと薄く目を開けていた優一郎が慌てたように顔を上げる。
「いったい、どうして!? 君は」
僕じゃ無かったのか? 愕然とした面持ちで優一郎が呟く。祐は腕組みをしてそんな優一郎を冷ややかに見下ろした。
「あたしは、あなたよ。最初は確かに演技だったわよね」
くすりと笑って祐は静かに優一郎の正面のソファに腰をおろした。あの日、水輝が女性に変質した優一郎に呼びにくいから、と名前をつけた。そしていつしか優一郎は女性に変質して水輝に会う時にわざわざ男性の時とは異なる喋り方をし始めた。そのことについては水輝は特に何も言わなかった。水輝は水輝なりに優一郎が苦しんでいることを知っていたからだろう。
「でもね。水輝さんは嵌められていたのよ。わかるわよね? 佑」
そう祐が語りかけた瞬間、優一郎が目を見張る。祐は静かな眼差しで真っ直ぐに優一郎を捉えていた。
通常、名乗っている名前とは別に自分達には本質を示す名前と言うものがある。例えば順には茜という名前があるし、水輝にも別の名が存在する。そして当然のことながら優一郎にもまた本来の名があるのだ。
優一郎の持つ属性は龍神の中でも特異だ。他に似た存在はいない。誓約の管理者はどんなに世界が広くともたった一人だ。そして管理者故に言霊というものに他より強く縛られる。
「水輝さんにはいくつもの力が入り込んで複雑に入り組んでる。あなたの名前を読み間違えたのも、水輝さんの中にしかけられた罠のひとつよ」
って言わなくてももうわかってるか。そう続けて祐は苦笑した。優一郎はそんな祐をしばし黙って見つめてからため息をついた。本当は最初から優一郎には判っていた筈なのだ。管理者が己の名を読み違えるなどあり得ない。水輝に呼ばれた時からそれは自分とは異なる名だと優一郎は心のどこかでは気づいていたのだ。
「まあ、あなたも彼の影響を受けているから仕方ないわ。これは、彼の、紫翠の罠よ。沙耶と砂夜と言えばわかるでしょう?」
かつて紫翠と呼ばれていた龍神は夜叉である砂夜と恋におちた。当時、龍神の禁忌を破った紫翠は討伐されることとなった。その任につき、隠れていた紫翠を真っ先に見つけたのが水輝だ。水輝は命令を履行し、紫翠を己の刀で殺してしまったのだ。
紫翠は夜叉である砂夜を守る役目を水輝に押し付けてこの世を去った。その約束は誓約として成立し、水輝はその瞬間から砂夜を守ることとなった。生まれては死に、死んではまた生まれる砂夜の魂をずっと見守り続けたのだ。
そして砂夜は長い時を経て莢花と呼ばれた一人の少女に生まれ変わる。水輝はかつての砂夜の魂を守るため、莢花の兄としてその家庭に潜り込んだ。同時に莢花の姉として存在していたのが渚だ。
祐はなかなか勇ましいと思うのです。