不意に執務室の扉が開く。現れた道代を見て優一郎は仰天した。
「その方の手を煩わす必要はありません。既に、手配済みですから」
部屋の中にいた四人に向かって一礼した道代がそう告げる。ありゃ、と力なく呟いた順が困ったように頭をかく。
「んでもまあ、引っぺがす役目は普通じゃ出来ないっしょ。オレは属性的に無理だし、優一郎くんは体力的に不可能。ってことはやっぱ、透ちゃんに頼むしかないんじゃないの?」
入れ物があってもねえ。そう呟いて順がちらりと道代を見る。呆れるやら驚くやらで優一郎は口を開けて彼らを見守るのが精一杯だった。そんな優一郎を軽々と順が腕に抱え上げる。
「ですから、既に最も適任な方を手配済みですから。まもなく地下に到着されます」
「えー。ケチ」
唇を尖らせて順が道代に不服を言う。何とか順の腕から降りようとしていた優一郎はふと奇妙なことに気がついた。順から水輝の気配がする。そのことに気付いた優一郎はぴたりと身体の動きを止めた。
「これは吉良瀬の問題ですから」
しれっとした顔で言って道代が失礼します、と礼をしてからドアを閉める。取り付く島もない態度だったからか、順が苦笑して肩を竦める。
「もー。相変わらずキミのトコの秘書は優秀なんだからー。少しは中身見せてくれてもいいのにさあ」
しばしぶつぶつと口の中で文句を言ってから順がため息を吐く。そんな順の横に立っていた透が納得顔で言う。
「なるほど、金をひっぱりだしたか」
「あー。ナギちゃんかー。カノジョ相手じゃ、ちょっとオレの分が悪いなあ」
へらへらと笑いながら言って順が床に目を落とす。そこで順はさっきまでと同様の気楽な声で言った。
「悪いんだけどさあ。透ちゃん、コレ、持って帰っといてくんない? オレはこの通り、手が塞がってるしさ。どうせしばらく目は覚めないだろうし、屋敷のオレの部屋に入れといてよ」
まるで荷物に対する気軽さで順が言ったのは紫のことだろう。それに気付いた優一郎はさすがに眉を寄せた。だが透はあっけらかんとしたものでふうん、と呟いて床に倒れたままの紫を見下ろす。
「こんなヘタレ龍神持ってかえっても、邪魔なだけじゃねーの?」
「ヤだなあ。これでもオレは紫ちゃんらぶらぶなんだよ?」
透の余りの言い草に閉口した優一郎は、その後に続いた順のせりふに呆れた顔をした。だが不思議と不快感はない。どうやら順は意図的に優一郎の身体に癒しの力を送り込んでいるようだ。属性の異なるその力は、恐らく誰かの宝珠から転送しているのだろう。
「まあ、あんたの物好きは今に始まった事じゃないからな。しかし、使い魔作る加減も知らないバカが何の役に立つんだか」
試験管を片手に握り替えて透が頭をかく。だがそんな透にへらへらとした笑いを浮かべたままで順が言う。
「透ちゃんだって水輝ちゃんに三倍返ししたいってゆってたじゃん。丁度いいっしょ?」
それを聞いた優一郎は驚いて順と透とを見比べた。その場から静かに動いた順が机に足をかけて片腕とその足で優一郎を支え、煙草の灰を灰皿に落とす。
「まあな、処女奪われた事に恨みはないが、騙した上に記憶操作しやがったのだけは許せねー」
苛々とした口調で言って透がふん、と鼻を鳴らす。灰皿に短くなった煙草をねじ込んでから順は改めて両腕に優一郎を抱えた。そのまま元の場所に戻る。
「あ、そいえば水輝ちゃん、ばっちり効いたよ。例のヤク。それと、もう片方のも効果確認済み。実験データは一応、透ちゃんに送っておいたけど龍神に対するのってなかったっしょ?」
すらすらと言いながら順が片手の指を鳴らす。すると床に横たわっていた紫の周囲を汚していた血が一瞬で消え去った。同時に切り裂かれていた服も消え、真新しいパジャマに紫の身が包まれる。
「さんきゅー。で、こいつは、あんたの部屋に置いときゃいいんだな?」
そう言って透が試験管を白衣のポケットに突っ込み、紫を抱える。相当深く眠っているのだろう。その程度で紫が起きることもないようだ。無防備に透に身を預けたまま、眠り続けている。
「うん、そう。あとさあ。真也くんのナニってあったよねえ。アレ使ったら面白いと思うんだけどさあ」
まるで世間話でもするような気軽さで順がとんでもないことを言う。それを受けた透が眉を片方だけ器用に上げた。
「ああそっか。なるほど。じゃあいきなり実験始めちまっていい?」
「先に体力は回復させてよ。あと、手加減くらいはしたげてねー。優しいオレを印象付けなきゃなんだからっ」
間違っても壊さないでよ。そう付け足した順に透が苦笑する。
「わかったわかった。それじゃあ先に行くぞ」
そう言った直後、その場から透と紫の姿がかき消える。相変わらず忙しいねえ、と呟くように言ってから順が優一郎を見下ろす。それまで黙していた優一郎はそこで漸く口を開いた。
「茜さん。それで、僕はどうするつもり?」
「パンツはいてないみたいだし、やっちゃう?」
呑気な口調で言われて優一郎は思い切り首を横に振った。するとあはは、と順が笑う。
「崩壊したいんですか?」
真顔で言った優一郎を見下ろして順がひょいと肩を竦める。どうやら順にも優一郎の内部で二つの珠が荒れた力を揮っていることはわかっているようだ。
「じょーだんよ、冗談。えっとね。ちょっと水輝ちゃんがね」
困ったことになっててねえ。急に難しい顔で呟いた順を優一郎は目を見張って見上げた。
「足止めを頼んだ共犯としては、協力せざるを得ないというわけですね」
「ぶちこんだのキミの精液だしねえ。キミ以外がどーにか出来るもんでもないみたいでねえ」
真面目な顔で言った優一郎に順がさらりとそう答える。それを聞いた優一郎はすぐには反応出来なかった。我に返って驚きの声を返すと順がため息混じりに言う。
「何回かぶちこんだら飛んじゃって」
「また無茶なことを……」
深々とため息を吐いて優一郎は額を強く押さえた。まあ、見て貰った方が早いかな、と順が言ってその場から転移する。転移特有の頭のぐらつきを堪えながら優一郎は恐る恐る目を開けた。見たことのない部屋の様子が目に映る。暗い部屋の様子を見た優一郎は言葉をなくして目を見張った。
力なくベッドに水輝が横たわっている。半裸の水輝の目は開いているのにどこも見ていないようだ。視点が定まっていない。
「水輝さん」
そっと声をかけて優一郎は順に目配せをした。無言で頷いた順がベッドにそっと優一郎を下ろす。順は気遣ったのかそのまま部屋を出て行ってしまう。それを見送ってから優一郎はもう一度、水輝に呼びかけた。するとぴくりと水輝が震える。だが水輝は少し視線を彷徨わせただけだった。
「今日は、一緒に休むかな。水輝さん、おやすみ」
そう言って優一郎は水輝にそっと身を寄せた。するとそれまで反応しなかった水輝がゆらりと腕を上げて優一郎の身体を抱く。聞き取りにくい水輝の呟きの中に自分の名前を見つけ、優一郎は微笑みを浮かべて目を閉じた。
順は意外と真面目なので、優一郎に付き合いました。
というか、そうでないと困る訳ですが……。