魂の座、入れ物に付された名前と魂そのものの名は異なる。その名は真の名、真名と呼ばれる。多くは真名を本人も自覚しないまま生まれ、そして死にゆく。龍神は力ある存在故に魂に付されたその名の気配を感じる者もある。
だが本質を示す真の名を正しく読める者は世界に一人きりだ。優一郎の首筋から顔を上げた水輝は朦朧とする意識の中に巡る膨大な知識の量に呻いた。知りたくもないのに様々な事柄が光のように意識の中を過ぎる。身体はまるで憑かれたように動き、より強い快楽を求める。焦点の定まらない目を優一郎に向けて水輝は手を伸ばした。大量にぶちまけられた精液を絡めた指を優一郎の膣の中にねじ込む。
「みど……」
掠れた声で言いながら優一郎がかたく閉じていた目を開ける。水輝は膣内に挿入した指から遠慮のない力を放った。青白い炎のような気配が水輝の周囲に生まれる。水輝の指先から放たれた力は迷う事なく優一郎の子宮内に飛び込んだ。
生まれる者、死にゆく者、多くの魂が流転する時の流れに逆らう事なく世界を漂っている。過ぎ去った時はやがて風化して消え、そしてまた新たな時を紡いでいく。果てることなく繰り返される時の連なりには澱みも歪みも存在しない。
どんなものも歳月を重ねて朽ちていく。世界もまた、時を流れるうちに歳を取り、滅びへと向かって行くのだ。
水輝は唐突に笑い声を上げた。何かが壊れたように笑う水輝の指が自然と優一郎の膣から抜ける。
「捕まえた。あなたの名は碧。そうですね?」
そう言って優一郎が水輝の手をつかむ。ぼんやりとした視線を優一郎に向けた水輝の笑い声が止まる。
「小さな人形師よ。憐れな魂の管理者よ。かの者の名は沙耶。何者かの鞘として存在する者。そはかの者を如何とするや」
抑揚のない声で言いながら水輝は俯いた。頭の中が真っ白で何も考えられない。行き過ぎる知識だけがまるで光のように感じられる。だが感情の失せた水輝の目からは何故か涙が伝っていた。
「しばらくの間、刀でありたいです。ただし、僕よりも相応しい刀が現れれば、座を譲ります」
真剣な表情で言った優一郎を見つめていた水輝はふわりと視線を逸らして中空を見た。
「おお、我が祈り、届けられたか……」
抑揚のない声でそう呟いた直後、水輝の頭に行き過ぎていた知識の洪水はぴたりと納まった。低く呻きながら頭を振って水輝はその場にへたり込んだ。酷い疲れが身体にある。
「あー……。くそ、仕切り直しか」
ため息混じりに言って水輝は痛む頭を手で強く押さえた。
「いえ、お疲れ様でした」
にっこりと笑った優一郎がそそくさと服を脱ぎ始める。ぼんやりとそれを見つめていた水輝は次に慌てた声を上げた。優一郎が自分の胸に手を突っ込んでさっさと男性に変質してしまったのだ。
「なっ! 何で急に」
脱ぎ散らかされた女物の服を焦って見ながら水輝はそう声を上げた。手早く服を畳んだ優一郎が平然とした顔で言う。
「向こうは暴走しているようです。終わったら回収しないといけません。それに、早急なマスター登録も必要です」
「あ、あー……。なるほど」
緊張を解いて水輝は力ない声でそう答えた。何か納得出来ないものを感じるが、優一郎がそう言うなら急いだ方がいいのだろう。水輝はため息を吐いて指を鳴らした。すると裸のままだった優一郎の身体にどこからともなく現れた男物の服がまとわりつく。
「心配なさらなくても胎は大丈夫です。充分な力をいただきましたし、それ以前に母上から回収した分もありますし」
にっこりと笑って言う優一郎に水輝は不服いっぱいの顔でそうかよ、と頷いてみせた。ベッドの上で胡座をかいて煙草を引っ張り寄せる。何故か釈然としない。
「充分な力を与えていれば。男性体でいるほうが成長が安定するようですし」
「いや、別に男だろうが女だろうがいいんだけどな」
煙草に火を点けながらそう言ってしまってから水輝はめいっぱいしかめっ面になった。いや、おれはノーマルだぞと慌てて付け足す。水輝が汚したベッドのシーツをティッシュで拭いていた優一郎が不思議そうに顔を上げる。
「では、水輝さんが女性体をとりますか?」
笑顔で言った優一郎を水輝は顔を歪めて見た。
「無理に決まってるだろう。おれの女性の部分は切り離されてるんだ」
そうでなければ今ごろ天輝は存在していない。煙草を吸いながら水輝は低い声でそう言った。汚れたティッシュをくずかごに放り込んだ優一郎がまた新しいティッシュを箱から抜く。水輝はその手元をまじまじと見た。どうやら無意識とは言え、かなり大量に射精してしまったらしい。が、いつものように力として回収して別の物に作り変える気にもならない。水輝は膨れ面をしてそっぽを向いた。
「力の部分は回収済みです。もったいないでしょう?」
「うっ」
くすりと笑った優一郎の言葉に水輝は思わず詰まった。いつの間にか思考を読まれていたらしい。そのことに気付いた水輝は焦って優一郎を凝視した。優一郎はまるで何事もなかったかのようにシーツを拭いている。
「では水輝さんこれを」
中空に差し伸べた手にスティックを引き寄せた優一郎がそれを水輝に差し出す。水輝は仏頂面でそれを受け取った。ヒューマノイド専用のマスター登録用のスティックだ。以前、二度ほど使ったそれを水輝は何となくじっと見た。
「……おれのこの欲求はどうしろってんだ」
勝手に器を乗っ取ってくれた誰かに向けて文句を言いながら、水輝は手にしたそれを胸のポケットに納めた。そもそも誰が乗っ取ってくれと頼んだのだ。水輝はぎりぎりと歯軋りをして今はいない誰かを心の中でめいっぱい罵倒した。
「彼女が宿った影武者のボディは、もともと渚さんがヒューマノイドだったころに予備として作ったものの容姿だけを変えたものです」
聞こえているのかいないのか、水輝の心の罵倒の声を完全に無視して優一郎が言う。水輝はちっ、と横を向いて舌打ちをしてからシャツのボタンをかけ始めた。順はどういう気まぐれか、水輝にシャツだけは残していたのだ。
「欲求不満は、彼女にぶつけてあげてください。それとも渚さんを襲いますか?」
今なら抱けるかもしれませんよ。そう続けた優一郎を水輝は横目に睨んだ。だがすぐに口許に苦笑を浮かべる。
「襲うのは勘弁な。おれは懲りてるんだよ」
嫌がる女を抱くのはごめんだ。そう付け足して水輝はベッドを降りた。ほら行くぞ、と優一郎に手を差し伸べる。畳んだ女物の服を抱えた優一郎が素直に水輝の手につかまってベッドを降りる。
「それにおれのこの欲求ってのは、どうも誰かに突っ込みたいってものでもないらしい」
ぼやくように告げてから水輝は天井を仰いだ。水輝の手につかまっていた優一郎が不思議そうに首を傾げて言う。
「もしかして、単純にお腹が空いているとか?」
「……お前、わざとはぐらかしてるだろう」
ため息混じりに言って水輝は横目に優一郎を見た。だが優一郎の思惟はぴったりと閉じていて何を考えているのかまるで判らない。
「わざとだなんて、僕を買い被りすぎです」
にっこりと笑った優一郎を横目に見ながら水輝はぼそぼそとした喋り方で言った。
「無意識なら余計に悪いだろうが」
そう吐き捨てて水輝はくそ、とぼやいた。だが心のどこかでほっとしたものも感じる。水輝はため息を吐いて苦笑してからその場から転移した。
優一郎という地の文が微妙にくすぐったい……。
あと、水輝の中に何体いるのか謎ですね。