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「困ったねえ。水輝ちゃん、今はちょっと手が離せないっぽいし」
のんびりと言って順は鎌を両手に握り直した。乾ききった唇を舐める。床に手をついていた奈月が不意に冷たい声で言う。
「そう、いい娘だ。眠っていろ」
聞きなれない奈月のかたい口調に順は目を細めた。ちらりと床に目をやる。桜は結界に弾き飛ばされて昏倒している。
「ヒトの身体を乗っ取る悪いコは誰かな?」
ゆらりと立ち上がった奈月に向かって順はおどけた口調で問い掛けた。俯いていた奈月が顔を上げて真っ直ぐに順を見る。
「乗っ取るだなんて人聞きの悪い。わたしは奈月だ。久しいな狩る者の長よ。いや、断罪の主に出世したのか。おめでとう」
にやりと奈月が口許を歪める。順はほほー、と感慨のない声で呟いて鎌の先を奈月に向けた。
「言ってる意味わっかんねえし。久しい言われてもなあ」
オレはカワイコちゃんの奈月ちゃんしか知らないし。順はいつもの口調で言って奈月との間を計った。一気に飛び掛れるぎりぎりのところにゆっくりと移動する。
「以前に貴様に会った時はこのような愛らしい姿はしていなかったからな」
「ほーん」
軽い口調で答えてから順は奈月の気配を探った。だがどう見ても覚えがない。強いて言えば暗い影の気配がかつての知り合いに似ているだろうか。
「じゃ、オレの記憶のアンタにまつわるトコだけデリートされてるんだ?」
だってオレ、あんたのこと知らないしねえ。へらへらと笑いながら順はそう言った。だがいつもの調子で喋りつつも注意深く奈月の様子を伺う。この段になっても水輝がすっ飛んで来ないところを見ると、奈月自身には実害はないのだろう。
「わたしが火藍の身体を貫いた時の、貴様の悲痛な叫びを覚えているぞ。わたしは道具だといつも言っているだろう。これでもわからないか?」
それを聞いた順はぴくりと眉を上げた。あー、と言いながら唇を歪める。順は両手に握っていた鎌をちらりと見てから唇の片端を上げた。
「ヤだなあ。ぶっ殺すよ?」
喋り方だけは元のまま、順は剣呑な目で奈月を見た。
「わざわざわたしを使ったのは貴様だ」
腕組みをして奈月がぞんざいに言う。順はうるさいなあ、と呟いて鎌を引いた。肩に柄を乗せてため息を吐く。
かつて龍神とハンターとの大きな戦いがあった。その際に順は水輝を嵌めるために奈月を捕らえた。そして戦いの中で順は奈月を使って火藍を斬ったのだ。
龍宝珠は変幻自在だ。本来の質に近い形を取るのが一番効率よく力を発揮は出来るが、基本的には使用者の意志に従って形は変えられる。順が普段使用する漆黒の鎌は火藍を斬るには効率が悪かった。それ故に順は奈月を使ったのだ。いや、正確に言えば奈月にこめられていた水輝の宝珠を用いたのだ。
「あー、やだやだ。そんなヒトが今さら何しに出てきたのさ」
うんざりしながら言って順はポケットから煙草を抜いた。
「お前が追い詰めるからだろ。それに、わが主青龍王がわたしを他者を斬るために使わなくなったのは、何のためだと思う」
淡々と喋りながら奈月が手近な椅子に腰掛ける。順はうろんな目で奈月を見ながら煙草の先に火を点けた。
「まーさかオレのせいなんて言うんじゃないだろうね」
ははは、と乾いた声で笑いながら順はそう問い掛けた。すると奈月が渋い顔をする。
「わたしの産みの親はある意味お前だからな。あながち外れではないな」
「うええ!? 息子二号!?」
本気で驚きの意をこめて叫んだ順を奈月が呆れたように見る。奈月はため息を吐いて力なく首を横に振った。
「わたしは一応これでも奈月だから。女なのだが」
「じゃあ、娘一号で。……いや、それは冗談なんだけどさ」
渋い顔で言った奈月に真顔で答えてから順は頭をかいた。別に奈月を追い詰めたつもりはなかったのだ。ただ、真実はどこにあるのか知りたかっただけだ。ついついそう本音が零れる。
「まあ普段の私は欠けている部分が多すぎるからな。天然呆けではない。わざと欠けさせられているのだ」
真面目な面持ちで言った奈月を順はため息を吐きながら横目に見た。いつもとはイメージが全く異なっていて妙に拍子抜けする。
「純粋さを保つって意味で、余計なものに目隠しされてるのかなあ。カレも面白いことするね」
道理で水輝が跳んでこないはずだ。そんなことを考えながら順は鎌を消した。黒い宝珠に戻ったそれを器に戻してから奈月と同じテーブルにつく。テーブルの中央にあった空の灰皿を引っ張り寄せてから順は肘杖をついた。
「しかし、そのままでは武器として他者を斬ることはできない。そこで、わたしの出番というわけだ」
「ま、水輝ちゃんのコワレ防止の意味だろうからねえ。ざんざかヒトを斬るようじゃマズイんだろうけどさあ」
間延びした喋り方で言いながら順は吸いさしの煙草を灰皿の縁に乗せた。あーあ、と息を吐いて大きく伸びをする。
「お前はざんざか斬っただろうが」
苦笑して奈月が言う。順は肘杖をついてやる気なさそうに片手を振った。
「オレはいーの。オレは。そんな程度じゃ壊れないから」
でも水輝ちゃんはデリケートだしねえ。へらへらと笑って言った順を呆れたように奈月が見る。だがすぐに奈月は真顔になった。
「お前が使った時、わたしは槍のような、鎌のような、不思議な形の武器となっただろう? あれがわたしの本来の姿だ」
「青宝珠は固定で日本刀だと思ってたけど、違うの?」
どの龍神も持つ八色の宝珠はそれぞれに属性別の武器と化す。本来の性質を示すその武器は、金色の鞭、銀色の弓、紫の盾、紅の矛、翠の剣、黒の鎌、白の鎖、そして最後が青の日本刀だ。通常、何も意識しない状態で龍神が宝珠を変質させた場合、それらの形を取る。
「ただの水龍の刀ならな。しかし、わたしは青龍王の刀だ」
「特別、てことか」
考えを巡らせながら順は口許を手で覆った。真顔で考え込んだ順に奈月が頷く。確かに鬼神と呼ばれた水輝の武器だ。生半なモノでは務まらないだろう。
「帰ったら青龍偃月刀という単語を調べてみるのだな」
「そりゃいいけど」
口許から手を剥がして順は煙草を灰皿から取り上げた。唇に挟んでからだらしない笑みを浮かべる。
「どったの? そんなことオレに教えてくれるってのは、なんかの気まぐれ?」
戦わずに済んだのは幸運だが、だからと言ってわざわざ呼び出した覚えはない。だが確かに追い詰めたのは事実なのだろう。順は肩を落として深い息を吐いた。
「青龍王はわたしを使えない。となるとだ。わたしの使い手と成り得る者は限られる」
そう言った奈月が人の悪い笑みを浮かべる。いつもの奈月なら決してしない表情に順はしばし唖然となった。だがすぐに思い直して慌てて首を振る。
「い、いや! ほら、アイの告白はちょっと! ココロの恋人がこれ以上増えるのはっ」
焦った風を装って言った順を奈月が意味ありげな笑みを浮かべて見る。
「いや、これから貴様に貸しというか、まあきちんと説明せずに勘違いさせて追い詰めた貴様も悪いのだが、とにかく、貴様に迷惑をかける方向に、わたしは行動することになる」
「えー! 紫ちゃんは大事にオレが確保したのに、止めてよちょっと!」
今度こそ本格的に焦って順はそう言った。すると途端に奈月が渋い顔になる。
「だから、一度貴様に使われてやるからそれで勘弁しろ。必要な時にわたしの名を呼べ。ただし、青龍王の利害に絡まない時に限られるがな」
「ヤだよ! オレ、武器には事かいてないもん! 何でわざわざ水輝ちゃんに殺されるような危険を冒してまでキミを使わなきゃなんないのさ!」
殆ど悲鳴のような声で順は言った。翠にしろ、この奈月にしろ、どうしてこういう喋り方をするやつはこういうことを言うのだろう。うわあ、と叫んで順は頭をかきむしった。
「氷の結界か。いい素質を持っているが、甘いな。それではごきげんよう」
にやりと笑った奈月がいきなりその場からいなくなる。順は慌てて立ち上がって転移しようとした。が、その寸前に思い止まる。奈月が本当に透の結界を越えたなら、きっともう間に合わないだろう。
「まあいっかー」
順はそう呟いて頭をかいた。咥えっぱなしで灰の伸びた煙草を静かに灰皿に入れる。灰皿にそれをねじ込んでから順は首を鳴らした。
「どうせ連れ戻したところで、紫ちゃんの居場所はココにはないしね」
独り言のように呟いて順はせんべいの器を抱えて店を出た。
中の人が変わったみたいな感じになりましたね!(ぉぃ