TS警報!
「いや、まずくはないけど。正直、女性体になっている時の自分と、通常のときとのギャップが大きくなってるのを感じていたから。君はどうしてるのかなと思って」
「おれ?」
珍しく自信なげに言った優一郎に多輝は自分を指差しながら訊ねた。すると優一郎がうん、と頷く。多輝はしばし考えを巡らせてから真っ直ぐに優一郎を見た。
「あんま、気にしたことない」
きっぱりと言うと優一郎が目を見張る。多輝は眉を寄せて頭をかきながら言葉を濁した。
「んだからー。男の時と女の時が違うってのは、前からだし……いちいち気にしてないかなー……とか」
記憶飛んだりはしないから、別に混乱もしないし。そう言いながら多輝は気楽に笑った。
「まあ、とりあえずは深く考えないほうがいいのかな」
口許に指をあてがって優一郎が呟くように言う。もしかしたら優一郎は男の時と女の時の自分のありようの差に何か思うところがあるのだろうか。多輝は不思議に思いながら優一郎の目を覗き込んだ。
「よく判んないけどさ。もしやばかったらあいつが黙ってねえと思うけど? あれであいつ、お前のこと大事にしてるじゃん」
少なくとも多輝の目にはそう見える。水輝は優一郎のことをとても大切に扱っているのだ。同時に多輝のことも大事にしているのだと最近になって判ってきた。水輝は多輝や優一郎に比べてはるかに龍神として生きていた時間が長い。それ故に二人の知りえないことをたくさん知っているのも事実だ。もし、何らかの弊害があるとしたら水輝は真っ先に優一郎にそのことを報せるような気がする。
「それはそうなんだけど、明らかに感情が切り替わるのがわかるから」
それを聞いた多輝は困惑に眉を寄せた。
「おれだってそうだけど? まさか男のままのおれに迫られたら嫌だろ? 優一郎も」
確かに男性体になっても優一郎のことは好意的に思う。が、それは女の時に感じているものとは全く異なる性質の感情だ。強いて言えば友情が一番近いのだろうか。同じ親愛の情でも性質の向きがまるで違う。
「もしかして多輝は、水輝さんと天輝さんの件は知らない?」
「んあ?」
天輝という名前を聞いて多輝は間抜けな声を返した。確かあれはこの間の卒業式の時だ。順という木村財閥当主が面白半分に提案した企画に多くの龍神たちは参加表明した。清陵高校の卒業式でバンドを組んで演奏し、二組に分かれたバンドのどちらが生徒の人気を獲得できるか。その企画に確か天輝という名の龍神も参戦していた筈だ。
蒼龍天輝。天空の城と呼ばれる、こことは次元の異なる城に天輝は存在している。通常は地上に降りることはなく、主龍神として龍神たちに命を下す存在……というのが、天輝の表向きの顔だ。が、実際の天輝は龍神に命令を下すことはなく、のんびりと天空の城で暮らしているらしい。特殊な事情からその身体がヒューマノイドの機体であるため、この間の企画の折に天輝は優一郎に機体のオーバーホールを頼んでいた。多輝が天輝に関して知っているのはその程度だ。
「あー……名前は似てるなあ。そいえば」
水輝、天輝、多輝。三人の名前を多輝は口の中で呟いた。
「もともと、水輝さんと天輝さんは同一の存在だったんだ」
「えっ、そうなのか!?」
目を丸くして多輝は叫ぶようにして言った。すると優一郎が静かな目で多輝を見つめて頷く。多輝は記憶に薄い天輝のことを思い出してから何となく頷いた。あの破天荒な性格は水輝に共通するところではないだろうか。
「昔の水輝さんは男性体と女性体を併せ持っていた。しかし、そのギャップが大きくなって弊害が起こったためにわざわざ分割したんだ。その分割作業には僕も関わっている」
そう前置きして優一郎はその件をざっと説明した。話を聞きながら多輝は時折、相槌をうった。だが話を聞いてもどうもぴんとこない。
「よくわかんねえけど……。それってあいつの場合はって話だよな? 他はそんなことねえ訳だしさ」
立城もそうだし、おれたちもそーだし。多輝は唇を尖らせながらそう言った。今は紫と名乗っているが、紫も男性体と女性体の両性を切り替えることが出来る。かつて男性体だった際に名乗っていたのが立城という名なのだ。
「紫さんの場合は、もう男性体をとるのは無理じゃないかな。立城さんは、今はいない」
「でもそれって人格が二つに割れた訳じゃないじゃん? そんな、気にすることでもないと思うけどなあ……」
真面目に解説してみせる優一郎をちらりと見てから多輝は頭をかいた。一体、優一郎は何を気にしているのだろう。
「それに名前ってそんな重要か? あいつもよく名前を間違うなとか前は言ってたけど」
確かあれは立城と呼ぶなと言われた時だ。水輝は何度も間違えて立城と呼んでしまう多輝を強く叱ったことがある。だがあの時も、そして今も多輝は名前の重要性をよく判ってはいない。
「名はとても重要だよ。立城さんは君に天輝の座を継がせようとして失敗した。君は一時期、天輝と呼ばれていた時期があっただろう?」
「立城に呼ばれたことはなかったぞ?」
そういえば、と思い出しながら多輝は呟くように答えた。多輝の教育係だった由梨佳という女性だけはその名を呼んではいたが、立城自身は呼んだことがない。
よく考えれば妙な話だ。水輝はあれだけ名前は重要だと言っていた割に、女性体である多輝のことをまともに呼んだことがない。水輝が多輝につけたあだ名は苺。スカートめくりをした際に多輝がたまたま苺模様のショーツをつけていたことから、ついたあだ名だ。
「水輝さんが君の名を呼ぶことになんらかの弊害があるんだろうね」
口にした覚えのないことにコメントされ、多輝は慌てて頷いた。どうやら優一郎は本人が言った通り、ヒューマノイドの機体の場合でなければ多輝の思惟は読めないらしい。そのことを改めて知りつつ多輝は告げた。
「そんで? 優一郎は何が不安なんだよ。もしかしていつの間にか男と女にばっくり分かれちまうかもとか思ってんのか?」
「勝手に分かたれてくれるならまだいい。分割が必要なくらいな状況に至るまでにかなりの負荷がかかるんだ」
多輝の質問に即座に切り返して優一郎は厳しい面持ちになった。どうやら水輝が男女に分かれた時のことを思い出しているらしい。多輝もつられたように難しい顔になって腕組みをした。
「負荷って……優一郎が辛いのはおれもやだなあ……」
何となくそう呟いてから多輝は腕を解いて優一郎の手を取った。考え込むように俯いていた優一郎が驚いたように目を見張って顔を上げる。多輝は優一郎の両手をしっかりと握って微笑んだ。
「大丈夫だろ。たぶん。優一郎の辛いことならおれが引き受けられるだけ引き受けるし。……何となくおれなら出来る気がするから」
ためらいなく言って多輝は優一郎の手を胸に引き寄せた。両手に包んだ優一郎の手はとてもあたたかい。
「ありがとう……。多輝」
それまでの厳しい表情が消え、優一郎の顔に柔らかな笑みがのぞく。多輝はうん、と頷いて優一郎の手を離した。そのまま腰を少し浮かせて優一郎に唇を寄せたところで多輝は鋭い舌打ちをした。
「やべ」
急いで優一郎に触れるだけの口づけをしてから多輝は身体を戻した。いつの間にか多輝の身体は紺色の光を帯び始めている。むー、と眉を寄せる多輝に優一郎は苦笑してみせた。
「そういえば、宇田川さんの扱いについては結論は出たの? かなり悩んでたみたいだけど」
にっこりと笑って優一郎が言う。多輝は顔をしかめてぶるん、と頭を強く振った。戸惑うように多輝に纏わりついていた光が一気に弾ける。それと共に多輝の身体は一瞬で男性体に変質した。ベッドの下に放り出されていた服を着込みながら優一郎が目を上げる。多輝は裸のままでベッドを飛び降り、部屋の隅に置かれたソファに歩み寄った。
一人の女性がソファで身を丸めて眠っている。ヒューマノイドである由梨佳は元々は優一郎の母親だった。が、実際には血の繋がりはない。そして今では多輝の人形としてこうしていつも部屋に居るのだ。
「誰が悩むかよ」
笑い混じりに呟いて多輝は黒い由梨佳の服の間に手を入れた。へそを押し込んで機体を起動させる。するとそれまで微動もしなかった由梨佳の目が静かに開いた。
「それじゃあ僕は失礼するね。斎姫のメンテを継続してくるよ」
「おう。せいぜい満足させてやるこった」
笑いながら優一郎に手を上げて多輝は腰を上げた。困ったように笑って優一郎が部屋を出て行く。それを見送ってから多輝は由梨佳の腕を取って引き起こした。
説明は一通り終わったかな、と思います。