「いい子だ。今日はこれくらいにしておこう。客人が来たことだしな」
そう言って常磐が静かに身を起こす。ラスティはぼんやりと常磐をしばし見つめた。常磐が手早く下履きを付け直してラスティの手足を拘束していた縄を解く。そこでラスティは漸くベッドの向こうに誰かが立っていることに気がついた。両腕に誰かを抱えて突っ立っているのは奈月だ。そのことに気付いたラスティは焦って飛び起きた。
「あなたにそういう趣味があるとは意外だな。ラスティ」
「ちっ、違う!」
真っ赤になって奈月の言を否定してからラスティはあれ、と首を傾げた。奈月の喋り方が以前とは違うのだ。それに奈月の髪と瞳の色も前のそれとは異なっている。気だるい身体を引きずるようにベッドを降りてからラスティは常磐に目配せした。常磐が無言で頷いて汚れたベッドのシーツを剥ぎ取る。それを丸めて部屋から出て行った常磐が替えのシーツを持ってくる。
頭をかいて欠伸をしながらラスティは奈月にベッドを指し示した。シーツを張り替えたベッドに奈月が腕に抱えていた女性をそっと下ろす。
「ほーん……。元木龍神かあ」
ベッドに横たえられた女性に薄い布団をかけながらラスティはしみじみと呟いた。どうやら知らない間にまたあちらでは色々とあったらしい。
水輝や奈月たちの居る世界とこの龍宝珠界は表裏の関係で繋がっている。あちらの世界で起こることは必ずこちらの世界に映ってくるし、また逆も然りだ。ラスティはぼんやりとベッドに眠る女性を見てから常磐に目をやった。常磐は床に落ちていたラスティの服をまとめてまた部屋を出て行ってしまう。どうやら洗濯しに行ったらしい。家から常磐の気配が静かに離れていくのを確認してからラスティは奈月に目をやった。
「で? 今日は何しにした?」
憮然とした面持ちでラスティはぶっきらぼうに告げた。それでなくても恥ずかしい格好を見られたのだ。そのことを思い出してラスティはため息を吐いた。
「とりあえず。これを預かってもらいたい。それと、もうひとつ」
ベッドの脇に立った奈月が静かに告げてラスティをちらりと見やる。ラスティは無言で奈月の視線を眺めてから顎をしゃくった。続きを促したラスティに奈月が頷く。
「あなたと手合わせしたい」
真面目な顔できっぱりと言った奈月にラスティはめいっぱい顔をしかめてみせた。
「俺は全身運動した直後で思いっきり疲れてるんだがな」
不満をこめて言ったラスティを奈月が真っ直ぐに見つめる。喋り方や性格は違えているようだが、人のことをためらいなく真っ直ぐに見つめるところは以前の奈月そのままだ。しばらく黙って視線を受け止めてからラスティはため息を吐いて床に座り込んだ。胡座をかいてから背を伸ばしてベッドの女性を眺める。
「ああ、もちろん今すぐにとは言わない。疲れたあなたに勝ったところで何の意味もないからな」
そう言って奈月がにやりと笑う。顔立ちが同じでも性格が変わっただけでこうも印象が変わるものなのか。そんなことを思いながらラスティは隣に立つ奈月を見上げた。
奈月を形作っているのは水輝の青宝珠だ。当然、その力は強い。だがこれまで奈月は自分からラスティに戦いを挑むようなことはなかった。逆に戦いを避けるような性格をしていた気がする。ラスティはのんびりと考えを巡らせて欠伸をした。
「本気で勝負する気はないんだがなあ……」
ぼやくように言いながらラスティは重い身体を起こした。裸のままの身体をざっと確認する。激しく交わった割には特に不調を訴えている部分はない。強いて言えば股間が擦れたせいで痛む程度か。ラスティはふむ、と呟いてそのまま部屋を出た。奈月を促して玄関に向かう。
「とりあえず俺は風呂に入るからてきとうにくつろいでてくれ。……茶は出した方がいいんだろうが……俺がやるとまた常磐に怒られそうだな」
ドアの手前に立ち止まってラスティ独り言のように言った。すると奈月が苦笑して首を横に振る。
「世の中には向き不向きというものがある」
「まあなあ……。何なら風呂でも付き合うか? 常磐は洗濯に行ってるから居ないし」
乱れた髪に指を突っ込んで頭をかきながらラスティは何の気なしに奈月に問い掛けた。すると奈月が軽く眉を寄せて肩を竦める。
「わたしは青龍王のものだ。青龍王はあなたにわたしの裸体を見せる事を望まないだろう」
淡々と告げた奈月に苦笑してからラスティは頭をかいていた手を下ろした。
「俺もそういう意味じゃ、あいつのものなんだがなあ……。ま、いっか」
欠伸をしながらラスティはドアを開けた。木洩れ日が差し込む森に踏み出したところでふと振り返る。奈月は静かにラスティを見つめて複雑な表情をしていた。
ラスティは覗き見された割に平然としていますね。
奈月相手だからですけども。