でもこの(ば)カップルのらぶらぶはきりがないような……。
エロシーンはありません。
ゆっくりと意識が闇から浮上する。多輝は薄く目を開けて間近にある温もりに唇を寄せた。随分と長い間、眠っていた気がする。唇を寄せた多輝の腕の中で小さな悲鳴が上がる。多輝は小さく笑って腕に抱きこんでいた由梨佳の額にもう一度口づけた。
「んっ。多輝くん!」
真っ赤になった由梨佳が腕の中で身じろぎをする。多輝は慌てて腕の力を緩めた。するとほっとしたように由梨佳が息をつく。ごめん、と詫びた多輝の頭を由梨佳は愛しそうに撫でた。
「謝る必要なんてないわ。ちょっと照れただけだから」
そう言いながら由梨佳が恥ずかしそうに目を伏せる。照れた由梨佳を愛しく感じて多輝はそうかと笑みを浮かべた。由梨佳が恥ずかしそうに多輝に身を寄せる。多輝は今度は大事に由梨佳を腕に包み込んだ。
不思議な気分だった。目が覚めても由梨佳がこうして隣に横たわっているのがとても嬉しい。前なら決して感じなかったことを感じながら多輝はほっと息をついた。
お茶をいれてくる、と言って多輝はベッドを滑り降りた。手早く服を身につけて由梨佳に手を振ってから部屋を出る。そこで多輝はぎょっとして目を見張った。偶然、隣の部屋から優一郎が出てきたのだ。優一郎に出くわしただけなら特に問題はない。が、多輝は目を丸くして優一郎の白衣についた鮮やかな赤い染みを凝視していた。
「ど、どうしたんだ? それ」
焦って言った多輝に優一郎がああ、と苦笑する。
「水輝さんがまた無茶をしてね。怪我したんだ。これから治療」
それだけ言って優一郎が歩き出す。目的のキッチンが同じ方向だったこともあって多輝は優一郎に並んで歩き出した。
「また……やばいことになってるんじゃないのか?」
心配から多輝はそう優一郎に訊ねた。すると優一郎が困ったような笑みを浮かべて首を傾げる。
「大丈夫。僕がなんとかする。多輝、天空の城ではいろいろと助言ありがとう」
そう言って優一郎がにっこりと笑う。多輝は少し眉を寄せてから別に、と呟いた。特に何かを言った覚えがない。もしかしたら祐に質問された件だろうか。そう考えてから多輝は言った。
「おれが手を貸せるようだったら遠慮なく言えよ」
キッチンの前で足を止めて多輝は優一郎の応えを待った。廊下の先に進もうとしていた優一郎が振り返る。
「ありがとう。そうだ、宇田川さんの容態は落ち着いたそうだね。良かった」
にこやかな笑みを浮かべた優一郎に多輝はああ、と頷いた。実際、自分がへまをしなければもっと早く由梨佳は落ち着いた筈だったのだ。そう考えると気分が暗くなる。だが多輝は優一郎に心配させてはいけないと考えて気分を顔には一切出さなかった。片手を上げて優一郎が廊下の向こうに去る。多輝は小さく息を吐いてキッチンに入った。
食事の準備をしていたらしい梨恵が元気に挨拶をして頭を下げる。多輝は梨恵に二人分の茶をいれてくれるように頼んだ。手慣れた調子で茶をいれながら梨恵が調子外れの歌を歌う。
手際よくいれられた茶を乗せたトレイを持って多輝は部屋に戻った。ベッドに座ってぼんやりとしていた由梨佳が多輝の姿を見止めてぱっと明るい表情になる。
「梨恵がいたからいれてもらった」
苦笑して説明しつつ多輝はベッドサイドの小さなテーブルにトレイを置いた。紅茶の満たされたカップの片方を由梨佳に差し出す。片方を自分で持ちながら多輝はベッドの縁に腰掛けた。
「多輝くん、ありがとう」
「熱いから気をつけろよ」
そう忠告してから多輝は紅茶を啜った。由梨佳が手の中のカップに目を落として柔らかく微笑む。
「昨夜は久しぶりに熟睡できた気がするわ」
「実はおれもだ」
小さく笑って多輝は正直に応えた。あんなにゆっくりと眠ったのはもしかしたら初めてかも知れない。いつもは疲れ果てたところで眠るために、身体のために寝ているという感しかないのだ。
「多輝くん。あの……」
呼ばれて多輝は目を上げた。そこで由梨佳が恥ずかしそうな、けれどどこか不安そうな顔をしていることに気付く。多輝は少しだけ眉を寄せてどうしたのかと訊ねた。もしかしたら自分は眠っている間に由梨佳にまずいことをしてしまったのだろうか。そんな考えが浮かんでくる。
「わたしの身体のことなんだけど、修理が必要なのは当然として、各部をいろいろと改良しなければいけないと思うの」
「ああ、そういうことか」
多輝は勘違いをしていたことを恥ずかしく思いつつ由梨佳に頷いてみせた。確かに今の由梨佳の機体は間に合わせに過ぎない。だがヒューマノイドの機体であるからこそ作り変えることは可能だ。
「部品とかはたくさんあるし、好きに出来ると思うぞ。二階に上がればそういうのがたくさん入った倉庫もあるし」
ここは施設の地下三階だ。地下三階は優一郎や多輝、要の私室、それに客室が並んでいる。通常、ヒューマノイドたちは施設の地下一階までしか降りられないのだ。
「やっぱり、多輝くんはこの組織内では特別な立場にあるのね。あの……」
不安そうに多輝を見つめながら由梨佳が上体を少し倒す。多輝の方に身を寄せた由梨佳の肩から毛布が滑り落ちる。露になった由梨佳の胸元を見た多輝は思わず紅茶を噴いた。気管に紅茶を吸い込んでしまって激しく咳き込む多輝の背を由梨佳が優しく撫でる。
「ご、ごめん。で? なに?」
咳の衝動に浮かんだ涙を指で拭いながら多輝は由梨佳にそう訊ねた。ぎこちなく由梨佳の背後に手を伸ばして毛布を拾い上げる。多輝がそっと肩にかけた毛布を被り直しながら由梨佳は小さく頷いた。
この頃の多輝はけっこー安定しています。