あ、エロシーンはありません。
ぴったりのサイズの制服を身につけて鏡に向かっていた克人は、人の気配を感じてはにかんだ笑みを浮かべて振り返った。さっきまで一人きりだったマンションの一室に順がいつの間にか現れている。
「似合う似合う」
うんうん、と頷きながら言って順が克人に歩み寄る。
「ありがとうございます」
満面の笑みを浮かべて克人は順に丁寧に頭を下げた。身体の小さな克人のためにこの制服はわざわざあつらえてあるのだ。
「試験は上手く行ったんだって? ウチの執事が言ってたけど」
昨日まで順は出張で木村本邸を離れていた。それ故に克人は報告を木村邸の執事に入れていたのだ。はい、と頷いて克人は床に置いてあった鞄を取り上げた。試験結果と通知書の入った封筒を手早く取り出して差し出す。順はいつもの笑みを浮かべて封筒を取った。中身を改めて何度か頷く。克人はそんな順をちらちらと伺いながら緊張した面持ちで鞄の蓋を閉じた。今時珍しい、紙で出来た書類を順が一枚一枚めくっていく。
「ふうーん。編入試験にも面接があったんだねえ。まあ、入試よりハードルが高いって話だから当然かあ」
そう言って笑いながら順が紙面を指先で弾く。克人は不思議に思いながらそうなんですか、と訊ねた。すると順が気楽に笑って頷く。
「そ。元々、清陵高校は入試レベルは全国一だよ。倍率もね。国中から生徒が集まるからって、今期からは入寮も可能になったらしいしね」
その辺りの話はキミも知ってるっしょ。順に問われて克人は頷いた。学校案内に全て記されていた情報だ。が、編入試験が入学試験より難しいという文章はどこを探しても見当たらない。恐らくそれは順が独自に調べて得た情報だ。
しばし書類を見つめてから順は顔を上げた。差し出された書類を鞄に戻し、克人はおずおずと告げた。
「あの……本当にボクが学校に行ってもいいんでしょうか?」
克人の実年齢は十七。高校に通っていても特に問題のない年齢ではある。が、問題は克人の容姿だ。身長は百四十弱、痩身の克人は見た目には小学生ほどの年齢にしか見えないのだ。しかも克人の身体はそれ以上は成長しない。そのことは最初から判っている。
「いちお、診断書も作ったし試験も通ったんだから問題ないっしょ?」
克人の気にしていることをずばり言い当てて順が笑う。克人ははあ、と曖昧に返事して俯いた。これが例えば学校内の調査だの、学校に通う誰かを刺殺するだのと言った命令なら話も判る。が、順はただ克人に学校に行っておいでというだけで、他の命令を下してはいないのだ。
これまで克人は学校と名のつくものに通ったことがない。必要な知識は全て、刷り込みと呼ばれる特殊な方法で外部から取り込んでいた。幼い頃からそうして来ていたため、克人にとって学校は無縁の存在だったのだ。
「苗字は……最初は緋扇にしようと思ったんだけどね。ちょっとクレーム来ちゃったから」
へらへらと笑いながら順がぽん、と克人の肩を叩く。不思議に思いながら克人は順を見上げた。咥えた煙草が順の口許で揺れる。
「蘇芳克人。……色味も悪くないし、響きもそこそこいいっしょ?」
「あ、はい」
確かに克人の戸籍はその名で作り上げられた。天涯孤独の身だった克人を蘇芳と呼ばれる木村の傍流にあたる者が支援していることになっている。が、実際には克人は蘇芳という苗字の彼らに会ったことはない。そしてまた、名を用いられた彼らも同様に克人を見たことはないのだ。実際に克人のバックアップをしているのは順当人だからだ。
「そんじゃ、いってらっしゃい。毎日、時間通りにはちゃんと戻っておいでね」
にこにこと笑いながら順が手を振る。玄関に送り出された克人は順に深々と頭を下げていってきます、とマンションを出た。
克人の使用しているマンションから清陵高校までは地下鉄で十五分ほどだ。克人は腕に巻いた時計を見ながら急いで地下鉄の駅に向かった。会社員らしいスーツを着た人々と制服を着た学生達に揉まれるようにしながら地下鉄に何とか乗り込む。むっとする暑さに顔をしかめつつ、克人は倒れないように車内で器用にバランスをとった。隣り合った同じ制服を着た男子生徒が不思議そうな顔で克人を見る。だが克人はその視線に気付かないまま、目的の駅に降り立った。
同じホームに降りた清陵高校の生徒たちがざわめく。学校の真下に位置した地下鉄の駅に居るのは克人と同じ清陵高校の生徒か教師だ。克人は彼らの目を避けるようにしていそいそと改札に向かった。
エスカレーターを上がって地上に出るとそこは既に校内だった。中庭に位置した地下鉄の入り口から出たところで克人は一度、足を止めた。そびえ立つ校舎がやけに大きく見える。克人は両手に鞄を抱え直して慌ただしく正門前に向かった。生徒たちがそれぞれ脱靴室に向かうのを余所に、教職員が利用する正面玄関に向かう。克人はそこで急いで靴を履き替えて玄関横の事務室を訪ねた。手続きを済ませてから急いで校舎の四階を目指す。
……よく考えたらこれは多輝の話じゃないかも?
一応、克人がメイン……のはず……。たぶん……。
(実は作者も忘れている件)