※この作品はR-18です。

狩りの終焉 一部   作:伊駒辰葉

150 / 193
このエピソードで八章は終わりです。


目覚めたけど何が何だか判らない 1

 深く息を吐いて薄く目をあける。水輝はしばらくぼんやりと白い天井を見つめていた。清潔感のある天井の色を見つめてから頭に手をあてる。少し身体を動かしたところで酷く頭が痛むことに気付く。思わず呻いた水輝の間近からふと声が聞こえてきた。

 

「水輝さん、気分はどうですか?」

 

 心配そうに顔を覗き込まれたところで水輝は何度か瞬きをした。それから目を擦ってもう一度瞬きをする。白衣を着た相手のことをまじまじと見てから水輝は軽く首を傾げようとした。だが少し頭を動かしたところで強烈な痛みに襲われる。呻いて額を押さえた水輝に慌てたような声が降って来る。

 

「大丈夫ですか!?」

「あ、ああ。……いや、ごめん。頭に響くから声は少し抑えてくれ」

 

 頭痛を堪えながら水輝は真っ先にそう頼んだ。すると焦ったように相手が口を手で覆う。深々とため息を吐いてから水輝はベッドの中から見覚えのない少年を見上げた。少年が身に着けた白衣は酷く汚れている。それを見た水輝は布団の中で手を動かして自分の身体を確かめた。はっきりとは判らないがどうやらこの少年が自分の手当てをしてくれたらしい。怪我をした覚えも助けられた記憶も一切ないが、水輝は少年に礼を述べた。

 

「で、誰だ? あんた」

 

 思ったままを口にした水輝の目の前で面白いくらいに少年が目を見張る。

 

「水輝さん……記憶が?」

 

 恐る恐るといった感のある少年の態度に水輝は眉を寄せた。

 

「何のことだ?」

 

 そう言い返してから水輝は記憶を辿ろうとした。そこで今度は水輝が目を見張る。思い出そうとしても何も思い出せない。水輝は頭痛に顔をしかめて低く呻いた。着ている服は触った感じからぼろぼろだし、身体も妙にだるい。もしかしたらどこかで事故にでも遭って記憶をなくしてしまったのだろうか。

 

「水輝さん。僕は吉良優一郎と言います。水輝さんは記憶が混乱されているのでしょう」

「吉良……優一郎」

 

 少年の名乗った名を水輝は何となく口の中で呟いた。はい、と優一郎が頷いてみせる。優一郎は静かにベッドの縁に腰掛けた。

 

「吉良さん? 優一郎さん? どう呼べばいいんだ」

 

 不思議と少しずつ頭痛が治まってくる。水輝は間近に腰掛けた優一郎をぼんやりと見つめてそう訊ねた。

 

「さん付けされると気持ちが悪いので、優一郎と呼び捨てにしてください」

 

 穏やかな微笑みを浮かべる優一郎をしばらく見つめてから水輝はわかった、と返事した。

 

「それで、ここはどこなんだ?」

 

 そう言いながら水輝はぐるりと周囲を見回してみた。見慣れない部屋だとは思うが、もしかしたら記憶がなくなって判らなくなっているだけなのかも知れない。実際、優一郎は水輝のことを知っている者として呼んでいた。考えを巡らせながら水輝は部屋の様子を伺った。広々とした部屋には応接セットがあり、テーブルの上には細い花瓶があり、そこには一輪の花が活けてある。

 

「ここは、僕の城の客間です」

 

 城。客間。優一郎の答えから拾った単語を水輝は呟いてみた。にっこりと笑った優一郎がはい、と頷く。

 

「優一郎ってもしかして凄く偉いのか?」

 

 城を持つ身分と言えばかなりのものなのではないだろうか。自分や周辺にまつわる記憶はなくしていても、その辺りについての知識は水輝にはあった。少なくとも水輝の知識の上では城を持つような人間はかなりの身分ということになっている。

 

「城というのは比喩的な表現です。秘密基地とでも言ったほうがいいかな?」

 

 そう答えて優一郎がくすりと笑う。その笑い方に水輝はふと見入ってしまった。優一郎は恐らく十代後半というところだろう。そんな歳の割にはやけに落ち着いた微笑を浮かべている。それに優一郎の造作はやけに整っていた。水輝はしばし優一郎に見入ってしまってから慌てて目を逸らした。まじまじと見ているのは失礼だと感じたのだ。

 

「水輝さん。ご自身のお名前は覚えてらっしゃったのですか?」

 

 問い掛けられて水輝は再度、優一郎に目をやった。

 

「ああ。よく判らないが覚えてるな」

 

 だから呼びかけられた時に自分のことだと判ったのだ。水輝はそう優一郎に説明をした。

 

「他に覚えてらっしゃる事はありますか?」

「他……」

 

 そう呟いて水輝は眉を寄せた。幸い、頭痛の方は大分落ち着いた。水輝は懸命に記憶を探った。常識的な知識は恐らく覚えている。だがそれは優一郎の問いかけの答えにはならないだろう。ベッドやテーブルなどと言った名詞を覚えているかを優一郎は訊ねているのではないのだ。

 

 記憶を手繰った水輝はふと目を見張った。

 

「そうだ。奈月」

 

 心に浮かんだ名前を水輝は自然と口にした。するとほんの僅かに優一郎が目を見張る。だがすぐに優一郎の顔には穏やかな微笑みが浮かんだ。

 

「奈月さんは覚えてらっしゃるんですね。それでは、渚さんは?」

 

 覚えているとは言っても名前だけだ、と断ってから水輝は首を横に振った。渚という名には覚えはない。優一郎はそれから何度か水輝に名前を出しては覚えているかと訊ねた。だが他のどんな名前にも覚えがない。水輝は眉を寄せて懸命に記憶を手繰りながら首を横に振り続けた。

 

「ちょっとお待ちください」

 

 ふと質問を途切れさせた優一郎がそう言って立ち上がる。部屋を出て行った優一郎を見送ってから水輝はため息を吐いた。もしかしたら不快にさせてしまっただろうか。だが覚えがないものは仕方がない。奈月という名前と自分の名前、それ以外のことがまるで判らないのだ。




エピタイ通りの内容です!w
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。