ぴったりでしたね……(遠い目
エロシーンはありません。
「いやとにかくだ。奈月さんにあいつは結婚しようとか言わないだろ? 傍には居られるだろうけど、あんたとあいつは結婚は出来ないんだ」
それぞれに役割というものがある。それは龍神に限った話ではない。役割に応じた場所にいるのが自然であり、それを侵すと歪みが生じる。ラスティは出来るだけ簡潔にそのことを奈月に説明した。
「当然です。わたしは水輝さんのものですけど、水輝さんと並び立つような存在ではありませんから」
そう言いきって奈月が頷く。ラスティはそんな奈月の手元を見て情けない声を上げた。奈月は無意識なのだろうが、さじから垂れたシチューが器の外に零れてしまっている。
「そう。あんたはあいつの女だけど、夫婦にはならない。それと同じでな。あの紫って人も無理だと思うぞ」
ラスティはシチューを口に入れてからさじで家を示してみせた。奈月が困惑した面持ちで振り返って家を見る。
「あの、えっと、どうして?!」
ぱっと奈月の表情が明るくなる。ラスティは額を手で覆って俯いた。
「うあー」
情けない声で言ったラスティの器を常磐が静かに取り上げておかわりを注ぐ。どうやら奈月は紫がここにいることにこれまで気付いていなかったらしい。
「ありがとうございます」
目を潤ませて奈月が胸の前で手を握り合わせる。その手の中に握られたさじから容赦なくシチューがテーブルにこぼれる。さすがに見かねたのだろう。常磐がため息をついて奈月の前を台拭きで拭く。
「いや、違う。勘違いしないでくれ。紫さんをここに連れてきたのはあんただ」
深々とため息を吐いてラスティはシチューを食べ始めた。
「あの、それはどういう……?」
どうやら奈月は自分の性格が変わっていた間のことを一切覚えていないらしい。そのことに気付いてラスティは肩の力を落とした。常磐が呆れたように隣でため息を吐く。常磐はもしかしたら最初からそのことに気付いていたのかも知れない。くそ、と心の中でぼやいてからラスティは手を振ってみせた。
「で? 何だっけ? 俺に頼みたいことって?」
半ばやけくそでラスティはそう奈月に訊ねた。常磐が台を拭いたところで漸くその気になったのだろう。のろのろと奈月がシチューをすくう。
「えっと、あの、茜さんの下から紫さんを取り戻すお願いをしようと思っていたんです。氷と炎の複合結界の中に囚われていることまではわかったんですけど。結界を探って……あれ?」
口許までさじを運んでから奈月が首を傾げる。ラスティは慌てて奈月の器を動かして垂れたシチューをその中に受け止めた。
「とにかくだ! 病人はきっちり世話してやる! 必要なら医者も呼んでやる! ……これでいいか?」
疲れを感じながら一気にまくし立ててラスティは半ば奈月を睨むように見た。よほどラスティの勢いに気圧されたのか、奈月が慌てたように頷く。ラスティは前途多難、と呟いて深いため息を吐いた。
「はっ、はい! あの、紫さんの傍に行っていいですか」
そう言って奈月が立ち上がる。ラスティが返事をする変わりに頷くと奈月が慌ただしく家に駆け込む。疲れて肩を落としたラスティの背を常磐が慰めるように叩いてみせた。
「しかし、見事に化けたな」
感心したように常磐が呟く。ラスティは残っていたシチューをかきこんでから空になった器を常磐に突き出した。苦笑した常磐が器にシチューをよそってくれる。ラスティは奪うように器を受け取ってから膨れ面で中身をかきこんだ。
「どうもあっちはかなりまずいことになってるみたいだなあ……」
半分ほどシチューをかきこんだところでラスティはぼそりとそう呟いた。これまでラスティが見てきた奈月は今の性格で、先ほどまで居たあの奈月とはまるで違う。
「お前、化けたの意味を誤解しているだろう?」
常磐に苦笑されてラスティは訝りに眉を寄せた。他にどんな意味があるのだと問う。すると常磐が肩を竦めて応えた。
「やはり気付いていなかったか。あの娘とあの紫龍を同レベルの存在のように話している時点でおかしいとは思っていたが」
「どうせ俺は鈍いですよ」
膨れて言ってからラスティはそっぽを向いた。そもそも常磐が鋭すぎるのだ。不服をこめてそう付け足したラスティの頭を常磐がぽんぽん、と叩く。
「あの娘はかなり特殊な存在のようだからな。判らぬとも無理はない」
常磐が静かに告げて家を見る。ラスティはつられて家を見やった。きっと奈月はベッドで眠る紫の傍についているのだろう。
「……どうせ俺は半分ですよ」
目を細めてラスティはぼそりと呟いた。肩を竦めた常磐を横目に睨んでからシチューの残りをかきこむ。
「だから、いじけるなと言っている」
「いいから答え、教えろよ」
苦笑した常磐を睨んでラスティはぶっきらぼうに言った。空になったラスティの器にまたシチューをよそってから常磐が言う。
「あの娘には座位は見えない。物事を測る物差し自体が違うんだ。そして、これまでの基準に直してあの娘の力を測ったとしよう」
ラスティはシチューをすくったところでさじの動きを止めた。ふむ、と合鎚を打ったラスティに常磐が頷く。
「八大級。別格だ」
「……新しい呪文は出てきてないぞ?」
ラスティたちのような魔法士は新たな力が生まれた際、自然とそれに繋がる呪文を知る。誰かに直接、教わるのではない。頭の中に勝手に閃くのだ。魔法があちらの世界の龍神の力を借りるものである以上、常磐が言うように奈月の力が強いなら呪文が生まれる筈だ。ラスティはしかめっ面でそう言い返した。
「ふたつ、質問していいか? 金龍が不在の間、金龍由来の呪文が使えなくなったか? そして、今、地上の王が不在なわけだが。呪文は無効になっているか?」
「あ」
常磐に言われたことを考えたラスティの手からさじが滑り落ちる。シチューの中に落ちたさじをラスティはぼんやりと見つめた。
「無属性……」
ぼそりと呟いてラスティは顔を上げた。
「八大の座位をとったりやったり出来る存在が、八大級でなくてなんだというのだ?」
きっぱりと言った常磐をラスティは慌てて見た。だが常磐の顔はやけに穏やかだ。ラスティは自分の知っている魔法の種類を頭の中で並べてみた。だがそのどこにも属性そのものが無い、という魔法は存在しない。
「生身じゃなくても維持できるんだなあ」
掠れた声で笑ってラスティはよろけて背もたれに深く寄りかかった。道理でな、と呟いて苦笑する。奈月に感じていた違和感はそれが原因だったのだ。
「もう一つ。これはあくまで仮説だが」
声を幾分か落として常磐が指を立てる。ラスティは横目に常磐を見た。
「本来、座るべきものが居ない座位を管理する役目を負っていた者は誰だ?」
ラスティは目を見張って息を飲んだ。慌てて奈月と紫の居るはずの家を見る。主龍神、と声にならない声で呟いてラスティは目を細めた。
妙な流れになってきました。