作者が判る用に作ってます。
エロシーンはありません。
渡された紙袋を両手に抱えて多輝は苦笑した。由梨佳は真剣そのものの顔でショーケースを覗き込んでいる。ショーケースに収まっているのはショートケーキだ。二人で買い物に来ているのは清陵の中心地に建っているデパートだ。
「食べても太る心配はないのよね?」
屈めていた腰を伸ばした由梨佳が口許に手を当てて小声で問う。多輝は苦笑してああ、と頷いてみせた。するとぱっと由梨佳の顔が明るくなる。どうやら本気で太る心配をしていたらしい。だがヒューマノイドの機体である由梨佳は太る心配は全くない。口から入れた食物は人工の食道を通って所定の場所に入り、純粋なエネルギーに変換される。
喫茶店の入り口でしばしショーケースを覗き込んでから由梨佳が頷く。どうやら注文するケーキは決まったらしい。
「私は決まったわ。多輝くんは?」
「おれは苺ショート」
即答してから多輝は傍に立っていたウエイトレスを呼びつけた。由梨佳と自分の注文を伝えてから喫茶店に入る。案内されたのは窓際の眺めのいい席だった。手荷物を傍の台に乗せてから多輝は椅子に腰掛けた。
「レアチーズケーキと苺ショート。アイスレモンティと……多輝くん、飲み物はどうする?」
「じゃあ、ホットの紅茶で」
由梨佳に訊かれて多輝はそう答えた。注文を聞き取ったウエイトレスが一礼して店の奥に消える。多輝はそれを目で見送ってからテーブルのコップを取った。乾ききった喉にコップの半分ほど水を流し込んでから息を吐く。
「それにしても暑いなあ。夏って感じ」
窓の外の景色を見ながら多輝はそう言って笑った。もう七月が近い。そういえば文化祭はすぐなのではないだろうか。そんなことを考えながら多輝は何気なく由梨佳を見た。
「この身体、夏は鬼門ね」
そう言って眉を寄せた由梨佳は今日はシンプルな薄手のワンピースを身につけている。一応、下着もつけているが通気性のいいものをあえて選んだ。そうでなければ女性器からの放熱が遮られてしまう。
「クーラーがあるとこに行く分には問題ねえだろ。お、来た」
ウエイトレスが運んできたケーキがそれぞれの前に置かれる。続いてグラスに入ったアイスティが由梨佳の前に、多輝の前にはティポットとカップ、それに砂時計が置かれた。砂が全部落ちてから紅茶をいれるように言われる。多輝はウエイトレスに判った、と返事した。
「美味しい……」
ケーキをフォークで切り分けて口に運んだ由梨佳がほっとしたようにそう言う。多輝はそれを見てああ、と心の中で呟いた。由梨佳にしてみれば記憶をなくしてから初めて口にする食べ物だ。
「良かったじゃん。ここって割と有名でさ。こないだも」
そこで多輝はぴたりと口を噤んだ。先日、とある女性に誘われてここに入った話をしようとしていたのだ。が、今の由梨佳は多輝が外で多数の女性と関わりを持っていたことを知らない。
「どうしたの?」
凍りついたように黙り込んだ多輝に由梨佳が不思議そうに問い掛ける。多輝は慌てて口を開いた。
「てっ、テレビで! そうだ、テレビでケーキの美味しい店だって!」
焦って言いながら多輝はショートケーキにフォークを突き刺した。上手くごまかせた、と内心ほっとしていた多輝に由梨佳が悪戯っぽい笑みを向ける。
「多輝くん。本当はデートに使ったんでしょう?」
「うあ」
思わず狙いを誤った多輝はケーキを皿の中で倒してしまった。うう、と力なく呻く多輝に由梨佳が苦笑する。どうやらすっかり見抜かれているらしい。多輝はケーキを切り分けながら俯いてしまった。
「そんなにあせらなくても」
もそもそと口にケーキを運ぶ多輝に笑みかけてから、由梨佳がティポットを取り上げる。慌てて顔を上げた多輝を目で制して由梨佳は多輝のカップに静かに紅茶を注ぎ入れた。透き通った紅い茶がカップに満たされていく。多輝はぼんやりとその様を見つめた。
「なんかおれ、子供みてえ」
呟いて多輝は頭をかいた。これまで女性と接する時にこんな風に緊張したことはない。まるで初めてのデートでもしている気分だ。
「別に、いいじゃない。子供で。時を遡る事はできないのよ」
歌うように告げた由梨佳を多輝はぼんやりと見つめた。静かにティポットを戻した由梨佳がまたケーキに取り掛かる。まるで巫女みたいだ。由梨佳の言葉を胸中で繰り返してから多輝はそう呟いた。
ゆったりと茶を終えてから多輝は由梨佳と共に喫茶店を出た。必要なものは大体、買い終えた。後は由梨佳の服だ。ショーツやストッキングと言った下着は多輝が女性の際に使っているものでも流用は可能だが、基本的に由梨佳とはサイズが異なるのだ。融通の利かないものについては買った方がいいだろう。多輝は由梨佳を促してデパートの婦人服売り場に向かった。
「多輝くん、私のボディサイズに不満はない? もし修正するならそれにあわせたサイズの下着を買わないと」
他の客は近くにはいない。だが由梨佳は注意深く声を落としてそう訊ねた。多輝は反射的に周囲を確認してから首を横に振った。
多輝はこの頃はもう、作者の中で『苺』と呼ばれています……w