「夢……? あー、そいえばさあ。何かさあ」
こちらはどうやら思い当たることがあったのか、ひなたが眉を寄せて呻くように言う。
「仕事終わってつかれたーってベッド入るじゃん? したら、ホント、一気に寝ちゃう時があるんだよお」
そう言ってひなたがいきなりその場にしゃがみ込む。ふんふん、と頷きながら由梨佳がそれに合わせて膝を折る。手を握っていた多輝はそれにつられて仕方なくその場にしゃがみ込んだ。売り場のど真ん中で密談を始めた客を奇妙に思ったのか、店員が呆れたような目をこちらに向ける。何でもないっす、と多輝は店員ににこやかに笑ってみせた。どうやら女性店員だったのが良かったらしい。多輝に見つめられた店員がそそくさと離れていく。
「私、霊感が強いの。ちょっといいかしら?」
真剣な顔をして由梨佳がひなたに向かって手をかざす。れーかん。多輝は棒読みにそう呟いてから頭をかいた。ひなたが恐々と由梨佳と多輝とを見比べる。
「なんかさあ。べらぼーにいい男とやる夢でさあ。で、起きたらすっきりしてるんだけどさ。でも相手の男のコト、ぜんっぜん覚えてないのよねえ」
呟くように言いながらひなたが遠い目をする。ひなたの底無し加減を知っている多輝はそれを聞いて鼻で笑った。ひなたならありそうな夢と思えてしまったのだ。多輝がそう感じたと察したのだろう。ひなたが難しい顔で多輝を横目に睨む。
「ウチだってらしい夢とは思うけどさあ! でもヘンだろ? 相手、わっかんないんだよ? ぜんっぜん覚えてないの」
そう言ってひなたがひょいと肩を竦める。そんなひなたに手をかざしていた由梨佳が閉じていた目を開ける。
「あの、驚かないでね。あなた、憑かれているわ」
「つ」
ひなたと多輝の声が被る。先に反応したのはひなただった。
「疲れる!?」
そういえばここ最近、仕事が激しい。そう付け足したひなたに多輝は手を振ってみせた。
「多分漢字が違うと思うぞ。憑かれる、取り憑かれる方だ」
「なっ」
裏返た声を上げたひなたが慌てたように立ち上がる。多輝はそんなひなたを見上げてからまじまじと由梨佳を見た。由梨佳が静かに立ち上がる。多輝もつられて腰を上げた。
「あなただけじゃないわ。あなたの同僚。いえ、その街に住む女性の多くが取り憑かれているかもしれない」
「……もしかしておれのせいですか」
平坦な声で多輝は呟いた。愕然と目を見張ったひなたはしっかり自分の世界に入ってしまっている。道理であの夢を見始めてから誰とやっても駄目なはずだわ。そう呟いたひなたを多輝は呆れた目で見つめた。
「これ以上はわからないわ。その……情報が不足しているの」
困惑した顔をして由梨佳が言う。多輝は苦笑して由梨佳の頭を撫でた。恐らく由梨佳の保有するデータに欠けているところがあるのだ。愕然としたままぶつぶつと何事かを呟いているひなたの頭を多輝は軽くつついた。
「ほら、やっぱり! 確かめるためにもゼヒ、ウチと寝ろ!」
「待て! 何でそうなる!」
出来るだけ抑えた声で言ってから多輝は嫌がって首を横に振った。だが怒りに近い顔をしてひなたが多輝の胸倉をつかむ。
「それは危険だわ! 帰って相談したほうがいいと思うの」
今度はひなたは真剣な顔で言った由梨佳にすがりついた。怖いよう、と言いながらひなたがべそをかく。子供か、お前は。そうぼやきながら多輝は頭をかいた。宥められたひなたが携帯電話を出して何事かを打ち始める。どうやら由梨佳の連絡先を入力しているらしい。
「ううっ。よく判んないけど、ありがとー」
鼻を啜って言いながらひなたが携帯電話をショルダーバッグに入れる。慌ただしく手を振って駆けて行ったひなたの後姿を見送りながら多輝はぼそりと言った。
「……ええと、何に憑かれてるんだ? 結局」
「蟲よ」
ひなたの消えた方向をじっと見つめながら由梨佳が呟くように言う。多輝は目を細めて由梨佳を見つめた。由梨佳は真剣そのものの顔をしている。とても冗談を言っている風ではない。
「それってやっぱ、ヤバそうな奴なんだよな?」
由梨佳が真剣な表情のままで頷く。それからはっとしたように由梨佳は目を見張った。
「私!?」
瞬きを何度かして由梨佳が焦ったように多輝を見る。どうやら由梨佳は無自覚だったらしい。多輝は覚えのある感覚に苦笑した。多輝にも今の由梨佳のようなことはよく起こる。無意識に何かをしてしまってから後でそのことに気がつくのだ。
「どうして、判るのかしら。なぜ知っているのかしら? これは機械的な機能ではないわ。データベースの情報もあるにはあるけど不完全だし」
不安そうに顔を曇らせて由梨佳が呟く。多輝はそんな由梨佳の頭を優しく撫でた。宥めるようにしばらく撫でてから手を離す。
「おれにも何でかは判らないけど、巫女みたいだって思った」
笑みを浮かべて言ってから多輝はひなたの消えた方を改めて見た。
「彼女のこと不安だわ。多輝くん、彼女についていてあげて。私は戻って調べてみるわ」
「じょーだん! なんでおれが!」
慌てて言い返した多輝を由梨佳が少し怒ったように見る。多輝は叱られた子供のように顔を歪めながら視線を逸らした。
「ごめんなさい。私、おかしいわ。多輝くんの命令に従うべき立場なのに。どうして……」
「いや、おれが悪かった。ひなた、ちょっと心配だもんな」
由梨佳が言っていることは間違っていない。多輝はそう言ってから紙袋に入った荷物を由梨佳に差し出した。戸惑った顔で荷物を受け取った由梨佳に笑みかける。
「だって友達だろ? ひなた」
「多輝くん。ありがとう」
にっこりと笑った由梨佳に片手を上げて多輝は走り出した。
ここから多輝とひなたのシーンがありそうですが、なかったような気がします……。