※この作品はR-18です。

狩りの終焉 一部   作:伊駒辰葉

162 / 193
エロシーンはありません。


満足したけど記憶はない 3

「忘れてしまっていたということは、たいして重要ではないということです。そういえば、水輝さんが覚えてらした方のお名前はなんといいましたっけ?」

「奈月」

 

 水輝は訊かれるままに即答した。その名前だけは何故かよく覚えている。名前以外のことは判らないが、暗い心の中にその名前が柔らかな明かりのように灯っているのだ。水輝は奈月の名を心の中で呼んで胸に手を当てた。

 

「それではこんなところに長居は無用です。奈月さんのところに行くためには界を渡る必要があります。金龍神に力を借りにいきましょう」

 

 にっこりと笑って優一郎が部屋の出口に向かう。水輝は後に続きながら途中で祐を見返った。祐は何かを言いたそうに自分を見ている。だが水輝はそのまま優一郎に続いて部屋を出た。

 

 やけに広々とした廊下に出る。水輝は物珍しさに周囲を見回した。機械的なベッドがあった部屋と比べてここは随分と落ち着いた配色になっている。ダークブラウンのじゅうたんが敷き詰められた廊下を優一郎がゆっくりと進む。壁や天井は柔らかな乳白色だ。天井に灯る明かりも仄かな橙色をしている。

 

「水輝さん。こちらです」

 

 誘われるままに水輝は優一郎に並んだ。大きなドアの前に立った優一郎に水輝は何気なく訊ねた。

 

「なあ。きんりゅうじんって何だ?」

 

 真顔で訊ねた水輝を優一郎が苦笑しながら見る。その他にも疑問点はあるのだ。界を渡る、と優一郎は言っていた。それだけではない。さっき、ここに急に来れたのは恐らく優一郎の力だろうが、あれは一体なんだったのだろう。

 

「金色の龍の神と書いて金龍神と読みます」

 

 そう言いながら優一郎が扉に指先で字を書く。水輝は何となくふうん、と呟いてから扉に手をあてがった。それからああ、と呟く。

 

「こんじきのとびら」

 

 心に浮かんだ言葉を口にして水輝はぼんやりとした目で扉を見つめた。抑揚のない声を紡ぎだした水輝を優一郎が驚いたように見る。だがすぐに優一郎の顔には穏やかな笑みが戻ってきた。

 

「少しずつ、記憶が戻ってきているようですね」

 

 にっこりと笑ってみせた優一郎に水輝は首を横に振った。意味は判らないが言葉が浮かんできたのだ。正直に言った水輝の額に優一郎が手をあてがう。ひんやりとした手の感触に水輝は目を細めた。触られて判ったが、どうやら自分は少し発熱しているらしい。

 

「もしかして知恵熱とか?」

「そうなのか?」

 

 真顔で返してから水輝は苦笑した。記憶は殆ど空白に近い。もしかしたら少しずつでも何かを思い出すことで、身体のどこかに負担がかかっているのかも知れない。水輝は軽く笑って優一郎の手を額から退けた。

 

 ドアを開くと広々とした部屋の様子が見て取れる。ベッドや応接セットが並ぶその部屋の中には一人の女性が居た。まるで誰かが来るのが判っていたかのように静かに部屋の中央に佇んでいる。金色の美しい髪と瞳を持つ女性を見た瞬間、水輝は酷い頭痛を覚えた。見覚えはない。なのに何故かどこかで見た気がする。部屋の入り口で呻いた水輝を優一郎が振り返る。

 

「さすがに渚さんのことはある程度覚えてらっしゃるようですね」

「覚えていないわよ」

 

 優一郎の言葉に続けて女性が淡々と言う。水輝はのろのろと部屋に入って扉を閉めた。先に部屋に入っていた優一郎と並んで女性に向き合う。

 

「渚って言うのか」

 

 頭痛がゆっくりと引いて行く。低い声で訊ねた水輝に渚がにこやかに笑みかける。

 

「そう。私は渚。初めまして、と言うべきかしら? だって覚えてないんですものね」

 

 柔らかな笑みを浮かべる渚をしばし見つめてから水輝は優一郎を横目に見た。

 

「水輝さん。さっきの人形に対しては全く見覚えがないような反応をなさいましたよね? でも渚さんに対しては、少なくとも何かを感じたように見えたのですが、違いますか?」

 

 流れるような口調で訊ねられて水輝は眉を寄せた。さっきの祐という名の少女について、反応していなかったことを言われているらしい。

 

「何となくだが見覚えがあるような気がしただけだ。それにさっきのあの子供にしても、こう……何ていうか」

 

 水輝はそこまで言って額を押さえた。渚に対して覚えたような頭痛がある訳ではない。が、祐を見ていると無性にとある欲求を覚えるのだ。だが祐は生身ではない。卵を植え付けたところでろくな糧にはならないだろう。

 

「餌にならないかどうか。そういう視点でしか見ていなかったように思えましたけど」

 

 にこやかな笑みを浮かべて優一郎が言う。水輝は不思議に思って瞬きをした。

 

「他に何か理由がいるか?」

 

 夢を紡ぐ自分にとって、性交渉は食事以外の何物でもない。性的な欲求があるということは、同時に腹を満たしたいという食欲の表れなのだ。水輝は淡々とした口調でそう説明した。

 

「ですけど、僕や渚さんに対した時は、反応が明らかに違いましたよね? 頭が痛みませんでしたか?」

「そういえば……」

 

 優一郎に指摘されて水輝は思案した。確かに優一郎や渚のことを考えると妙に落ち着かない気分になる。水輝がなるほど、と納得したところで渚が呆れたようなため息をついた。




エピタイは水輝の気持ちというかw
記憶が戻らないなー、みたいな。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。