「相変わらず仲がいいですね」
そう言って優一郎がにっこりと笑う。水輝は足で渚の背中を踏みつけて立ち上がった。離せと喚く渚を片足でしっかりと押さえてから目を上げる。
「おれは何も判らないっつってるだろう。何で殴られなきゃなんねえんだよ」
怒りを込めて吐き捨ててから水輝は渚の背を蹴りつけた。床を転がった渚が呻きながら身を起こす。
「渚さんに、夢を見せてあげるというのはどうでしょう?」
「こいつ、綺麗そうだからつまんねえ」
腕組みをして渚を見下ろしながら水輝はそう言った。最低、と呟きながら渚が顔を上げる。鋭い目で睨まれた水輝は機嫌悪く渚を睨み返した。
「水輝さん。いきなり殴りかかった渚さんに怒りを感じる気持ちはわかりますが、明かに過剰防衛ですよ」
淡々と指摘されて水輝はため息を吐いた。
「別におれは何もしてないだろ。骨も折ってないし」
十分に手加減はしたつもりだ。そう言ってから水輝は仕方なく渚の腕を取って引き起こそうとした。だがそんな水輝の手を渚が邪険に払う。
「触らないで!」
「……犯すぞ、このやろう」
鋭い声で言われた水輝は剣呑な表情でそう言い返した。ふらつきながら立ち上がった渚が挑戦的に水輝をみる。水輝は怒りのこもった目で渚を睨み返した。
「渚さんを? 襲うんですか?」
くすくすと笑いながら優一郎が囁くように言う。水輝はぴくりと眉を上げて優一郎を睨みつけた。だが優一郎は何が楽しいのかまだ笑っている。
「何でそこで笑うんだ」
怒りの表情のままで水輝はそう優一郎に訊ねた。
「いえ、無鉄砲なことを仰るなあと」
肩を竦めて優一郎が何でもないことのように言う。水輝は苛立ちをこめて優一郎を睨んでから渚に目を移した。確かに渚には強い力を感じる。が、無理に犯そうと思えば出来なくはない。水輝は低い声でそう告げた。
それまで黙っていた渚が唐突に笑い声を上げる。何事かと目を見張った水輝を見ながら渚はしばらく笑っていた。
「そうね。記憶がなくなっているんですものね」
笑いを納めてから渚が言う。だがその目は全く笑っておらず、ずっと水輝を睨んだままだ。
「水輝さんがそうなさりたいなら止めませんよ」
優一郎がにっこりと笑う。水輝はちらりと優一郎を見てから無造作に渚に腕を伸ばした。緊張しているのか、渚はその場に硬直している。渚の胸にあと少しで触れる、というところで水輝はぴたりと手を止めた。言いようのない頭痛に襲われる。思わず呻いた水輝の手から渚がするりと身をかわす。
「ばかね。出来る訳ないわ」
静かな渚の声に水輝は目を吊り上げた。何かがぷつん、と意識の中で切れる。動くな、と喚いて水輝は再度、渚を捕まえようと手を伸ばした。だが渚は水輝の手からまたするりと逃げてしまう。
「まだ続けますか?」
くすりと笑った優一郎を水輝はぎらりと睨みつけた。何故かは判らないが身体が思うように動かない。頭痛を堪えて水輝はまた渚を捕まえようと手を伸ばした。
不意に渚が視界から消える。驚きに息を飲んだ水輝の胸にいきなり何かがしがみつく。その途端、水輝の身体から急速に力が抜けた。思わず床にへたり込んだ水輝の胸に抱きついていたのは渚だった。
「読ませてもらうわよ」
冷ややかに言って渚がいきなり水輝に唇を寄せる。水輝は避ける間もなく渚に唇を奪われた。その瞬間に得体の知れないものが身体を一気に駆け抜ける。不気味なその感触に水輝は思わずかたく目を閉じた。
ぐったりと脱力した水輝から唇を離して渚が立ち上がる。水輝はふらつく頭を押さえて立ち上がろうとした。だが腰が抜けてしまったのか、その場から動けない。
「水輝さん、大丈夫ですか?」
心配顔で優一郎が駆け寄ってくる。水輝は力なく頷いて優一郎の手を借りて立ち上がった。何かを考えるように天井を仰いでいた渚が深々とため息を吐く。
「……厄介ね。夢魔の特性が色濃く出ているみたい」
しみじみと呟いてから渚が困ったような顔で優一郎を見る。水輝は優一郎の肩を借りたまま、渚を睨んだ。
「どうします? もう、跳んでしまいますか?」
優一郎が何かを考えるような顔で言う。だが渚は眉を寄せて首を横に振った。
「ただでさえ奈月が行っているんでしょう? こちらの者が、しかも龍神が多くあちらに入ってしまうと弊害があるのではないかしら? それに、今は管理者は不在だし」
口許に手を当てて渚はそう言ってから水輝を呆れたように見た。何だよ、と機嫌悪く問うた水輝に渚が苦笑する。
「こうなったら、水輝さんだけ送り込んでしまいましょうか?」
にっこりと笑って優一郎が言う。すると渚がぽん、と手を叩いた。水輝はそんな二人を見てから慌てて首を横に振った。
「ちょっと待て。何でおれがそんなところに行かなきゃならないんだ。おれは別にこのままで」
「このままでどうするの。人の夢を次々に食うつもり? あなた、今がいつだと思っているの。紫翠の時代ではないのよ?」
水輝の言葉を遮って渚がきっぱりと言う。その瞬間、水輝は言いようのない熱に襲われて身を折った。急にその場に沈みかけた水輝を優一郎が慌てて支える。だが水輝はそんな優一郎に構っていられなかった。腹を押さえてかたく目を閉じる。何かが腹の奥で蠢いてるのだ。
「急いで跳んだほうがいいですね。渚さんが付き添ってください。僕は安定の確保にかかります」
「あなたが行ってらっしゃいな。私が行くよりその方が有利よ」
片目を閉じた渚の身が金色の輝きに包まれる。水輝は痛みを堪えながら目を上げた。慌てた声を上げる優一郎の手を遮って渚が力を発動させる。渚が生み出した光が水輝と優一郎を包み込む。
「了解しました。あの……祐をお願いします」
真剣な表情で優一郎が言う。次の瞬間、水輝と優一郎の立っていた場所に金色の空洞が開いた。一気にその場から落下する。渚が厭味な人ね、と叫んでいる。だがその声もすぐに聞こえなくなった。
金色の空洞を落ちていきながら水輝は身体の力を抜いた。意識が遠ざかり、感覚が間遠になる。急に視界が開け、青い空が目に飛び込んでくる。だがそれを境に水輝は意識を失った。
渚相手に無理だってwww という感じです。