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意識が戻ってすぐに奈月を追いかけたにも関わらず、桜は界を越えるのに随分と手間取った。あの世界内での転移とはやはり勝手が違う。そのことを痛感しながら桜は真っ直ぐに奈月の傍に降りようとした。
声が聞こえてくる。桜は界の狭間で思わず動きを止めた。それは聞き慣れた奈月の声と優一郎の声だった。眼下に広がるのは見知らぬ部屋の光景と、その中で向かい合っている奈月と優一郎の姿だった。
「わたしの罪とは、何ですか?」
スカートを握りしめた奈月が優一郎に鋭い目を向けながら問う。その顔はこれまでに桜が見たことがないほど、怒りに満ちていた。すぐさま奈月の許に向かおうとした桜は対する優一郎を見て思い止まった。優一郎は白衣のポケットに手を突っ込み、者に構えてはいるが目は真剣そのものだ。
「罪、とまでは言っていないでしょう? あなたにも責任がある。と言っただけです。それとも、罪を犯したと思い当たる事でもあるのですか?」
嗤いを浮かべた優一郎が言った途端、奈月がびくりと身を竦ませる。桜は目を細めてそんな二人を見比べた。
「わたし……、わたしは……」
うろたえた奈月を見つめて桜は出て行きたくなる衝動を堪えた。何について二人が言い合っているのかは何となく理解出来る。恐らく話題にされているのは水輝のことだろう。
水輝に関して言えば奈月は何もしていない。その、何もしていないというのが恐らく優一郎の言い表した責任なのだろう。奈月は唯一、地上の王が拵えた水輝の枷なのだ。鈴のついた枷は鳴らなければ意味はない。
「水輝さんが母上となぜ婚約しようと思い至ったか、その理由を僕は知っています」
嗤いを浮かべたまま言って優一郎は斜めに奈月を見た。口許に嗤いが張り付いているのに、その視線は凍りつくように冷えている。桜はぼんやりとそんな優一郎を見つめた。
地上の王と青龍王はある意味、対を為す。地上の王と天空の王が相容れないという属性を持っているのとは異なり、地上の王と青龍王は互いに惹き合う習性を持つ。だが決してその両者は混じり合うことはない。何故なら互いに有する力が強すぎて下手に混ざってしまうと世界そのものが揺らいでしまうからだ。
だがそんな理由がなくとも桜は青龍王を憎んでいた。常に、どんな時も木龍神である地上の王を滅するのは青龍王の役目なのだ。例えそれが世界の決めた理だとしても、桜はそのことをとても憎んでいた。滅するのが目的なら、何故世界はいつも木龍神を生み出すのだろう。愛する者の手にかかることを知っていながら、木龍神はいつも青龍王の手にかかって潰えてしまうのだ。
そんな水輝に立城は枷をつけた。それは長い龍神の歴史の中ではじめてのことだった。奈月と水輝は当然のように惹かれ合い、そして互いが互いを必要とする関係性になった。だが今の二人は木龍神の力と座位を預かっている。根本的に水輝の力で出来ている奈月と、青龍王そのものである水輝に弊害が起こるのは無理のない話なのだ。
「あなたが、そう望んだからです。水輝さんはもともと結婚という名目にこだわるつもりは無かった。それをわざわざ、婚約し結婚式を執り行うといった手順を整えたのはあなたを喜ばせるためだったんです」
優一郎の言葉を聞きながら桜はそっと目を伏せた。奈月が驚きに息を飲む音が聞こえる。だがそれでも桜は目をあけることが出来なかった。だから青龍王に惹かれるのは止めろと言ったのだ。桜は両手をこぶしの形に握って唇を噛んだ。
「そんな、そんなはずはありません! 水輝さんは紫さんが好きだから。だから!」
懸命な面持ちで奈月が叫ぶ。桜はそっと目を開けて奈月を悲しみに満ちた目で見た。紫と地上の王である立城は別人だ。あの青龍王が見間違えて好く筈がない。
「あなたの認識にある、紫さん、は、本当に現在の母上と同一人物ですか?」
嗤いを浮かべたまま優一郎が奈月に問い掛ける。奈月は目を見張ってうろたえた。奈月の記憶にある紫と、今の紫はまるで違うのだろう。たまたま同一の名を名乗っていたことから、奈月は勘違いをしていたのだ。
「ですけど、確かに紫さんは紫さんだったんです。なのにどうして……」
涙を零しながら奈月が言う。桜は耐え切れずに空間を越えた。泣いている奈月と優一郎の間に割って入る。
「責めるべきは同じ器で珠を入れ替えた木様と、わたくしでしょう」
冷ややかな声で言いながら桜は優一郎を睨んだ。背に奈月を庇って腕を広げる。
「君は強い力を持ってはいるが結局は使い魔に過ぎない。龍神としての責任を取れる者は、龍神の座位を持っている者だけだ」
強い口調で言って優一郎が顎をしゃくる。酷い重圧を感じつつも桜はその場から一歩も退かなかった。優一郎が眉を寄せて桜に鋭い目を向ける。
「姫様に何をするつもりですか」
両腕を横に広げたまま、桜は毅然とそう告げた。圧倒的な座位の差による目に見えないプレッシャーが身体と精神の両方に圧し掛かる。だが桜は表面的には平静を保っていた。
「座位に伴う責任を把握してもらいたい。僕が奈月さんに求めるのはそれだけだ。それに、君は今の奈月さんでも庇う気になるのかい? 青龍姫になった彼女は君の仇ではないの?」
嗤い混じりに言われて桜は慌てて振り返った。澄んだ美しい青い色を纏った奈月を凝視する。冴えた青い髪と瞳を持った奈月をしばし見つめ、桜は優一郎に向き直った。腕を広げて同じ格好で優一郎の前に立ち塞がる。
桜はこういうことをしているから、後々ややこしくなるんですけどね……。