※この作品はR-18です。

狩りの終焉 一部   作:伊駒辰葉

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エロシーンはないです。


転入したけど凄い席になってしまった 2

 仕方なく克人はそっと椅子を降りてもう一度、両手に背もたれを抱えた。座った時にきちんと机の傍に寄れるように椅子を置きなおしてから座ろうと試みる。すると今度は椅子が机に近すぎて座れない。途方に暮れて椅子の傍に佇んでいた克人を見かねたのか、隣に座っていた奈月が腰を上げた。

 

「手伝いましょうか?」

「あ、すみませ」

 

 優しく問われて頼もうとしていた克人の声を椅子の音で遮り、奈月の前に座っていた女子生徒が立ち上がる。驚きに目を見張る克人を勢いよく振り返り、その女子生徒は声を荒らげた。

 

「姫様に椅子を引かせるなど、不届き千万!」

「いや、あの」

 

 困り果てて奈月とその女子生徒を交互に見つめて克人は頭をかいた。どうもこのやり取りが面白いのか、クラス中がこちらに注目しているらしいことだけは判る。黙っていればとても美人なのだろうが、そんな女子生徒が克人相手に本気で怒鳴っているのだ。

 

「桜さん。困っているひとを見かけたら助けるのは当然のことです」

 

 それまでの穏やかな笑みを消し、真剣な面持ちで奈月がその女子生徒に告げる。どうやら名は桜と言うらしい。その名を耳にした克人はぽん、と手を叩いた。なるほど、ここまで怒っている理由がやっと判った。そう思いながら克人は目の前に立つ桜をじっと見上げた。ストレートの長い髪を背中まで伸ばした桜と、対照的に柔らかなイメージを持つ奈月とを見比べる。

 

「ですが……これは」

 

 奈月に諭されて少しは堪えたのか、桜が小声で言う。だがそんな桜を無視して奈月は克人の椅子を静かに引いた。どうぞ、と言われて克人はありがたく椅子に腰掛けた。そこで奈月が静かに椅子を机に寄せる。

 

「ありがとうございます。おかげで助かりました」

 

 にっこりと笑って克人は奈月に礼を言った。すると奈月が笑顔で会釈をする。そんな二人を見てこれ以上怒るのを諦めたのか、桜は不承不承の態で席についた。

 

「あー……とにかく蘇芳。一時間目が終了したら机と椅子を別に用意するから」

 

 騒ぎを見終わった担任が困惑した面持ちで言う。克人は机に乗っていた鞄を下ろして担任の顔を見えるようにしてからはい、と返事した。ついでに鞄に乗っていた剣山を机の端に乗せる。するとまた勢いよく振り返った桜が克人の机から素早く剣山を奪い取った。やはりさっきの剣山は桜が仕掛けたものだったらしい。

 

 一時間目の授業を克人は一年二組の自分の教室で受けた。席を移動する必要がないことにほっとしつつ、克人は生徒会室で受け取ったディスクを端末にセットした。一時間目は選択科目の数学Aだ。隣の席の奈月と桜は別の授業らしく、教室からいなくなっている。克人は前の方に寄って座っている生徒たちの背中をちらりと確かめてから端末画面に目をやった。興味を持てる授業はたくさんあるが、全てを受講することは出来ない。どれにしようかな、と迷いながら克人は単位取得する科目を選択していった。途中、教師に指されて質問に即答してから再び端末に目を向ける。

 

 一時間目はそうしている間に過ぎ去った。次は、と確認していた克人はふと気配を覚えて目を上げた。にこにこと微笑んでいる奈月と仏頂面の桜が椅子と机を一組、克人の傍に置く。

 

「あ、すみません。ありがとうございます」

 

 慌てて礼を言いながら克人は椅子を降りた。教室内は休憩時間でとても賑わっている。だがどうやら彼らは克人には近づけないらしい。その原因が桜にあることを克人は何となく理解した。姫様、ここはわたくしが。そう言って桜がもの凄い目で克人を時折睨みながら机と椅子を入れ替える。用意されたのは克人の背丈に合わせた一回り小さな机と椅子だった。余った机と椅子を教室の後ろに寄せてから桜がもの凄い勢いで奈月の傍に戻る。

 

「これは生徒会側の落ち度だと思います。蘇芳さんの転入を決定した時点で対処しておくべき問題でした。執行部の方にはきちんと伝えておきましたから、とりあえず蘇芳さんが選択した授業の教室には明日には全て供えられるはずです」

「あ、えっと、ボクもちゃんと聞いてなかったから」

 

 とうとうと語る奈月に圧される格好で克人は言葉を濁した。もしかしたら生徒会役員である彼女たちは克人が本当に編入するとは思っていなかったのではないだろうか。幾ら隠しているとは言っても、克人は木村財閥の関係者なのだ。その程度のことならあの生徒会長の斎姫であれば調べているような気がする。そうでなければあのせりふは出てこなかっただろう。

 

 何だか居たたまれないものを覚えて克人は視線を泳がせた。すると奈月の手に不思議なものが握られていることに気付いた。可愛い模様のついた大きなハンカチで何かを包んでいるらしい。見ると桜も似たような包みを手にしている。

 

「あの、お二人は一時間目は……」

 

 そう問い掛けると奈月が微笑を浮かべて手にしていた包みを克人の机に乗せた。

 

「家庭科の実習で作ったんです。どうぞ」

 

 包みを解きながら奈月が言う。克人は不思議に思いながら奈月が開いたハンカチの中を見た。見慣れないものがたくさん入っている。だが知識としては一応、知っている。確かこれはクッキーというのだ。そう思いながら克人は自然と顔をほころばせていた。

 

「凄い! これ、作ったんですか!?」

 

 目を輝かせて克人は奈月を見つめた。それまで憮然としていた桜が克人の言葉にぴくりと眉を跳ね上げる。

 

「姫様は料理はお上手なんです。当り前でしょう」

 

 冷ややかに言って桜が克人の脇を過ぎて自分の席につく。克人はだがそんな桜の言葉を驚きのために聞き流した。

 

「シンプルなバタークッキーですけど、どうぞ召し上がってください」

 

 優しい笑みを浮かべて奈月が促す。克人の目にクッキーはまるで宝石のようにも見えた。

 

「ほ、ほんとにいいんですか?」

 

 克人は目の前にあるクッキーと奈月とを見比べてそう訊ねた。すると奈月が笑顔で頷く。ごくん、と唾を飲んで克人は恐る恐るクッキーを一枚取り上げた。丸い形をしたクッキーはまだほんのりと温かい。




クッキー食べたい。
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