「アタシ、奈月ちゃんは好きだけど、文ちゃんに対するそれとは違うわよお。いやあん、文ちゃんってばカワイイ」
うふふ、と満足をこめて笑った学を見つめていた文が頬を染める。膝の上のナプキンをもじもじと指でもてあそびつつ、文がちらちらと学を見る。
「私ほど、幸せな機械人形は居ません。主の傍にずっと置いていただき、主の手ずから行き届いた整備や改良を施され、そして……」
そこまで言って文が真っ赤になって口ごもる。あは、と笑って学は首を傾げてみせた。
「だってえ。アタシ、文ちゃんがだぁい好きなんですものっ。うふふ」
妖しく笑ってから学はふと宙に視線を向けた。彷徨う気配を捉えて目を細める。どうやら水輝に卵を仕込まれた紫がふらふらと木村の地を彷徨っているようだ。学は行きましょうか、と文を促して支払いを済ませて店を出た。電話で呼びつけた車に乗り込んでからため息を吐く。
「悪いんだけど、ここに行って頂戴」
そう言ってから学は運転手に一枚の地図を手渡した。それを受け取った運転手が焦ったように学を振り返る。
「お、お客さん!? ここって」
「あー、お金はちゃあんと払うわよお。いいから行って」
そう言ってから学は手動で前の座席と後部席との間の防音扉を引き上げた。戸惑った顔をした運転手がやがて諦めたのか、車を出す。
「まったく、困ったチャンが多くてイヤねえ」
深々とため息を吐いて学はシートに寄りかかった。そんな学に文がそっと寄り添う。
「龍神も人も狩人も魔もそして機械人形も、色に狂うものですから」
「すべからく色に狂う、か。まあね、判っちゃ居るんだけどね」
そう呟いて学は窓の外に目をやった。色に狂った者の中にはたくさんの哀しい思いを積み重ねている者も少なくない。だからこそ、色に狂うのだとも言えるだろう。
「赤いヒトも、水輝くんも、あの若い人形師だって例外じゃないわ。どこかに哀しいナニかを抱えてるから、狂うのよ」
そこまで言ってから学はなんてね、とわざと茶化して笑ってみせた。
「赤い方の抱える哀しみはあまりに深く、癒し手もいません。あの方はどうして強く生きられるのでしょうか?」
不思議そうに言って文が首を傾げる。それはね、と笑って言ってから学は顔からふと笑みを消した。
「……痛みと同等の快楽を常に得ようとしているから、だから強く見えるのよ」
痛みと快楽は対極にあるように、一見みえる。だが、本来は酷く近い場所にあるのだ。
「切ないですね」
「あら。快楽は切ないものよ? だって持続は決してしないもの。持続しているように見えてもそれは、快楽の単なる連続に過ぎないのよ」
指をぴっと一本立てて学はそう告げた。ずっと続く思いではないからこそ、価値があるのだし、だからこそまた得ようとするのだ。そう続けてから学は窓の外に目をやった。行き過ぎる景色をしばし眺めてから小さく笑う。
「ヒトの命も大差ないかもね」
そう呟いてから学はシートに深く寄りかかった。
「ですけど私たちの想いは、変化しません。私たちはある意味死者ですから」
「そうよ。変わらない想いや願い、祈りは死者だけのものよ。不変、永遠なんて生きている限りはあり得ないわ」
命を賭けて祈り、願うからこそ強大な力を持つ誓約が成立するのだ。そして木村の当主である順は三重の誓約に縛られている。それでも弱音を吐かないのは、順自身の誇りがあるからだろう。
「私は快楽を食することによってようやく生者のようにふるまうことができる人形にすぎません。ですけど、私は学さまを見つけ、学さまに選ばれました」
淡々と告げる文を学は膝の上に抱き上げた。ルームミラーの中で運転手がぎょっとしたように目を見張る。だが学はそれを無視して文に口づけた。優しく唇を合わせてから静かに顔を離す。
「アタシはね。誰しもが何かに選ばれ続けるのがこの世の中だと思うわけ。文ちゃんはそうだけど、アタシも文ちゃんに選んで貰ったのよ」
にっこりと笑って学は文の髪を撫でた。柔らかなウェーブを描く長い髪を優しく指で梳く。
「学さま。よろしいのですか? 今の座位の状況。かの君を手に入れる好機ではないのですか?」
少し声を落として文が言う。それを聞いた学は苦笑して肩を竦めてみせた。
「あのね。水輝くんは誰のモノでもないの。あれは水鏡だから」
小さく笑って言ってから学はそっと文をシートの上に降ろした。
久しぶり……というか、今作では初登場でしょうか。
学と文コンビです。