「何も泣くことないじゃん?」
苦笑しつつ順は頭をかいた。奈月にしてみれば、水輝の趣味が疑われるような状況に陥ったことがショックなのだろう。が、そんなことはごく些細なことだ。そもそも透は水輝を嫌っているのだから。
奈月が泣いているのを桜が横から慰めている。あーあ、と呟いて順は奈月の顔を覗き込んだ。
「まあ、ストレートな表現するコだけど、悪いコじゃないんだよん」
へらへらと笑いながら順はハンカチを奈月に差し出した。戸惑ったようにハンカチと順とを見比べる奈月に頷いてみせる。すると奈月はおずおずとハンカチを受け取った。
「ありがとうございます」
涙を拭いた奈月が律儀に礼を言って頭を下げる。いえいえ、と笑って順は首を回した。ついでに肩を回して関節を鳴らす。
「さてと。オレはそろそろ跳ぶよ。ついてくるんしょ?」
気軽に言った順に桜が神妙な面持ちで頷く。
「水輝さんの行き先がわかるんですか!?」
相変わらず真っ直ぐな反応をする奈月に順は苦笑した。
「判るための努力? かな。ま、やるこたやっとかないとね。気持ち悪いっしょ?」
少なくとも足取りをつかむ方法はある。ただ、問題は確実ではないということだけだ。順は心の中でそう付け足した。
「ただねえ。ちょっと殺すから、あんま見たくないなら隠れてたほーがいいかなあ」
のんびりと付け足してから順は手の上に黒い龍宝珠を現した。腕を一振りすると手の中で宝珠が鎌の姿に転じる。
「殺すって、いったい何を!」
声を荒らげた奈月に苦笑して順は鎌の柄を肩に乗せた。
「殺すって約束したっしょ? 約束は守らなきゃでしょ?」
まあ、気分は良くないけどねえ。何となくそう付け足した順を奈月が鋭い目で睨む。だが不思議とその傍らに立つ桜は冷静なままだ。桜にとって重要なのは、木龍神の座位を預かる奈月の命だ。今現在、その他のことは桜にとってみれば些少なことに過ぎないのだろう。
「紫さんが、見つかればいいんですよね?」
冷ややかな声で奈月が言う。順は腕の時計を見下ろして小さく笑った。
「刻限過ぎたから今見つけても無駄。じゃ、オレ行くから」
それだけ言って順はその場から転移した。一気に空間を跳んで木村の地の中心に姿を現す。突如、現れた順に驚愕したのだろう。その場にいた人間たちが焦ったように逃げ惑う。テントの中にいた白衣の連中すら慌てたように逃げ出した。
「あーあ。遅いんだよねえ」
のんびりと笑って順は両手に鎌の柄を握りしめた。耳の痛くなるような音を発した鎌に思わず苦笑する。順は鋭い息を吐いて鎌を右から左に一閃した。漆黒の刃が空気を裂いて逃げ惑う人間に向かって一直線に飛んでいく。
あと少しで逃げ惑う人々に届く、というところで闇色の刃は見えない壁にぶつかって空に向かって弾かれた。けたたましい音を立てて空に放たれた刃を順は感慨のない目で見送った。強靭な結界の向こうにはいつの間にか奈月が立っている。
「お見事。スピードといい、強度といい、申し分ないね」
小さく笑って順は独り言のように呟いた。すり鉢状に形成された木村の地の中央に立って順は鎌の柄を地面に突き立てた。呑気に肩を回してから改めて鎌を握る。
人々は助かったことに驚いたのか、足を止めて順を見つめていた。奈月が守ってくれたことは理解していないだろうが、その場に急に二人の女性が現れたことは理解したのだろう。脅威の目で奈月と桜を見つめる者もある。
「茜さん、それは!?」
「ただの鎌だよん」
奈月の鋭い問いかけにそう笑って順は改めて両手に鎌の柄を握りしめた。地面から怨嗟を吸い上げた鎌を一気に振る。冥界の力と怨嗟の力が混ざった刃が順の周囲、360度全ての方向に飛ぶ。刃は奈月の展開した結界をあっけなくくぐり、足を止めていた人々の身体を一瞬で真っ二つに裂いた。呆然と佇む奈月とその傍らに立つ桜には毛筋ほどの傷も与えていない。よいしょ、と軽く言って順は柄を両手に握り直した。
順を見張っていた死肉を食らうハイエナたちが一斉に人々の亡骸に襲い掛かる。蒼白な顔をした奈月の身体がぐらりと傾ぎ、慌てたように桜がそれを支える。順は苦笑して二人に近づいた。
「ダイジョブ?」
いつもの笑いを浮かべて言った順を奈月が涙の浮かんだ目で睨む。
「どうして……、どうしてそんなに簡単にひとを屠れるのですか?」
「だって簡単なんだもん」
あはは、と笑って順は肩を竦めてみせた。怒りに目を吊り上げた奈月が支える桜の手を振り切って順の前に仁王立ちになる。その背後では闇から躍り出たハイエナたちが飢えた獣そのままに人を食っている。
「理由を教えていただけますか?」
感情が完全に失せた顔で奈月が言う。えー、と間延びした声を漏らして順は軽く指を鳴らした。人の亡骸を貪っていたハイエナたちが一斉に遠吠えをはじめる。やがてハイエナたちは仲間を呼び、あっという間に人の死骸を片付けて消えていった。
「理由ねー……改めてそう訊かれると照れるなあ」
わざと茶化した順を奈月は無言のままでじっと見つめている。正面から真っ直ぐに見つめる眼差しはどことなくあの多輝にも似ている気がする。鮮烈な、だがやけに痛い力で人の心を抉る眼差しだ。
「あー、まあ……いいじゃん、気にしなくてもさ」
ひょいと肩を竦めて順は踵を返した。強いて言えば殺したいからかな、と肩越しに奈月を見返って言う。
「殺戮を繰り返しても、あなたの中の虚無は広がりつづけるだけです」
背後から追いかけてきた奈月の言葉に順はぴくりと眉を上げた。困ったなあ、と苦笑して順はシャツのポケットから煙草を引っ張り出した。一本咥えて火を点けたところで奈月を振り返る。力ない笑みを浮かべた順を睨むように見ていた奈月の顔に一瞬、陰がさす。
まあ、順はこういう性格なので。