順が意外な人と会います。
そろそろキャラ表がいるかもですね(汗)
「やっぱ、予定は全部キャンセルにしよう」
脱力してぼんやりとした顔をしていた睦月が慌てたように首を振る。だがそれを無視して順は運転席に座る男性に声をかけた。
「悪いんだけどさ。コース変更して」
「どちらに参りましょう」
順の行動にもすっかり慣れ親しんでいる中年の運転手が落ち着いた声で訊ねる。順ひらりと助手席に乗り込んでシートベルトを締めた。
「こっからならウチのよか吉良瀬のが近いなあ……まあ、仕方ないか」
口の中で呟いて順は頭をかいた。乱れた着衣を慌ただしく整えた睦月が助手席に見を乗り出す。
「順様! 一体どちらにお向かいになるおつもりですか!」
「清陵中央病院に行って。……ったく、人間ってのは壊れやすくてやんなるね」
欠伸をしながら言って順は肩越しに睦月を見返った。それまでの勢いはどこへやら、睦月は僅かの間に真っ青になっていた。
「私はもしかして」
「あ、心配しなくても軽度だからダイジョブだよ。直に飲んだのそいえば久しぶりだもんなあ……」
呻き混じりに呟いて順はため息を吐いた。自己管理をしても防ぎようのない病気は幾らでもある。睦月の責任ではないと説明してから順は苦い気分で笑った。睦月が力なく後部席にへたり込む。
体液を口にすれば、一発で対象の健康状態から精神状態が把握でき、下手をすると歩んできた人生まで垣間見えてしまう。そんな自分の特性を順は嘲笑した。望むかどうかに関わりなく判ってしまうのだから仕方がない。対象の状態を的確に分析する。その能力を順はとある時を境に手に入れた。だが決して望んだ訳ではない。
静かに車が走る。曇り始めた空を仰いで順は目を細めた。睦月は病院に放り込むことになるだろう。しっかりと治療しなければ再発の危険がある。
「治療費とかは全部オレが持つしさ。そんな落ち込まなくてもいいってば。命に関わるってワケでもないしね」
へらへらと笑いながら順はうなだれている睦月を振り返った。俯けていた顔を上げた睦月がすがるような目で順を見る。まるで捨て犬のようだ。そう思いながら順は身体を戻してやれやれとため息を吐いた。
広々とした敷地に車が進む。早々に睦月を診察室に放り込んでから順は一人、病棟の中を歩き回った。平日の午後ということもあって、病棟の中はしんと静まり返っている。時折、歩いているのも入院患者くらいだ。入院患者受付のカウンターを横目に過ぎ、順は階段をゆっくりと昇り始めた。
この清陵中央病院は内科、外科だけでなく産婦人科や心療内科まで備えた万能型の病院だ。それだけに敷地も広大で働く人間もけっこうな数になる。儲かってるねえ、と苦笑して順は最上階まで階段を上り詰めた。
過去に一度だけ訪ねたことのある部屋のドアを叩く。中から返事があったことを確認してから順は気軽にドアを開いた。机についていた女性がぎょっとしたように順を凝視する。
「はーい! 呉羽ちゃん、ひさしぶりっ」
「なっ、何で」
引っくり返った声で言って呉羽が焦ったように立ち上がる。口を意味もなく開け閉めする呉羽の様子に順は笑った。金魚みたい、とストレートに評すると呉羽が途端に真っ赤になる。
「何でこんなところにいるのよ!」
「いやあ。秘書をここに放りこんでねー」
だらしなく笑って言った順を呉羽が鋭い目で睨む。吉良呉羽。彼女は吉良総一郎という世にも名高い科学者の妹にあたる。が、少々複雑な関係であるため、そのことを知る者は少ない。呉羽は総一郎の父が妾腹に生ませた子供なのだ。
「なに。具合でも悪いの?」
「まあね。大したことはないから呉羽ちゃんの手は煩わせずに済むと思うけど」
苦笑して言いながら順はドアの傍に寄りかかった。呉羽が複雑な表情で椅子に舞い戻る。
一世一代の不覚、と呉羽は今でも順と過ごした一晩のことを言い表す。順はそのことを思い浮かべて小さく笑った。大学を卒業したばかりの呉羽が飲みに出かけた店で、順がたまたま飲んでいたというだけの話だ。どこにでもある他愛ない出会い方で、どこにでもあるような成り行きで一晩共に過ごしただけの関係なのだが、それを呉羽は心底悔いているらしい。何しろその時の順はまともに名乗らなかったし、呉羽も同様だった。
「んな、毛嫌いしてくんなくてもいいじゃん。別にオレ、キミを嵌めようとか思ってたワケじゃないし」
「ご丁寧にあれから毎日毎日電話してくれたおかげで! 私は未だに結婚できてないんですけどね!? しかもわざわざ病院にかけてくるし!」
憤りも露に呉羽が言う。えー、と笑って順は肩を竦めた。そう、行きずりの関係として順がそれっきりにしていれば呉羽も何も知らないままでいられたのだ。が、順は純情だった呉羽を使って周囲をかき回してみたくなった。何しろ呉羽は順に言わせれば大当たりの女だったのだ。
呉羽再登場です。