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「ギブアンドテイクってワケだよね。取引としては正しいじゃん。何でそんなにビビるのさ」
にやりと嗤って順は呉羽に囁きかけた。硬直した呉羽がぎこちない動きで順を見る。だが不思議とその目に怯えた色はない。どことなく寂しそうな、それでいて怒っているような雰囲気がある。
「……あんたには判らないね」
そう言って呉羽がふい、と目を逸らす。おやおやと笑って順は肩を竦めた。
「そこでオレは提案っていうか、キミと取引をしたいワケだけど」
呉羽が僅かに眉を上げる。それだけしか反応を見せない呉羽を余所に順は明るい笑い混じりに言った。
「今は昔、超絶に懐かしいブツが出てきてねえ。いや、オレも正直驚いたんだけどさ」
順は先に寄った研究施設で見てきたことを呉羽に丁寧に話して聞かせた。腕組みをして難しい顔をしつつ呉羽が頷く。
「つまりはその試薬のテストをしたいって訳だね?」
「そ。期限切ったから一週間以内には上がってくると思うけど、ヤツラにはテストする時間なんてない。で、オレもそーんな面倒なことはしたくないワケ。出来れば即利用可能な状態にしたいってこと」
つらつらと説明する順に呉羽が呆れたようにため息をつく。
「で? 取引と言うからには私にメリットはあるんでしょうね?」
「勿論」
即答して順は頷いた。それまで難しい顔をしていた呉羽の表情が僅かだけ緩む。へえ、と言った呉羽は、以前に順が見た時と同じ表情をしていた。薄い笑みを浮かべて今時珍しい銀縁の眼鏡を外す。端正な横顔に浮かぶその笑みは色気や艶とはまるでかけ離れている。
あの夜、この冷ややかな笑みを見なかったら恐らく手を出す気にはならなかっただろう。そんなことを思い出しながら順は唇の端を歪めた。
「キミには老いない身体と朽ちない美貌をやろう。それがオレの提供できるキミへの報酬だ」
人であることを維持できる保証はないがね。そう続けて順はどうよ、と嗤った。少しだけ目を細めて呉羽が小さく笑う。
「ヒューマノイドにはならないよ? 私は」
「そりゃ、承知の上。大体、その気があったらキミなら真っ先になってるっしょ? 優一郎くんがいるんだもの」
喉の奥で笑って順はそう訊ねた。そりゃそうね、と呉羽も笑う。だが互いの笑みに温もりは一切ない。そのことを自覚しつつ順は頬に笑みを貼り付けたままで言った。
「薄々は判ってるんしょ? 優一郎くんは人間じゃない。気高い……いや、孤高の清んだ空気とでも言った方がいいのかな?」
そう説明しながら順はくすくすと笑った。今現在の彼らを示すなら優一郎は清んだ風、多輝は野に咲く小さな花とでも言い表した方がいいだろう。
「随分とロマンチックな表現だね。あんたらしくない」
順の言葉に笑い返して呉羽が顎をしゃくる。そかな、と笑って順は肩を竦めた。あながち間違いじゃないんだけどね、と口の中で呟いてから順は首を傾けた。
「実際、あれだけ清浄な空気をいつまでも保っていられるハズがないのにねえ。どっかで歪みが出てるハズなんだけど……ま、清濁併せ呑むって技はあの年じゃムリか……」
独り言のように呟いてから順はちらりと呉羽を伺った。呉羽の浮かべた冷ややかな笑みは一片も揺らがない。これが年の功かね。そう呟いた順の頭を無造作に呉羽が叩く。
「話、逸らさないでくれない?」
「あ、ごっめーん」
あはは、と笑って順は叩かれた頭を手で撫でた。ふん、と横を向いた呉羽に詫びながら順はなるほどね、と内心で呟いた。呉羽は優一郎が人ではない、という部分には全く驚いてはいないのだ。正直者の優一郎のことだ。多少の事情は呉羽にも説明はしただろう。だが恐らく呉羽は優一郎が説明などしなくても気づいていたのではないだろうか。
それでも呉羽は依頼されるままにずっと人間を解体してきたのだ。生きたまま。
「どこまでも優一郎くんに付き従う、か。呉羽ちゃんって健気だよね」
「違う。私は優一郎に付き従っている訳じゃない」
鋭い目で順を見据えて呉羽がきっぱりと言い切る。ほう、と目を細めた順は薄い笑みを浮かべて唇を引き結んだ。
「ギブアンドテイク。私は望むだけ解剖するし、あの子はそれでヒューマノイドを作る。私たちはそういう関係」
「でもキミはその関係を維持していけるかどうか不安があった。……優一郎くんがこれから生きる時間と、キミのそれでは大きく異なるから」
呉羽の言葉を遮って順はそう告げた。淡々と説明していた呉羽がぴたりと押し黙る。見え見えだよ、と苦笑して順は軽く肩を竦めた。呉羽はじっと黙って順を見据えている。
「一つ訊きたいな。それは誰のため?」
「決まってるだろ。私のためさ」
ためらうことなく呉羽が言い切る。それを聞いた順は思わず吹き出した。唐突に笑い出した順を呉羽が訝りの目で見る。その視線を感じ取ってはいたが、順はしばし笑い続けた。
「やっぱいいわ、呉羽ちゃんって」
サイコー、と笑って順は呉羽の肩を何度か叩いた。そんな順を呉羽が嫌そうに眉を寄せて見る。目尻に浮かんだ涙を指で拭ってから順はそれで、と言葉を継いだ。
「どうする? 取引に乗る? それともやめとく?」
「断る理由はないね」
あっさりと承諾して呉羽が眼鏡をかけなおす。順は商談成立、と笑って今度こそドアに向かって歩き出した。
「オレ、見舞いにちょくちょくここに来ると思うから、何かあったら顔出すよ」
「出来ればあんたの面は見たくないんだけどね」
即座に呉羽が切り返す。そんなあ、と情けない声で言ってから順は足を止めた。肩越しに振り返って呉羽に笑みかける。怪訝そうな顔をする呉羽を余所に順は再び歩き出した。ドアノブを握ったところで苦笑する。
「ホントは嬉しかった癖に。あの時みたいに抱いてくれってせがめば? これだから強情な女ってのは……うわっ!」
順は慌てた声を上げて急いでドアを開けた。飛んできたメスを避けて廊下に出る。順が慌ただしく閉めたドアの向こうで嫌な音がする。どうやらドアにメスが何本も突き立っているらしい。順はドアに寄りかかってため息をついた。
どこまでも素直じゃないねえ。そう呟きながら順は困ったように笑って頭をかいた。
エピタイは作者のためにあるもの!!!(汗)