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「あ……えと、この間はごめんな」
まず多輝は斎姫にそう詫びた。すると斎姫が微笑みを浮かべて首を横に振る。
「気にしないで。もしかして、わたしを避けてたのはそのせい?」
多輝にソファを勧めながら斎姫が首を傾げる。多輝は答えに困りつつも斎姫の勧めに従って部屋の奥に進んだ。曜子と澄は示し合わせたように生徒会室から出て行ってしまう。どうやら内密の話と思われたらしい。
「あー……えっと……うん」
しばし考えてから多輝は素直に答えた。こうして斎姫とまともに顔を合わせたのは久しぶりだ。本当はもっと早く謝れば良かったのかも、と多輝は心の中で呟いた。
「避けられるほうが辛いから。友達でしょう?」
そう言って斎姫がにっこりと笑う。その笑顔を見た多輝はほっとして胸を押さえた。あの時からずっと斎姫には気まずいものを感じていたのだ。
「うん、でもやっぱおれの不注意だから。ごめん」
多輝は素直に謝って斎姫に頭を下げた。少なくともあの時の斎姫は多輝のためにメンテナンスを半ばで放り出された格好になってしまったのだ。
「顔を上げて。関わり方を見直さなきゃと思っていたのに、甘えてたのはわたしのほうなんだから」
穏やかに言って斎姫が多輝の肩をそっと叩く。多輝はのろのろと顔を上げた。恐る恐る斎姫の顔を伺う。だが斎姫は悲しそうな顔はしていない。どこか晴れ晴れとした表情をしている。
「なんか、斎姫ってかっこいいよなー……」
おれなんて情けないばっかでさ。苦笑しながら言って多輝は頭をかいた。すると斎姫がふふ、と微笑む。随分と遠回りして斎姫とは友達になれたが、今でも考えることはある。最初から友達として知り合っていればもしかしたら。
「優くん、心配してたのよ。またあなたがいなくなっちゃうんじゃないかって。わたしは大丈夫だって判ってたけど。ずっと判らなかったみたい」
へんなところで鈍いから。そう続けて斎姫が苦笑する。多輝は驚いて目をしばたたいた。
「へ? 何でおれがいなくならなきゃいけないんだ?」
そんな素振りはした覚えがない。多輝は自分の行動を思い返してそう言った。すると斎姫が困ったように笑う。しばし考えを巡らせてから多輝はため息を吐いた。そういえば優一郎は生身の多輝の思惟は読めないのだと言っていた。そのためだろうか。そうも考えてみる。だがそればかりではないような気がする。
「……なあ。最近、優一郎って変じゃねえ?」
低い声で多輝は慎重に訊ねた。斎姫がすっと笑みを納めて軽く眉を寄せる。
「そうね。けっこう不安定」
水輝さんのせいじゃないかなあ。考えるように続けた斎姫の言葉に多輝はしかめ面になった。確かにそうかも知れない。優一郎が変だと多輝が感じ始めたのはここ最近だ。突き詰めて考えると水輝と紫の結婚式辺りからおかしいのだ。式を終えた二人は新婚旅行に出かけている。向こうで真面目に紫の相手をしているのかどうかは知らないが、その間、水輝は一度も地下の施設に姿を現してはいないのだ。
「女癖が悪いってのはおれも人の事は言えないんだけど……。あいつ、何考えてるのかなあ」
ため息混じりに言って多輝はソファに深く寄りかかった。
「でも、案外優くんよりも水輝さんのほうが危ないかも」
潜めた声で言って斎姫が目を細める。多輝は不思議に思って何故かを問い返した。すると斎姫がしばし黙してから言葉を継ぐ。
「ちょっと入れ込み過ぎてるような気がする」
「あ? 何だ。遊びじゃないのか?」
多輝はストレートにそう言い返した。多輝の場合、男性体をまとった時に交わる女性とは完全に遊びと割り切っているし、そういう相手としかしない。だが考えてみれば奇妙な話だ。多輝が人間を相手にしているのに対し、水輝はそうではない。優一郎にしろ、紫にしろ、そして話に聞いただけだが渚という女性に関しても、彼女たちは一様に人ではないのだ。
「……やっぱ、相談は出来ない、か」
考えを巡らせた末に多輝はそう呟いた。斎姫が首を傾げて多輝を促す。多輝はああ、と頷いて告げた。
「今日、編入してきた奴がいるだろ。蘇芳克人って名前の、小学生みたいなかっこの奴」
「ハンターの子ね」
すかさず斎姫が返事する。うん、と頷いて多輝は続けた。
「あいつ、変じゃないか? こう……何ていうか……見てるとこの辺が気持ち悪いっていうか」
そう言いながら多輝は自分の左胸を押さえた。特にはっきりと理由が判る訳ではないところが厄介だ。何しろ相手に害意がないことは思惟を読んではっきりしている。
「順さんにリンクしてるから」
きっぱりと斎姫が言う。それを聞いて多輝はある程度は納得した。あの左眼だ。恐らくあれを通じて克人は順と繋がっているのだろう。だが多輝が違和感を覚えたのはそれだけではないのだ。
「なんかこう……誰かに似てるような……」
口の中で言いながら多輝は顎に指を当てて顔をしかめた。今までに知り合った者たちの顔を思い浮かべてみる。だが授業中に何度繰り返しても判らなかったように、やはり該当する者を思い出すことが出来ない。苛々しながら多輝はついつい爪を噛んだ。
「爪、噛まないほうがいいわよ。交換しなきゃ直らないんだから」
「あ」
窘められて多輝は慌てて指を口から離した。幼い頃からの癖で考え事をしたりする時にどうしても爪を噛んでしまうのだ。多輝は情けない気分で欠けた親指の爪を見た。これではまた使い魔や由梨佳に小言を食らう。うう、と呻いて多輝はその指を隠すように手を握りしめた。
「まあいいや。えっと、とりあえず例の蘇芳とかいう奴、怪しいとこあったら教えてくれよな」
そう言いながら多輝は腰を上げた。害意のない者を見張るのは正直、心苦しいが放置しておける問題ではないような気がするのだ。
「大丈夫よ。あのクラスには奈月さんと桜さんが居るし」
「……変な話だけど」
歩き出そうとしていた多輝はぴたりと動きを止めて呟いた。
「だからやばいって気が……するんだよな」
それだけを言って多輝はドアに向かって歩き出した。それじゃ、と言ってドアを開ける。見送る斎姫の顔に微かに寂しそうな表情が浮かんでいたことに多輝は気付かなかった。
妙に勘は良いんですよね、多輝って(汗)