※この作品はR-18です。

狩りの終焉 一部   作:伊駒辰葉

34 / 193
このエピソードで二章は終わりです。
エロシーンはありません。


紫の独り言 1

 落ち着いた寝息が聞こえる。紫はふと目を覚まして少しだけ頭を動かした。ベッドについた時計を読む。いつの間にか熟睡していたらしい。夕方を過ぎていることを確認して紫は小さくため息を吐いた。

 

 紫に腕を枕に貸したまま、水輝は寝入っている。間近に眠る水輝の横顔を見つめて紫は微かに笑みを浮かべた。そういえば旅行中にこうして二人でゆっくりと眠ったのは初めてかも知れない。いつもは互いに違う時間に眠りに就くからだ。

 

 どこか間違っているよね。新婚旅行なのに。紫は心の中で呟いて苦笑した。宣伝のためにと前置きされていたために紫は各種取材を断れず、水輝もそれを止めることが出来ないのだ。食事時にすらカメラを回されたりするおかげで、少しも落ち着ける時間がない。紫はそれらのことをつらつらと思い出しつつため息をついた。

 

 ふと、水輝が身じろぎをする。寝返りを打ったと思ったら水輝が両腕に紫を抱えてしまう。抱き枕じゃないんだから、と笑って紫は目を閉じた。剥き出しになったままの水輝の胸にそっと額を押し付ける。

 

 以前は感じられたものが少しずつ判らなくなってきている。前ははっきりと読めた水輝の思惟も、今はおぼろげにしか感じ取れない。それと同時に水輝の身体のあちこちにある筈の古傷も紫の目には全く見えなくなってしまった。

 

 古い、ずっと以前から生きている水輝の身体には無数の傷がある。人の目には触れないように隠してあるその傷は、以前ならばはっきりと見て取れた。なのに今はもう、傷ひとつない身体にしか見えない。

 

 水輝の腕に抱かれながら紫は静かに身体を丸めた。こんなに近くにいるのにどうしてだかとても水輝が遠くに感じられる。その原因も紫ははっきりと理解していた。

 

 座位の差。それが今の紫と水輝の間にある決定的、かつどうしようもない溝だ。だがそれについての不満を水輝はこれまで一切、口にしたことはない。差異を感じ、もどかしいと思っているのは紫だけなのだ。そのことを紫自身もよく知っている。

 

 紫は背を丸めて自分の下腹部に両手で触れた。胎に確かに息づいたものはある。だがどんなに紫が望んでも、それは成長してはくれない。水輝の力を受けて少しずつ育っていた龍神の核は、ある一定の状態にまでしか育ってはくれないのだ。

 

 ごめんね。紫はそう呟いて水輝の胸に額を強く押し付けた。水輝にどれだけ抱かれても核はこれ以上は育たない。そのことを紫は誰よりもよく知っていた。自身の胎の中で時折、核が脈打つ。そのことすら感じ取れるのに。

 

 これまでと変わりなく水輝は紫を抱く。その度に注がれる水輝の精液は、紫の胎に息づいた核に吸い寄せられる。龍神と人とは子の為し方がまるで違うのだ。以前は禁忌とされていたために子の為し方についてはマニュアルなどは一切、存在しない。言い換えれば誰も試したことがないのだ。……紫を除いては。

 

 ずっと前、立城だった頃に一度だけ孕んだことがある。だが禁忌とされた行為故に立城と交わった相手は断罪された。それが立城の双子の弟である真也だ。そして立城は胎に息づいた子供を周囲の目から隠してしまったのだ。

 

 その時に出来た子供が優一郎だ。吉良家の長男として育てられた優一郎は紛れもなく立城と真也の子供だ。そしてかつて優一郎を産んだが故に、紫は自身の胎に息づいたこの核がこれ以上大きくなれないことに気づいてしまったのだ。

 

 恐らく誰も知らない。ずっと傍にいるために水輝は気がついているかも知れないが、自分からは何も言い出さないつもりなのか、これまでに言及されたことはない。

 

 核は注がれた龍神の精により少しずつ胎の中で成長する。精を力に変換して吸収して育つのだ。が、紫の身体はこの精が核に届く前に自身で吸収を始めてしまう。紫の意志とは無関係に身体が水輝の力を欲する理由はただ一つ。それが座位の差だ。

 

 龍神にはれっきとした順列が存在する。紛れもなく今現在のこの世界のトップの座に君臨しているのが水輝なのだ。十三の柱と呼ばれる龍神たちはそれに準ずる力を持つ。それが龍宝珠の八色に示される八人の龍神と、それに連なる五人の龍神たちだ。

 

 が、今現在八大と呼ばれたかつての木龍神は存在しない。紫の地龍神としての座はそれよりずっとずっと下に属しているのだ。それ故に注がれた水輝の精を反射的に自分の糧とするために吸収してしまう。それが紫自身にもどうしようもない現状だ。

 

 ごめんね。再度、呟いて紫は肩を震わせた。速度重視で結婚を迫ってきた水輝に即座に同意し、下手に反発をしなければこんなことにはならなかったのだ。座を落とされた後に紫は急速に力を失った。だがそこで下手に動かず、水輝の言う通りにしていれば何も問題などなく子を為すことが出来たのだ。が、紫がそのことに気付いた時には後の祭りだった。

 

 だがそれでも水輝は何も言わない。恐らく何事かを考えてはいるだろうが、その思惟は既に紫には読めない。眠る水輝に身を寄せて紫は声を殺して泣いていた。それでも、例え胎の核がそれ以上育つ可能性がなくとも、水輝にもういいのだと言えない自分が情けない。もう無理だからいいのだと言えば、きっと水輝は自分の許を去るだろう。そのことが痛いくらいに判るからどうしても言えない。

 

 小さく呻いて水輝が紫を抱き寄せる。紫は慌てて目元を指で拭った。




設定は変わる物!w
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。