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克人の驚きの連続 1
ずぶ濡れの格好で克人は急いで鞄を探った。中身を出来るだけ濡らさないように気をつけて鍵を取り出す。
「けっこう濡れちゃったな」
ぼやきながら克人は何となく振り返った。吹きさらしのマンションの廊下の向こうは大雨だ。情けない笑いを浮かべて克人は自分の部屋の鍵を開けた。ずぶ濡れになった革靴を脱いでついでに靴下も脱ぐ。爪先だけで歩いて雫を最大限落とさないよう注意しつつ、急いでバスルームに入る。濡れた服を全て脱いで洗濯機に放り込んでから克人は鞄を置いてシャワーを浴びた。冷え切った身体をゆっくりと温める。
「アイロンってあったっけ」
洗濯機には乾燥機もついているからいいとしても、やはり制服にはアイロンくらいはかけないとならないだろう。そう考えながら克人はシャワールームを出てバスタオルを引っ張り出した。順が生活用品を揃えてくれたおかげで大抵のものはあるのだが、アイロンなどという気の利いたものはなかった気がする。そもそもこんな風に雨に降られなければ制服はクリーニングに出す予定だったのだ。
濡れた鞄を提げて克人は部屋に入った。克人のために、と順が借りてくれたこの部屋は寝室とリビング、それに机の入った勉強部屋の三つの部屋がある。キッチンは別についており、広々としたダイニングキッチンでは食事も出来る。克人は真っ先に机のある部屋に向かった。とりあえず濡れた鞄から荷物を全部出す。防水加工が施されているため、中身は濡れてはいない。が、克人は一応、真っ先にカバーをつけておいた薄型の携帯端末を立ち上げた。無事に立ち上がったのを見てからほっと息をつく。
「いやまあ、心配なのは判るけどね。先に服くらい着たら?」
唐突に背後から声が聞こえてくる。克人は慌てて振り返って深々と頭を下げた。
「こっ、こんにちは!」
素っ頓狂な声で挨拶した克人を笑ったのは順だった。克人は手にしていた端末を机に置いて急いで寝室に向かった。慌ただしくたんすの引出しを開けて服を引っ張り出す。服をきっちりと身につけてから克人はまた急いで部屋に戻った。順はいつの間にか床に座っている。
「あっ。ボク、お茶をいれてきます!」
すっかり茶を出すことも忘れていた克人はそう宣言して今度はキッチンに向かおうした。すると順が笑って待て待て、と克人を引き止める。
「お茶はいいから。とりあえず荷物、片付けたら?」
くすくすと笑いながら順が机の上を指す。克人ははい、と返事して机の傍に戻った。出しっぱなしになっていた荷物を机の隅に追いやって濡れた鞄をタオルで拭く。金具の部分などは特にしっかりと拭いてから克人は鞄を机の横にかけた。この様子だと一度しっかりと乾かしてから荷物を戻した方がいい。
「もういいの?」
「あ、はい。それじゃ、お茶をいれます」
今度こそ克人はキッチンに向かった。順もその後ろをついて歩く。
「どう? 学校は」
かいがいしく茶の準備をする克人の傍で煙草をくゆらせていた順が訊ねる。はい、と笑顔で頷いて克人は言った。
「とっても面白いところだと思います。……ちょっと目が回っちゃいますけど」
そう答えて克人は苦笑した。へえ、と笑って順が克人が懸命に背伸びをして手を伸ばそうとしていた棚を開ける。どれ? と訊かれて克人は紅茶の缶を指し示した。順が楽々とそれを取り上げる。手渡された缶の蓋をスプーンを使ってこじ開けながら克人は小さく笑った。
「ボク、どこも壊れていない街を見るのは初めてで……。時々、どこを歩いているか判らなくなったり」
「あー、なるほどね。そっか。瓦礫とかのが見慣れてるもんねえ。克人は」
楽しそうに笑う順につられて克人も笑った。
「本当にこの街は穏やかで……安全で」
次第に克人の声が沈む。それと共に克人の顔からは自然と笑みが消えた。これまで点々としてきたコロニーの様子が思い浮かぶ。どのコロニーも決して豊かではなかった。人間としての籍を持たない者が殆どだったハンターのコロニーでは、真っ当な仕事に就ける者など殆どなかった。子供達も学校にすら通うことは出来なかった。そんな中で彼らは必死で互いを支えあって生きていた。色んなコロニーを見たが、最後に克人が居たあのコロニーは本当にみんなで支えあい、互いが尊重しあうとてもいいコロニーだった。例え暮らし振りが貧しくとも、あそこに生きていたハンターたちの心はとても豊かだった。
無事でいるのだろうか。唐突に襲ってきたあれが魔と呼ばれるモノだということは、後日、順から説明を受けた。あの時にコロニーを襲った魔は片付けられたとは思う。が、新しく別の魔が彼らを襲わないとも限らない。
一体、何故。そこまで考えてから克人はふと顔を上げた。いつの間にか傍に立っていた順が克人の代わりにやかんに手を伸ばす。考えに耽っていた克人はやかんの笛が鳴ったことに気付かなかったのだ。
「あっ、す、すみません! ボクがやりますから!」
順の手を煩わせてしまったことを恥ずかしく思いながら克人は慌てて言った。すると順がいいって、と笑ってやかんをコンロから下ろす。順は慣れた手つきでティポットに湯を静かに注いだ。
育った環境が環境なので、克人は驚くことが多いです。