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「魔はね。使命を忘れてしまった龍神の代替品ってのがオレの見解だよ。龍神と違うのは、ヤツらは一方的に歪みを無差別に食い荒らすってトコかな」
どうやら順にはすっかりお見通しらしい。克人は口にしていない思いを読まれていたことを知り、頷いてみせた。
「歪み、ですか」
克人はそう呟いて胸に手を当てた。ハンターたちは全てこの世に生まれた歪みを処理するモノだと順はかつて教えてくれた。だからこそ、強い歪みに対するためにハンターは歪みで出来ているのだとも聞いた。
「そう。かなり本能に近い部分で歪みを処理するからかな。ヤツらに容赦なんて言葉は通用しない。ま、その辺りはオレにも近いのかも知れないけどねえ」
呑気に笑いながら順がやかんを戻してポットを取り上げる。促されるままに克人はテーブルについた。背丈が足りず、仕方なく椅子の上で正座をする。幸い、学校の椅子と違って座り心地のいいクッションが敷かれているので、正座しても足は痛くない。
「分別も勿論ないから、ヤツらは本来は歪みを正すべき存在であるところのハンターも攻撃対象に加えてくる。……まあ、歪みって意味ではハンターも同じだからねえ」
「でもあれは」
唐突に集落を襲ってきた魔を思い出す。気持ちの悪い幼虫の化け物にしか見えなかったものを思い出して克人は身震いした。あの時、いち早く逃げることを決めたコロニーの長の判断は正しかった。が、それでも犠牲者がなかった訳ではない。幼い子供が捕らえられ食べられてしまうところを克人は目の当たりにしているのだ。
龍神と戦う時とは違う、強い嫌悪を感じた。同じ倒されるにしても、龍神相手なら理解も出来るし納得もする。何しろ彼らは下手をするとハンターに食われてしまうのだ。糧として得ようとする対象に反撃されるのは仕方ないと思う。
だがあれは違っていた。情け容赦も何もない。辺り構わず食い散らかすその様には知性など欠片も見出せなかった。
「そう。よく考えてごらん。ハンターに襲われた龍神はどうしている?」
順に優しく問われて克人は考えを巡らせた。ハンターたちが襲い掛かった場合、龍神は例外なくするのだ。反撃を。
「反撃してきます」
「そう。つまりはだね」
ポットの横に据えてあった砂時計の砂が落ちきったのを見計らって順が腰を上げる。順は克人の用意しておいたカップに静かに紅茶を注ぎ分けた。透明な赤い茶の満ちたカップを出され、克人は順に礼を言った。これではどちらが客か判らない。困惑する克人を余所に順は静かに椅子を引いて腰掛けた。
「魔に対しては人も、龍神も、そしてハンターも、全ての者に反撃のチャンスが与えられているんだよ」
その点に関しては平等ってことさ。そう言って順が気軽に笑う。克人は難しい顔でカップを取り上げた。そこではたと気付く。もしかしたら茶菓子の一つくらいはあるかも知れない。そう思いながら克人は慌てて椅子から飛び降りた。ストッカーを探ると案の定、色んなパックが詰められていた。が、一見しただけではどれが茶菓子なのかわからない。引出しを開けたところで克人はしばし悩んだ。佇む克人に順が近付く。克人は戸惑いの目で順を振り返った。
「もしかしてお茶菓子でも出してくれるつもりだったのかな?」
「あ、はい。でもどれがそうなのか」
困った顔で克人は引き出しに詰められた様々なパッケージを見つめた。表面に鍋の写真のついたものは違うだろう。あと、魚の絵が描いてあったりするものも恐らく違う。そうして克人は一つずつ除外していった。順はそんな克人の様子を見ているのが楽しいのか、助言してはくれない。だが克人はそのことを気にも留めなかった。
これかな。たくさんあったパックの中から克人は目星をつけたものを引っ張り出した。これですか、という意味をこめて順にそれを見せる。すると順はおかしそうに笑い出した。
「違うよ。これはホットケーキの素だよ。でもちょうどいいから作っちゃうか」
楽しそうに笑って順が克人の手から紙で出来た箱を取り上げる。克人は順に言われるままに冷蔵庫の扉を開けた。そこで凍り付く。
「順様! 大変です! 食べるものがこんなに!」
慌てて告げた克人に順が苦笑する。
「いいんだってば、それで。冷蔵庫ってのは食いモノを突っ込んどくトコなの」
「で、ですがこんなにたくさん」
克人は戸惑いながら冷蔵庫の中を覗きこんだ。きちんと整理整頓された食料はどれも封を切られていない新品だ。これだけあれば一人なら何週間も生活出来る。……どれがどんな食べ物か判ればの話だが。
唖然とする克人に苦笑して順が手を伸ばす。ほら、これ開けてと渡された卵のパックを両手に克人は戸惑いの表情を浮かべた。
「分解して中身を出せばいいんですか?」
「ちょい待った。ここを引っ張れば開くから」
パックを引き裂こうとしていた克人を制止し、順がパックの端っこについたリボンのような物を指し示す。克人ははあ、と曖昧に返事して言われた通りにそれを引っ張った。すると難なくパックの口が開く。
「うわ! 凄いです! 開きました!」
「いちいち反応が面白いねえ、キミは。ほら、次は牛乳。こっちはパックの表面に字が書いてあるから判るよね」
笑いながら促されて克人は神妙な顔で冷蔵庫を覗き込んだ。牛乳、と呟きながら目的の物を探す。しばしの後に克人は目的の物を見つけて歓声を上げた。どうやら液体などの詰まった瓶やパックは冷蔵庫の扉側に立てておくと収納し易いらしい。牛乳と書かれたパックを手に克人は満面に笑みを浮かべた。
「ありました、順様っ」
「はい、良く出来ました。っと、ここに入れて」
出されたカップには何やら目盛りが振られている。克人は慎重にパックを傾けた。が、いつまで経っても中身が出てこない。怪訝に思いながら克人は牛乳のパックをじろじろと眺めた。どうも穴が開いていないらしい。
「あの……出ません」
困った顔で言った克人は順が声を殺して笑っているのを見止めて真っ赤になった。どうやらまた失敗してしまったらしい。
こうして開けるんだよ、と牛乳パックの口を開く順の手元を克人は感心して見つめた。難なくパックの口を開けた順がカップに移した牛乳を大きな硝子の器に注ぐ。聞けばこの器は食べるためのものではなく、料理を作るためにあるらしい。なるほど、と克人は順の説明に何度も頷いた。
順は慣れた手つきで卵を器に割り入れた。不思議な網のようなもののついた棒で中身をかき混ぜる。克人は興味津々の顔でシンク台に向かって背伸びをした。硝子の器の中で粉と卵と牛乳が混ざる。
「油は……っと。今日はオレが焼くのを見てるといいよん。ほら、ちょっと退いてごらん」
言われて克人は素直に順に場所を譲った。電熱調理用のコンロの前に順が立つ。フライパンを熱して順は油を引いた。十分に温まったフライパンに先ほどの混ぜたものを流し込む。克人は胸を躍らせながら順が焼く様を見つめていた。
順に手際よく焼かれたものは克人が見たことのないものだった。黄金色の少し厚みのあるそれが次々に皿に乗せられていく。甘い香りを胸いっぱいに吸い込んで克人は皿を嬉しそうに覗き込んだ。
「インスタントだからけっこう甘いと思うけど、どーかな?」
順の手際の良さは克人には魔法か何かに思えた。次々に焼いたものを順が端から皿に乗せていく。克人は言われるままに取り皿を準備し、フォークを用意した。
実は順は割と器用に色々こなします。