いやでも、その通りなのでつい……。
エロシーンはありません。
細長い廊下の天井には柔らかな光が灯っている。天井全体をすり硝子が覆っているため、光が優しく感じられるのだ。白い壁も床もそのおかげで本来の硬質なイメージから柔らかい印象に見た目が変化している。何の変哲もない建材でも光ひとつでこうもイメージが変わるのだから面白いものだ。順はいつもよりゆっくりと歩きながら周囲を見回した。最新鋭の防犯システムが設置されていると感じさせないほどに優しい空間が演出されている。だが、実際にここまで犯罪者が入ってきたことはない。
順は廊下の最深部の金属製の扉の前で足を止めた。この階層にある他の部屋の扉は全て木製だ。柔らかなイメージの周辺の様子から金属製の扉だけが切り取られたように浮かんで見える。取っ手のない金属のドアは順が前に立った数秒後に空気の抜けるような音を立ててスライドした。
天井の高い広々とした空間が目の前に開ける。順はジャケットのポケットに手を突っ込み、ゆっくりとその部屋に入った。金属製の廊下が部屋を取り囲むように設えてある。手すりのついた細い廊下を順は無言で歩き出した。吹き抜けの階下の様子を時折、見やる。
順の入った部屋は研究施設の中でも、特に関係者以外は絶対に立ち入ることの出来ない場所だ。入室出来る者はこの施設内に務める研究者の中でもごく限られている。最下層のフロアに順序良く並んでいるのは透明なポッドだ。その中にはごく薄い空色の液体が詰められている。そして中二階には研究者達の使う端末が置かれた硝子張りの部屋がある。室内の気温や湿度は常に一定に保たれているのも特徴だ。順は金属の廊下から伸びた階段を降り、中二階の部屋を覗いた。すると中に詰めていた一人の研究者が慌てたように部屋から出てくる。
「し、失礼しました!」
白衣を着た青年に順はにっこりと笑いかけて無人になった部屋を覗き込んだ。今日は休日ということもあって、施設の地上部には別の職員がいるだろうが、ここにいるのは青年だけだ。
痩せ型の青年が神経質そうに眼鏡を指先で押し上げる。青年の容姿はある程度は整っている筈なのだが、順の横に並んでしまうと引き立て役になってしまうほど印象は地味だ。
「生田クン、だっけ? オレがここに入ってきた時からデータはそっちでも見れてたっしょ? あんまぼんやりしてるのはどうかなあ」
「すっ、すみません!」
慌てたように生田と呼ばれた青年が頭を下げる。順は苦笑してまあいいよ、と呟いて目を生田に戻した。恐縮しきっているのか、生田は身を縮こまらせている。順は腕組みをして生田を頭の先からつま先まで眺め回した。徹夜でも続けているのか、顔色はどことなく悪い。順は笑みを消して目を細めつつ生田の顎を指で捕まえた。検分するように生田の顔の角度を変えてまじまじと見つめる。
「……不摂生は感心しないねえ。睡眠不足に栄養不足。そんなのでちゃんと仕事できるの?」
冷ややかに告げて順は生田から手を離した。目に見えて生田が蒼白になる。順はそれを無視して部屋の前にあるスペースから身を乗り出した。手すりにもたれて下を覗き込む。
「も、申し訳有りません! 今後はこのようなことがないよう……」
「あー、いいよ。もう。それよりさあ」
必死の面持ちで詫びる生田の声を遮り、順は間延びした声で告げた。
「この間のコ、ちゃんと再生してる?」
「それはもちろんです!」
やけに気合の入った声で生田が返答する。へえ、と笑って順は肩越しに生田を見た。生田は見た目にはっきりと震えながら白衣のポケットから携帯端末を取り出した。慌ただしくキーを操作して頷く。青ざめた生田の顔を眺めながら順はくすくすと笑った。それだけの仕事を任されているのだから給料は他の職員に比べると段違いなのだが、一度ここに入ったら最後、解雇は死を意味しているのだ。それを生田もよく知っているのだろう。
「左足はほぼ再生が終了しています。右大腿部に残っていた異物は先に取り除きました。右は左より若干再生に遅れが見えていますが、許容範囲内です。両腕に関しては骨のみが粉砕されていただけですので、神経その他は問題ありません。既に再生は終了しています。続いて内蔵部ですが」
生田はそれまでの緊張が嘘のように滑らかな口調で報告していく。順は黙って生田の言葉を聞いていた。さすが化け物、と胸中で呟く。生命維持システムはもちろん起動させてあるが、それだけでこの再生速度は説明出来ない。ポッドに詰められた液体には身体を治癒する力は備わっていない。あくまでも生命を維持させる目的で配合された代物なのだ。
順は真下に位置しているポッドをじっと見つめた。小さな気泡が時折空色の液体の中に浮かぶ。全裸でポッドに納まっているのは克人だ。他のポッドに入ったモノに比べると克人はかなり年上に見える。他のポッドには赤子ばかりが詰められているからだ。克人の実年齢は十七。だが実際には克人の身体は小学生くらいの大きさしかない。
「随分と気持ち良さそうに寝てるね」
つらつらと続く報告を遮って順はそう言った。すると生田が困惑気味に順を見る。順は視線を感じて振り返った。生田が慌てたように携帯端末に再び目を落とす。
「脳に障害もなし。再生は順調に進んでるって訳だ」
そう呟いてから順は唐突に手すりを身軽に飛び越えた。生田の慌てた声が上から降ってくる。だがそれを無視して順はポッドの並ぶフロアに降り立った。硝子よりも強い透明な素材で出来たポッドの表面を撫でる。
満たされた空色の液体は中に横たわるモノに必要なだけの栄養が含まれている。ぱっと見にははっきりと判らないが、この液体は循環しているのだ。常に新鮮な液体がポッドに満ちている仕組みになっている。そして中に詰められた彼らは眠りながら常時、必要なだけの栄養素を摂取しているのだ。
ちなみにこの生田くん、後で出てこない気がしています。
……どっかで書いた……? いや、多分書いてませんね。
いつか再活用しなくては。