エロシーンはありません。
「要さん。それでは僕らも行きましょう。今日は要さんのために時間をとったのですから」
微笑みを浮かべて優一郎は要を促した。白衣を取って椅子にかける。優一郎は要に合わせて今日はスーツを着ている。これからレストランで食事をする予定になっているのだ。
だが要はすぐに動こうとしない。不思議に思って優一郎は要を見た。メンテナンス台の横に佇み、要はじっと部屋のドアを見つめている。すでにそこに多輝の姿はない。
「宜しいんですの?」
ドアを見つめたまま要が静かに問う。優一郎は要とドアとを見比べて苦笑した。
「男の時の多輝はあくまで男ですから」
そう言って優一郎は歩き出した。後から慌てて要がついてくる。でも中身は驚くほど変わらないけど、最近は。苦笑混じりに続けて優一郎はドアを開けた。
「だからですわ。多輝が外で何をしているか、優一郎様はご存知でしょう?」
少し怒ったように言いながら要がついてくる。どうやら要は多輝が外で不特定多数の女性と交友している件を言っているようだ。要にしてみれば多輝が外でへまをしてしまわないか心配なのだろう。
「あれできちんと相手は選んでいるから」
エレベーターを呼ぶためにボタンを押して優一郎は肩越しに振り返った。素材調達の役にもたってくれていたりするしね。そう付け足すと要が眉を寄せる。
「妊娠の危惧が全くないとは言っても、相手は人間ですわ。どんなしがらみがあるか判ったものではありません」
あくまでも渋い顔をする要を促し、優一郎は降りてきたエレベーターに乗り込んだ。今日は要が学校に自家用車を回してくれている。地下鉄の駅のある地下二階を通り過ぎ、優一郎と要は地下一階のフロアに出た。地下一階は施設の中でも一番賑やかだ。丁度、学校の授業が終わって間もないからだろう。部員たちの声でフロアは賑わっている。
「もし多輝の運命に、いや僕らの運命に絡んでくる人物が現れたとすれば、それはそれで必然だと思うから」
だから、と優一郎は小声で付け足した。隣を歩いていた要がそんな優一郎を横目に見てため息をつく。
「わたくしは余計な木の葉は先に叩き落す主義ですの。それが例え、長い目で見て肥料になったとしても、行く手を遮るという意味では邪魔に過ぎませんから」
ですが、人それぞれですわね。そう続けて要は唇を引き結んだ。いってらっしゃいませ、という部員達の声に送られて優一郎と要は地上に出た。背後でドアがきっちりと閉まったことを確認し、優一郎は遠くで運動部員たちの声のする校舎の傍を歩いた。要は堂々と正面玄関付近に車を待たせているという。
「斎姫も良くやっているけど、要さんにはまだまだ及びませんね」
お世辞では無く、と優一郎が言うと要が楚々と笑う。
「お褒めに預かって光栄ですわ」
運転手の開けてくれたドアから後部席に乗り込む。要に続いて優一郎が車に乗ったところで運転手は静かにドアを閉めた。ゆったりと腰掛けられる後部席と前の席との間には分厚い透明な壁が設えてある。運転者に後ろの会話が聞こえないように配慮されているのだ。
「そういえば蘇芳の件ですが」
車が走り出してから要が潜めた声で告げる。
「蘇芳は位置的にはわたくしたちと同様、木村の影の役割を果たしているようです。蘇芳の主にはですが嫡子はないそうですわ。遠からず絶えると思われていたのだとおじい様が」
「血筋は関係ないでしょう。彼の意に添った形で蘇芳という一族は生まれ変わったと考えたほうがいいかと」
柔らかなシートに背中を預けながら優一郎は答えた。どうやら予想通り、順は動き始めているらしい。そもそもあの男がじっとしている方が不思議なのだ。あの事件からこれまでの間、見た目にだけでも大人しくしていたのはこちら側の様子を見ていたのだろう。
「わたくしたち如月は本来は吉良瀬家の替え玉として存在していたようです。それが時と共に護る者と変わっていったのだと聞き及んでいますわ」
だが蘇芳のあり方は如月とはかなり異なるのだと要は続けた。同じ、主を護る者として存在はしているが、如月家とは違い、蘇芳家というのはやり方を選ばないのだ。どんな汚い手段でも用いるため、蘇芳の家に生まれついた者はその業に耐えられなかった者も多いという。
「とりあえず、一度その生徒に会ってみるべきでしょうね。奈月さんのクラスにいるそうですし」
窓の外を流れる景色に目をやりながら優一郎はそう告げた。要が心配そうにでも、と呟く。だが優一郎はあえてその声に気付かない振りをした。どのみち、全く知らないままで済ませられるとも思えない。それなら一度、顔くらいは合わせておいた方が無難だろう。
克人の説明というか、ちょっとした事情も出てきました。