エロシーンはありません。
そう考えていた優一郎のスーツのポケットで不意に小さなメロディが鳴る。携帯電話の着信音だ。優一郎は失礼、と要に断ってポケットから携帯電話を取り出した。液晶画面に表示された名前を見て目を細める。こちらのタイミングでも読んでいたのだろうか。電話をかけてきたのは順だ。
「茜さん。おひさしぶりです」
電話に出るなり、優一郎はにこやかな笑みを浮かべてそう言った。茜というのは順の本質を示す名だ。
『あはは。君はどれだけ言っても頑なだねえ』
軽い笑いと共に順がそう言う。前に順と呼べと言われたことはあるのだが、優一郎の中でその名がどうもしっくりこないのだ。元気だった、と訊かれて優一郎は素直にはいと返事した。電話の向こうの順も相変わらず元気そうだ。
「それで茜さん。今日はどんなご用向きですか?」
『あ、そうだった。あのねえ、悪いんだけどさあ。一両日中に一度、会ってくんない? オレと』
すらりと言われて優一郎はしばし黙考した。スケジュール的には空きがない訳ではない。
「時間は何時くらいがよろしいですか?」
『オレは夜九時から十二時まで以外ならいつでもおっけーよん』
細い携帯電話を耳にあてがったまま、優一郎は腕の時計に目を落とした。要との約束はこれからだ。三時間もすれば食事は終わるだろう。多輝はあの調子では今日は戻ってこない。
「それでは明日早朝、五時くらいはどうでしょう?」
『オレは構わないけどさあ。優一郎くんはガッコじゃないの? 明日、平日っしょ』
軽い口調で言ってから順がどこかに声を飛ばす。どうやら誰かと一緒にいるらしい。ふうん、と心の中でだけ呟いてから優一郎はにっこりと笑った。
「そんなに時間をとるんですか?」
笑顔で優一郎が言うと僅かに間が空く。だがすぐに順は笑いで応えてきた。
『オレの話は単純だから大した時間はかからないっしょ。でもキミ、寝ずにガッコに行くの? タフだねえ』
若いっていいねえ、と順が笑う。優一郎は思わず苦笑して言った。
「まあ、三日に一回くらいは寝てますから」
龍神として覚醒してからというもの、大して寝なくても平気になってしまった。難があるとすれば欲情しやすいことだろう。龍神は生まれてから十七の年月を経て覚醒する。その際に力をつける目的なのか、男女の性を問わず欲情しやすい傾向があるのだ。
『あー……それねえ。危ないよ。後でツケが回ってくるから、気をつけた方がいい』
珍しく真面目な声で順が言う。優一郎はしばし躊躇してからなるほど、と頷いた。順は嘘を吐いている訳ではないらしい。素直に優一郎を心配しているのだろう。
「そうですね。反動来そうですし。気をつけます」
優一郎はそう頷いて思案した。順の忠告通りに少しでも寝るとなると明日の早朝に会うのは無理だ。そうなると午後ということになる。そう話をすると順は軽く笑って出来るだけ早ければ何時でもいいよ、と言った。どうやら急がなければならない事情があるようだ。
「では昼休みというのはどうでしょう? ついでに一時間くらいならエスケープしてもいいですし」
『じゃあ、その時間に迎えをそっちに寄越すね。オレ、ちょっとそこには近付きたくないんだよね』
相変わらずへらへらと笑いながら順が言う。それを聞いた優一郎はなるほど、と呟いた。この清陵の地には強大な陣が敷かれている。その力が最大に発揮される場所が清陵高校近辺なのだ。それなのに、不思議なことに陣の中心から清陵高校は少しずれている。
「それではお待ちしています」
丁寧に挨拶をして優一郎は電話を切った。それまで黙っていた要が不安そうに優一郎を伺う。要にしてみれば、先の事件の首謀者とも言える順は敵ということなのだろう。しかも要は表面的には母親を人質に取られ、更に人体実験に使用されているのだ。例え母親の栄子が結果的には龍神となったとしても、感情的に要には許せないものがあるのだろう。
「あの人は酔狂な人で、その場、その場では本気なんですよ」
要の母親である栄子を拉致したのは確かに順だ。が、それを助けに木村の地と呼ばれる場所に乗り込んだ優一郎を助けたのも順なのだ。身を呈して栄子を庇い、優一郎を逃がしてくれたのも順だ。そしてそのために身体に深い傷を負ったのも確かだ。例え龍神と言っても怪我をしない訳ではない。人間離れした治癒力はあるが、傷つけば痛いという感覚もあるのだ。
「首尾一貫していないということで、首尾一貫してるんです。彼は本当の敵では無いし、本当の危機をもらたしたりはしません」
「ただの性格破綻者ですわ」
憎々しそうに言って要がぷい、とそっぽを向く。どうやら要は相当に順を嫌っているらしい。珍しいこともあるものだと優一郎はこっそり感心した。要は大乗的に物事を測るため、好き嫌いなどという事柄で物事を判断しない。だがそんな要がどうやら順は毛嫌いしているようだ。
「それでも、彼の力は世界を維持していくためには必用不可欠ですから」
どんなに順の人格が壊れていようがどうしようが、それだけは事実だ。真剣な表情で告げた優一郎を要が横目に伺ってため息を吐く。もしかしたら順は世界に欠くことの出来ない存在であることを自覚しているが故に、好き放題をしているのかも知れない。そんなことを考えながら優一郎はそっと窓の外を流れる景色を見送った。
要の物言いは酷そうに見えますが、順はそれだけのことをしているので(汗)