※この作品はR-18です。

狩りの終焉 一部   作:伊駒辰葉

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桜が水輝をこき下ろしますw
あ、エロシーンはありません。


桜の憂鬱 2

 桜は手にしていたトレイをテーブルに乗せ、奈月にきちんと向き合った。

 

「わたくしは青龍王様に訊いたのです。青龍王様は立城様を愛していらっしゃるのかと」

 

 桜はいつか聞いたことを思い出しながらそう告げた。視界の隅にいた渚が驚いたような顔になる。桜はちらりとだけそちらを見てから奈月に告げた。

 

「否、と。青龍王様はわたくしの問いにそう答えました。同時に立城様も自分を愛してなどいないだろうと、あのお方は言いました」

 

 桜がその疑問をぶつけた時、水輝は少しだけ困ったような顔をしていた。だが答えを口にするまでにはそんなに間はなかった。ほぼ即答だったと言ってもいい。迷いなく言い切ったその答えに偽りはないと思えた。桜はその時のことを思い出しながらそう説明した。

 

 そんな相手と共に居たいと願うだろうか。桜は続けてそう奈月に問い掛けた。

 

「自分で自分の全てを知ることもできませんから」

 

 真っ直ぐに桜を見つめて奈月は言った。真剣なその顔をしばし見つめ、桜はため息をついた。恐らく奈月はそう言うだろう、ということも水輝はその際に桜に教えてくれた。だからこれまで訊いたことがなかったのだ。

 

 それまで目を見張って突っ立っていた渚が慌てたように桜に寄って来る。桜は再び作業をしながら渚になんですか、と問いかけた。

 

「何故、桜は水輝にそんなことを訊いたの」

 

 心なしか渚の顔は引きつっている。だが桜は肩越しに見た渚の表情を気にせず答えた。

 

「丁度いい機会でしたから訊いたまでですが」

 

 さらりと言った桜の前にあったテーブルの向こうに渚が回りこむ。モップを片手に渚はテーブルに乗り出した。桜が置こうとしていたシュガーポットを乱暴にさらう。

 

「だから! その、丁度いい機会ってなに!?」

 

 声を荒げて訊く渚に桜はまたさらりと答えた。

 

「処女を寄越せと言われたので一晩ほどお付き合いしました」

 

 だが、水輝を好いている訳ではないのだから問題はないだろう。桜はやはり淡々とした口調でそう説明した。するとテーブルに身を乗り出していた渚が何事かを言おうとしたのか口を意味もなく開け閉めする。それを見た桜はああ、と頷いた。

 

「交わったからと言って青龍王様に恋慕したりは致しませんので御安心を」

 

 平然と告げた桜を渚が頬を染めて睨む。だがその視線の意味を全く理解出来ず、桜は首を傾げた。渚は一体、何が不満なのだろう。やがて渚は身体を震わせて俯いた。テーブルに乗せた両手がいつの間にかこぶしになっている。

 

「そ、それは訊き方が悪かったのではないかしら」

「そんな筈はありません。わたくしは語弊のなきよう、細心の注意を払って訊いたつもりです」

 

 少なくとも水輝が誤解していた風ではなかった。それに他に誰かが話を聞いていた訳でもない。どういう訳かその日、水輝は桜を吉良瀬の屋敷からずっと離れた場所に連れて行ったからだ。ここからずっと離れた場所にあるホテルの中での話なのだ。水輝が特に誰かに気を遣って嘘を吐いたとも思えない。桜は渚に素直にそう説明した。すると渚が伏せていた顔を勢いよく上げる。頬にかかった長い髪を背中に払い、渚はもう一度テーブルに身を乗り出した。

 

「渚お姉さま?」

 

 何事かを渚が口にする前に奈月が不思議そうに声を挟む。どうやら奈月も桜と同様に渚が何故、こんな態度をとっているか理解出来ないようだ。肩越しに見返って奈月の様子を伺ってから、桜は渚に向き直った。渚の手からシュガーポットを取り戻してテーブルの所定の位置に据える。

 

「青龍王様はお二方が腐心するに足る相手でもないだろう、とわたくしは思います」

 

 きっぱりと言い切って桜はまた別のテーブルに移動した。すると渚が慌てたように追ってくる。

 

「ちょっと桜? それは言いすぎじゃないかしら? あの子にだっていいところは」

 

 追いすがる渚を横目に桜は次々にテーブルにシュガーポットを戻して歩いた。ふと顔を上げると奈月がいつの間にか寄ってきているのが見える。

 

「桜さん」

 

 冷ややかな笑みを見止めて桜は目をしばたたいて屈めていた腰を起こした。空になったトレイを脇に抱えて奈月に近付く。

 

「水輝さんを貶めるような発言をすることは許しません」

 

 真顔で言われて桜はしばし黙った。背後に寄ってきた渚をちらりと見返る。渚はこの場は奈月に預けるつもりでいるのか、唇を引き結んでいる。やれやれとため息を吐いて桜は奈月に深々と頭を下げた。

 

「失礼致しました」

 

 奈月が怒っているらしいことは判る。だが桜は自身が失言したつもりはまるでなかった。さっきの水輝に対する評価は、桜の素直な気持ちの現れに過ぎない。何故だろう、という疑問ばかりが日に日に心の中で大きくなる。奈月といい、渚といい、水輝など相手にしなくとも、その気になれば他にもっといい相手が幾らでもいるのだ。

 

「桜さん。ごめんなさい。ちょっと言い過ぎたかもしれません。思うことはやめられませんし……。ですけど」

 

 先ほどまでの怒りを鎮め、少し困ったように奈月が言う。桜は顔を上げていえ、とだけ答えた。

 

 一つだけはっきりしていることがある。紫翠の生きていたあの時代より更に昔、かつて龍神たちが生きていた時間と今とはまるで状況が異なっているのだ。かつて性差がなかったあの頃ではあり得なかったことが起こっている。

 

 そしてわたくしにも性は与えられている。桜は会釈をして二人から離れてそう心の中で呟いた。かつて紫翠の作った使い魔たちは誰も性を持ってはいなかった。外見は確かに姫と呼ばれるだけあって女性の形をしてはいたが、はっきりとした性の意識は使い魔の誰も持っていなかったのだ。そして性の象徴とも言える女性器も使い魔には存在していなかった。

 

 桜はもう一つのモップを店の裏の掃除用具入れから取り出した。フロアに戻るとさっきと同じ位置に二人が佇んでいるのが見える。渚が中途で放り出した掃除を代わりにしつつ、桜は告げた。

 

「出来ればわたくしはあのお二人に早く戻って来て頂きたいです。そうすればわたくしたちがこうして代わりに働かなければならないこともない訳ですから」

 

 桜は木で出来た床を丹念に磨いていった。不思議とこの店にくる客は行儀のいい者ばかりだ。営業を終えた店内にも無様にごみが転がっているようなこともない。

 

「そうね。あの二人が旅行に出てから一週間だものね。疲れても不思議はないわね」

 

 いち早くいつもの状態に戻った渚が放り出していた掃除を再開する。渚は掃除を終えた後に会計整理もしなければならないのだ。水輝を好いているという点を除けば渚は有能に見える。少なくとも桜は渚にも好意を抱いている。そして奈月も桜にはとても大事なのだ。

 

 だから腹が立つのだ。桜は黙々と掃除をしながらそう心の底で呟いた。




嫉妬、と片付けてもいい話なのかな? と思ったり思わなかったり。
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