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峠道の路肩にバイクを停めてヘルメットを取る。遠くに煌びやかな夜景の見える場所で多輝は大きく息をついた。後部席に乗っていた由梨佳が多輝の傍らに佇んでいる。
「あちー」
フルフェイスのヘルメットを片手に多輝は胸元の服をつかんで中に風を送った。かなりの距離を走ったおかげで身体はそこそこに疲れている。後ろでしがみついていた由梨佳も同様なのだろう。深い息をついている。多輝はバイクにくくりつけていたリュックの中からボトル入りの茶を取り出して由梨佳に差し出した。
「ありがとう」
にっこりと笑って由梨佳がボトルを受け取る。キャップを外している由梨佳の腰を抱き寄せ、多輝は遠くの景色に目をやった。
「けっこう綺麗なもんだろ?」
今日の由梨佳は身体にぴったりとしたジーンズとシャツを着ている。身体の線を確かめるように身を寄せた多輝は長い由梨佳の髪を優しく撫でた。あれだけ風にあおられたというのに、由梨佳の髪は滑らかなままだ。多輝は丁寧に指でその髪を梳いた。
遠くに見えるのは清陵の町だ。中心地から郊外までを一望できるこの場所見つけたのは最近のことだ。そう説明しながら多輝は差し出されたボトルを受け取った。
「ええ。素敵だわ」
多輝に寄り添った由梨佳がぼんやりと遠くを見つめている。由梨佳の綺麗な横顔をしばらく見つめてから多輝は景色に目を戻した。
由梨佳を手に入れた時のことを思い出す。かつて由梨佳は優一郎とその姉である絵美佳の母親として暮らしていた。だがヒューマノイドである由梨佳は本当は子供を産むことが出来ない。そして実際には四人の家族を演じていた彼らのうちの誰も血は繋がっていなかった。
吉良総一郎、由梨佳、優一郎、絵美佳という四人で作られていた家庭は結局のところは崩壊した。絵美佳は今は木村の当主である順の息子になっているし、優一郎は総一郎の息子ということにはなっているがそれは便宜上の関係だ。そして由梨佳はたった一人で放り出されることになった。
ヒューマノイドはだが性的な快楽がなくては存在を維持出来ない。そしてより効率的に快楽を得るために主人の存在を登録する必要がある。今現在の由梨佳のマスターが多輝なのだ。
茶で喉を潤してから多輝はボトルをリュックに戻した。この道はまだ新しく、車の通りも少ない。清陵から隣の町に抜けるための道なのだが、まだ途中までしか出来ていないのだ。
「ほら、よく見てみろ。ちょっと変わった模様してんだろ?」
そう言いながら多輝は由梨佳の傍に戻り、遠くに広がる光景を指差した。ぱっと見は何の変哲もない街の煌きだ。
「ほんとだわ。なんだか風景画みたい……」
清陵の街は大きな接続駅を中心に栄えている。それを中心に捉えて見ると、この夜景は何の変哲もないただの人工の光の密集にしか見えない。が、その中心を少しずらしてみると、人工の光で描かれた別のものに見えるのだ。
ガードレールに手をあてて由梨佳が身を乗り出す。目を細めたり開いたりして懸命に夜景を見る由梨佳の脇に立ち、多輝は最近では見慣れた夜景を見た。
「いつだったか立城がぽろっと言ったことがあんだよ。この街は作られた街だからってな」
その言葉がずっと引っかかっていた。どんな街だって何もなかったところを誰かが切り開いて作られていくものだ。が、その時の立城の言葉にはもっと別の、何か深い意味がこめられている気がしたのだ。
「この街は城よ。地上の王の城」
ぽつりと由梨佳が言う。多輝は不思議に思いながら由梨佳を見た。由梨佳はガードレールにもたれて景色を見ながら少し憂いのある表情になっている。かつて立城は由梨佳と共に研究を続けていた。その研究の先に生まれたのが多輝であり、また優一郎や絵美佳だ。そして斎姫もまたその研究の過程で生まれた存在だ。
くるりと踵を返して多輝はガードレールに身を持たせかけた。両足を道に放り出す。
「……立城、どこ行っちまったんだろうな」
人工ではない、天然の星空に目をやって多輝はため息を吐いた。立城が消えたあの時から、いや本当はその前からなのだろう。何か大きなものが動き続けている気がする。下手に優一郎に告げれば心配しかねないし、そもそも優一郎は自身のことで手一杯だ。だから多輝は立城の言葉を思い出してからずっと一人であの街のことを調べていたのだ。
「帰ってくるわ。何時かはわからないけど。この街はそのための布石だと思うの」
「えらく自信たっぷりじゃん」
はは、と乾いた声で笑って多輝は斜めに由梨佳の顔色をうかがった。ここには明かりは殆どない。遠くに頼りない外灯があるだけだ。だが暗がりの中でも由梨佳の顔はとても綺麗に見えた。
「蒼にも何度か調べさせたけど、詳しいことは判んないらしい。あいつも結局、水輝が作った新しい奴だしな」
笑みを引っ込めて多輝はため息混じりに言った。蒼というのは多輝の使い魔として存在しているが、大元は人間だ。水輝が人に手をかけて多輝にあてがうために作ったのが蒼なのだ。それ故に蒼は使い魔としては優秀だが、昔を生きていた龍神たちの記憶は一切持っていない。言わばデータベースとしては能力が欠けているのだ。
「わたしの記憶。全て戻ったから。あなたが試験管の中に居た時の事とかも、思い出したわ」
街の明かりを見つめたままで由梨佳が言う。多輝は少し目を細めて空を仰いだ。街中では見られない小さな星までが綺麗に目に映る。
バイクで走るのをもうちょいちゃんと描写出来たらなぁ、と書いた当時も思ってた気がします。