先々であれこれと判明するんですが『狩りの終焉』よりかなり後の話になります。
エロシーンはありません。
「それって辛いか?」
頼めば優一郎なら簡単に由梨佳の記憶を操作出来るだろう。それが望みかと多輝は由梨佳に訊ねた。
「この記憶は機械的に取り出したり、操作することはできないわ。わたしの存在も、立城さんの布石のひとつだったと、今ならわかる」
「それってさあ。利用されてるみたいで嫌じゃねえの?」
少し眉を寄せて多輝は低い声で言った。それまでじっと夜景を見つめていた由梨佳が多輝を見て微笑を浮かべる。多輝はため息を吐いて頭をかいた。
「道具は利用されるために存在するのよ」
あっさりと由梨佳がそう言う。判っていた答えに多輝は少しだけ残念な気分になった。由梨佳は多輝に自分を道具として扱うことを条件にマスター登録すると言った。そして多輝もあの時点ではそのつもりだったのだ。が、共に時間を過ごすにつれて、多輝は自分にその度量が今ひとつ足りないことにも気づいていた。表面的には由梨佳を道具扱いすることは可能だ。だがどうしても立城のように冷酷に感情を切り捨てることが出来ない。
「おれってマザコンなのかなあ」
俯いて多輝はため息混じりに呟いた。すると由梨佳がくすくすと笑う。
「確かにそうかもしれないわね」
そう言って由梨佳は多輝の頭を優しく撫でた。いつになく情けない気分に陥っていた多輝は顔をしかめて頭を上げた。そこに優しい由梨佳の笑みを見つけてどことなくほっとする。
「もしかして呆れたか?」
まるで子供にするように頭を撫でる由梨佳に多輝は小声で訊ねた。
「違うのよ。いろいろ記憶を思い出したって言ったでしょう?」
そう言って由梨佳が意味ありげに微笑む。多輝は眉を強く寄せて何だよ、と訊ねた。由梨佳はまだくすくすと笑っている。多輝は唇を尖らせてそっぽを向いた。自分が親の愛に飢えていることはよく知っている。気がついた時には多輝はとある孤児院にいた。だがそこでも多輝は自分の求める愛情を得る事は出来なかった。人を超えた何かに周囲の人間は気付いていたのだろう。孤児院にいた頃の多輝は周辺の人間に敬遠されていたのだ。
「このダッチワイフボディになる前のわたしの身体には哺乳機能があったの」
由梨佳の言ったことに驚いて多輝は顔を戻した。由梨佳は片手で多輝の頭を撫ぜながら、もう片方の手を自分の胸にあてがった。そこには豊かな乳房の膨らみがある。多輝は遠慮もなくまじまじと由梨佳の胸元を見つめた。
今の由梨佳は多輝との行為の際に最上級の快楽を提供出来るシステムを搭載している。胸の形も触り心地も全て多輝の好みにあつらえてあるのだ。そのことは多輝もよく知っている。何しろ由梨佳の機体を改造する際に優一郎にしつこく好みを聞かれたからだ。
「哺乳機能っていってもたいしたものではないわ。乳房を外して、中のタンクにミルクを入れて、温度管理機能付きの哺乳瓶として使えるってその程度だったんだけど」
由梨佳の言ったことを想像して多輝は頷いた。由梨佳はこの間まであの二人の母親として存在していたのだ。当然、子育てもしなければならないだろう。その際に哺乳機能は必要だった筈だ。
「絵美佳にはね、哺乳機能が使えなかったのよ。何度かためしたんだけど、乳首に噛み付いて引っこ抜いて壊してしまったり。結局、総一郎さんが普通の哺乳瓶でミルクをあげてたわ」
その当時のことを思い出しているのだろう。どこか遠い目をして由梨佳が多輝に並んでガードレールに寄りかかる。自然と由梨佳の肩を抱いて多輝は話の先を促した。傍に由梨佳がいるとそれだけでほっとする。
「これまでは記憶をブロックされていたんだけど、その時、もう一人、同時に育てていた子がいたの」
「え? 優一郎じゃないのか?」
つい、口を挟んでしまってから多輝は、あ、と声を上げた。絵美佳と優一郎には年の差がある。同時に育てるのは無理だ。そのことを思い出して多輝は頭をかいた。無意識に腕を動かしたおかげで頭にヘルメットをぶつけてしまう。いて、と顔をしかめた多輝を由梨佳が苦笑して見上げる。
「その子は全く逆で、わたしの乳首からでなければ決してミルクを飲もうとしなかったの」
優しい声音で語りながら由梨佳が多輝の胸に頭を持たせかける。多輝はしばし考えを巡らせてから瞬きを繰り返した。もしかして、と小声で呟いてから由梨佳を見下ろす。
「そうよ。その子はあなた」
頭を上げた由梨佳の顔には複雑な表情が浮かんでいた。多輝は驚きに目を見張り、由梨佳を見つめた。いつもと同じ距離にいる筈なのに、いつもよりずっと由梨佳が身近にいる気がする。
「ごめんなさい」
「な、何で謝るんだよ」
緊張に上ずった声で言って多輝は頭を下げた由梨佳の肩を抱く手に力をこめた。考えてみればおかしい話だ。由梨佳の話では、実の子として存在していた筈の絵美佳は由梨佳の世話を拒絶し、全く関係なかった筈の多輝は由梨佳を求めたようだ。そこまで考えて多輝はふと気付いた。
優一郎のことだ。優一郎は戸籍上は総一郎と由梨佳の子供になっていた。が、実際には違う。優一郎は紛れもなく立城の子供だった筈だ。龍神は性別を自由に変えられる。ひょっとして幼い頃の優一郎に乳をやり、世話をしていたのは立城だったのだろうか。
多輝がおもっきり動揺してますw