※この作品はR-18です。

狩りの終焉 一部   作:伊駒辰葉

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子供を抱きかかえているだけなら、親だと思ったりするんですけどね……。
エロシーンはありません。


明らかに不審者です

 柔らかな髪が液体の中に浮かんで揺れている。順は薄く笑ってポッドの表面に手のひらをあてがった。顔を寄せて中を覗きこむ。慌てた声を上げて階段を下りた生田が順に駆け寄る。

 

「順様!?」

「心配しなくても壊したりしないよ。もう、心配性だなあ」

 

 小さく笑って順は横目に生田を見た。生田にしてみればここに並んでいるのは全て貴重なサンプルだ。その内のひとつでも壊されてしまえばデータを取ることが出来なくなる。生田が心配しているのはそんなところだろう。

 

「でもこっちも悠長に待ってる余裕、なくなっちゃってね」

 

 順は静かな笑みを浮かべてポッドに眠る克人の右足の上に手をずらした。意識を集中して克人の器に流れる力の方向を確かめる。慎重にそれを読み取ってから順は目を上げた。

 

 怯えきった生田の目がそこにある。順はしばし生田を見つめてからいつもの調子でだらしない笑みを浮かべた。

 

「悪いんだけどさ。コレ、開けてくんない?」

「あっ、はい!」

 

 それまでのためらいや焦りを捨て、生田がはっきりと頷いてフロアの奥に駆けていく。例えサンプルのデータが中途までしか取れなくとも、順の命令はここでは絶対だ。それに逆らう理由はない。生田がフロア奥の大きな機械の前に立ち、スイッチを操作する。すると順が手をあてがっていたポッドの中に満ちていた液体がゆっくりと減り始めた。

 

「溶液排出まで数分ほどかかります。今しばらくお待ちください」

「あいよー」

 

 生田の緊張した声にのんびりと答え、順は片手を上げてみせた。一気にこの液体を抜いてしまうと、ポッド内にいるモノに身体的負担がかかる。それ故に液体の注入と排出にはある程度の時間がかけられるのだ。

 

 溶液の中に浮かんでいた幼い身体がゆっくりと沈んでいく。それと同時に溶液は徐々に減っていった。空色の液体が半分ほど抜けたところで順は生田を呼びつけた。

 

「先に開けて」

「し、しかし……」

「いいから」

 

 ためらいの言葉を吐く生田に強い口調で告げて順はポッドに向き直った。困惑顔のまま、生田がそれぞれのポッドに設えられた個別の装置を操作する。何度か生田がキーボードを叩くと順の目の前でポッドの蓋は軽い音を立ててスライドして行った。厚さ二センチほどの透明なケースの蓋が手前から向こう側へと開いていく。順は着ていたジャケットを脱ぎ捨て、まだ半分ほど液体に身体を浸している克人に手を伸ばした。小さな頭を両手につかみ、身を屈める。生田の慌てた声を無視して順は克人に唇を寄せた。気管と肺を満たしていた液体を吸い上げ、残っていた液体の中に吐き捨てる。何度かそれを繰り返してから順は意識を凝らして克人に深く口づけた。意識のない克人の身体が僅かに震える。横目にそれを確認しつつ、順は唇を介して静かに力を注ぎ込んだ。再生途中だった克人の身体が一気に元の形に戻る。

 

 青白かった克人の頬に赤味が差す。小さな克人の口の中を舌で十分に弄ってから順は顔を上げた。知識として知ってはいても、力を目の当たりにしたことがないからなのだろう。いつの間にか生田が緊張の面持ちになっている。順は生田に苦笑してから克人を両腕に抱え上げた。粘り気のない空色の溶液が雫になって滴り落ちる。

 

「悪いんだけど、車回してくれる?」

 

 何か言いかけた生田を制して順は笑顔でそう告げた。すると生田が慌ただしく駆けていく。その後姿を苦笑して見送ってから順は腕の中の克人に目を落とした。克人はまだぐったりと身体の力を抜いて瞼を閉じたままだ。

 

 このフロアに並んだポッドで作られているのは、生体実験に利用される検体、つまりサンプルの基礎だ。赤子の形にまで成長したそれらは順次、別の研究機関に送られる。言わばここはサンプルの生産工場なのだ。

 

 車はものの三分ほどで研究施設の前につけられた。順は裸のままだった克人を余っていた白衣で包んで車の後部座席に乗り込んだ。木村本邸から回すには距離がありすぎる。ごく一般的なハイヤーに乗り込んで順は行き先を指示した。とんでもなく距離があることに仰天したのか、運転手が一瞬、ためらいの表情を見せる。だがすぐに順の指示に頷いて車を出した。

 

 訳ありと判ってはいるのだろう。運転手はちらちらとミラー越しに順と克人の様子を伺ってはいる。だが硝子の壁に遮られているために声をかけてくることはない。順は白衣に包まれた克人を大事に抱えて窓の外に目をやった。木村の地と呼ばれるこの場所に出入り出来るのは専用IDを持つ者だけだ。このハイヤーの運転手もれっきとした木村グループ直属の会社の社員なのだ。

 

 学園都市を装ったこの街は吉良瀬の誇る街とはまた別の意味で成長しつつある。吉良瀬財閥が表、日の光を浴びる存在なら木村財閥は裏の顔を持つ存在だ。吉良瀬と木村は互いに牽制しあってこの国の勢力をほぼ二分してきた。今ではもう、二つの財閥を超える存在はこの国にはないと言ってもいい。

 

 だが少し前、吉良瀬に異変が起こった。立城から紫に当主の座が移り、紫が結婚することが世間に公表された。いま、世間はその話題で持ちきりになっている。婚約披露から半年。六月の頭には全国ネットで結婚披露宴の様子が放映されたばかりだ。その騒ぎに便乗した商売が幾つもまかり通り、景気が一時的に向上したという噂もある。一番儲かっているのは恐らく旅行会社だろう。当の新郎新婦がオーストラリアに新婚旅行に出かけるという情報をいち早くキャッチした会社が、それに便乗する格好で旅行プランを提案、客達は先を争ってパックツアーに参加したと聞く。

 

 んな、あのヒトたちがマトモに飛行機なんざ使う筈、ないっしょ。そのことを思い起こしながら順は小さく笑った。彼らはれっきとした龍神だ。その気になれば国内だろうが海外だろうが一瞬で移動できる。つまり、空間を自在に渡ることが可能なのだ。そんな彼らがわざわざ危険を冒して飛行機に乗る筈もない。

 

「いや、でも判んないな」

 

 あれだけ大々的に宣伝してしまった以上、全く誰にも気取られずに旅行することも難しい。逆に人々と同じように飛行機に乗って、ごく一般的な旅行をした方が無難だろう。考えを巡らせながら順は苦笑して軽い息をついた。

 

 この騒ぎに便乗して稼いでいる多くは吉良瀬傘下の企業だ。そのことを踏まえて考えるとあの二人が雲隠れしたまま旅行することは難しい。順はつらつらと二人がごく当り前に旅行するところを想像して思わず吹いた。口を手で押さえて何とか笑いの衝動を堪える。どう考えてもあの二人にまともな新婚旅行という構図が当てはまらない気がするのだ。そもそも紫は人には知れてはいないが既に身重だ。そんな紫を人ごみから庇いながら旅行を続ける新郎の姿を想像して、順は更に吹き出した。

 

「だ、ダメだ。考えると笑える」

 

 必死で笑いを飲み込んで順は声を殺した。きっと今ごろ、当の二人はくしゃみでもしているだろう。そんなことを思いながら順は窓の外の景色に目をやった。ゲートを何事もなく抜けたハイヤーが山を緩やかに走り降りていく。順は深呼吸をして何とか乱れた息を整えてからシートに深く身を預けた。




そういえばこの話はプロローグを除くと順スタートですね。
ちょっと珍しいかも?
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