とうとう出てきたなw
あ、エロシーンはありません。
祐、現る 1
用意した迎えの車に乗り込んできた時点から優一郎は暗い顔をしていた。順は運転手に行き先を告げてシートに深く寄りかかった。煙草を取り出すついでに優一郎に吸っていいかを訊ねる。了承をもらって煙草に火を点けてから順は切り出した。
「要するにね。たぶんにオレのワガママなんだけどさ。今の状況ってつまんないんだよねえ」
そう言って順は大仰にため息を吐いて首を横に振ってみせた。それまで黙っていた優一郎が横目に順を見てため息を吐く。
「安定して見えるのは見かけだけですよ」
昼休憩の時間も利用して会ってくれることを了解した割に、優一郎は今ひとつ気乗りしない顔をしたままだ。ふうん、と答えて順は大きく伸びをした。
「なに。水輝ちゃんが血反吐だから? アレって無茶してるかもだけど、本人は自覚してるしさあ」
別にいいんじゃないのお? 間延びした喋り方で言って順は大きな欠伸をした。今ごろ水輝は紫と一緒に飛行機の中だ。多輝の方は多少は気付いているかも知れないが、今はそれどころではないだろう。
「問題は水輝さんよりも……」
優一郎が言葉をそこで濁して昏い嗤いを浮かべる。その表情を横目に見止めた順はおや、と僅かに目を見張った。
「多輝ちゃんのが心配? あれは仕掛けが利いてるだけじゃん。べっつに心配するほどのことでもないっしょ」
両手を軽く広げて肩を竦めながら順は言った。煙草を吸ってから長く伸びた灰を灰皿に落とす。順が普段足に使っている車とは別の車のためか、どうも落ち着かない。順は身じろぎをして首を回した。
「すいません。いったん、僕の家の前で止めていただけますか、ちょうどすぐそこですし」
唐突に優一郎が告げる。順は肩を竦めて苦笑してから車を停めるように運転手に指示をした。黒塗りの大きなベンツが優一郎の家の前に停まる。運転手の開けた後部席から優一郎が降りるのを順は感慨もなく眺めていた。
家ねえ。誰もいないトコも家って言うのかね。そんなことを思いながら順は欠伸をした。実際、あの後かなり忙しかったのだ。水輝や紫の動向を追うために飛ばしていた手の者が途中でまかれてしまったり、克人に渡す筈の薬が上がっていなかったりと悪いことが重なってしまった。挙句、命令を無視して実験体に手を出すバカまで出る始末だ。おかげさまで順は優一郎との面会の時間まで、事後処理に追われる羽目になった。
優一郎が入った家のドアが開く。そこに現れた見慣れない少女の姿に順は思わず口笛を吹いた。清陵高校の女子の制服を身につけた少女が颯爽と車に乗り込む。運転手もこの手の事態には慣れているので、文句を言わずに後部席のドアを静かに閉めた。
「お初にお目にかかる……のかな? こんちは」
そう言って順は悪戯っぽい笑みを少女に向けた。優一郎によく似た顔立ちをした可愛らしい少女がにっこりと順に笑みかける。
「初めまして、あ、か、ね、さん。あたしのほうが、話の通りが良いと思ってちょっと彼には眠ってもらったの」
わざわざ区切って順を呼んで少女が首を傾げる。力のこもった声に呼ばれる特有の感覚に順は苦笑した。車は最初に順が指定した目的地に走り出している。窓の外に流れる景色をちらりと見てから順はため息混じりに言った。
「あのねえ。オレはそりゃ、痛いの好きですよ。でもわざわざ中身を抉るような真似、しないでくんないかなあ。もう」
唇を尖らせて拗ねてみせてから順は少女に笑みかけた。この少女は確かに優一郎だ。が、性を変質させたことにより、優一郎とは別の自我が表に出ているのだ。
「多輝のバカは、なーんにも問題ないわよ。まあ、あの女に異変があったみたいだから、ちょっとはシビアなことになるかもだけどね」
それくらいがちょうどいいし。あっけらかんとそう言って少女が笑う。おやまあ、と苦笑して順は恭しく礼をしてみせた。
「それで? キミの方は何て呼べばいいの?」
「祐って呼んで。天祐の祐よ。姓は……そうね。吉良瀬でいいでしょ。四人目の姫ってことで」
楽しそうに笑いながら祐が言う。やれやれと苦笑して順はシートに深くもたれかかった。ついでに祐の肩に伸ばした左腕を無残に叩き落される。えー、と不服の声を上げて順は打たれた手を情けない顔で見つめた。
「祐ちゃん、ね。姓は吉良瀬ね。りょーかい」
両手を降参の印に上げて順はそう言った。長い髪を背中に払って祐が胸を張る。どうもこの祐の人格は優一郎とは異なり、とても攻撃的らしい。そのことを理解しつつ順はそれで、と話を促した。
「最初に言っとくけど、あたしは水輝さん一筋だから。ヘンな真似したらありとあらゆる手段を用いてあなたに反撃するわよ」
嬉しそうだなあ。きっぱりと言った祐に順はそんなことを思いながら判ったと頷いた。どっちにしろ、祐に手を出す気はさらさらない。そんな真似をしたら水輝がただでは済ませてくれないだろう。祐の反撃よりも水輝のそれの方が順にとっては致命的だ。
「まあ、その水輝ちゃんは血反吐な訳だけど? キミの感想は?」
にやにやと笑いながら順はそう話を向けた。するとそれまで嬉しそうにしていた祐が少し眉を寄せる。
「だから、問題は水輝さんにあるわけじゃないわ。水輝さんを支えるべき立場に居ながら、何もできないあの女にあるの」
あの女、と祐が呼んだのは紫のことだ。順はふむふむ、と頷いて腕組みをした。なるほど。確かに祐が相手なら利害は一致している訳だ。が、多少上手く出来すぎている感はある。
「紫ちゃんは可愛いんだけどなあ。まあ、オレはこの通り振られた訳だけどね」
よよよ、とわざとらしく泣き真似をする順を祐が呆れたように見る。順はあははと笑って伏せていた顔を上げた。
「あなたがあの女を欲しがってるのは、手に入れたら面白そうだから、でしょ? あなたって面白そうなら自分の計画自分で潰してへらへら嗤ってる人だし」
「何だ。バレバレかあ」
容赦のない指摘を受けた順は笑ってシートにかけ直した。短くなった煙草を灰皿に押し込んで新しいものを咥える。そこで祐に吸ってもいいかと訊ねると渋々了解してくれた。どうやら咥えてから訊ねるという順のやり方が気に食わなかったらしい。
車は走って清陵町を出た。そこで順はふと振り返って街を見た。淡い紫色の守護のベールがゆっくりと遠ざかっていく。
「ジグソーパズルが出来上がってみたら、ピースが一つ余ってました。とか、そんな感じなのよね。あの女って」
しかめ面で言って祐が腕組みをする。順は窓から目を戻して苦笑してみせた。
「いんにゃ。余ってるんじゃないよ。あれで正しいんだ」
つい真面目にそう言ってしまってから順は言葉を切った。なーんてね、とおどけた順を祐が横目に睨む。
「そうよ。だってあの女は別のパズルに収まるべきピースなんだもの。あなたの持ってるパズルは、ピースが足りてないんじゃない?」
そう言ってから祐がくすくすと笑う。順は浮かべていた愛想笑いを消してやれやれとため息を吐いた。頭をかいて顔をしかめる。優一郎より話が早いのは好都合だが、ごまかしが利かない感がある。
「オレの属性ってのがこれまた面倒でね。汚濁を食う役目、あるらしいんだよねえ。でも残念ながらオレの性はオトコでね。産むことが出来ない訳ですよ」
出来るだけ判りいい言葉を選んで順はそう言った。それまで笑っていた祐も笑みを消して真面目な顔になる。
似た名前問題は続きます……。