すみませんごめんなさい、と懸命に詫びながら克人は生徒たちの溢れる廊下を駆け抜けた。克人を追っているのは同じクラスの女子生徒たちだ。まだ名前も覚えていない女子生徒に追われる羽目になった経緯を克人は走りながら思い出した。
今朝は起きた時からとても身体がだるかった。目が覚めた克人の傍にはもう順はおらず、変わりにキッチンのテーブルには置き手紙がしてあった。気をつけて学校に行くようにという順の書置きに頷き、克人はとりあえずシャワーを浴びることにした。
そこでまず最初の異変が起こった。いつもなら気にすることのない下半身が妙に気になるのだ。温かい湯を被るだけで股間に痺れるような痛みが走る。何事かと目を見張った克人は自分の股間を見下ろして気がついた。どうやら昨晩の行為が原因らしい。顔を覗かせている亀頭部分がやけに赤い。しかも肛門にはまだ違和感が残っている。初めての行為のためだろう理解して、克人は用心深く身体を洗い終えた。
それからが大変だった。下着を身につけた時から、とにかく股間が痛むのだ。どうやら服で擦れているのがまずいらしい。だがまさか裸で学校に行くわけにもいかない。克人は痛みを堪えて何とか制服を着込み、学校に向かった。
じんじんとする痛みを耐えているからか、克人の歩き方は無意識のうちにぎこちなくなっていた。ぎくしゃくした動きで朝の教室に入った克人に真っ先に声をかけてきたのは桜だった。
「その有様はなんですか?」
挨拶も抜きで言われて克人は桜に曖昧に笑ってみせた。続いて奈月におはようございます、と挨拶する。奈月は昨日と変わらない笑顔で挨拶に応えてくれた。
椅子に腰掛ける時、立ち上がる時。歩く時、走る時。動くたびに服が擦れ、その度に股間に痛みが走る。排泄機能が人並みに働いていなくて良かった、と克人は心底そのことを感謝した。ハンターは龍神よりはずっと劣るが、口から摂った食物を廃棄部分を出さずに吸収出来るという能力があるのだ。もしもこの痛みのある状態で尿意など覚えた日にはどうなるのだろう。克人は世の人間の男たちのことを考えて気の毒に、とため息を吐いた。
だが克人が呑気にそんなことを考えていられたのは二時間目の授業が終わった時までだった。近付いてきた文化祭の準備のための話し合いを行うため、各教室に散っていたクラスメイトたちが教室に戻ってくる。そこで克人はクラスメイトの女子生徒に手作りだという菓子を差し出されたのだ。恥ずかしそうに菓子を差し出したその女子生徒に笑顔で礼を告げ、ハンカチにくるまれたクッキーを口にするところまでは良かったのだ。
克人は丸いそのクッキーを口に入れたところで眉を寄せた。一応、口の中に全部入れて咀嚼する。そうしつつ克人は困った顔で隣の席に座る奈月を見た。奈月は克人が他の生徒たちと仲良くするのが嬉しいのか、にこにこと微笑んでこちらを見ている。克人はしばし奈月をじっと見てから次に桜に目をやった。桜はどうやら克人が奈月を見つめていたことが気に食わないらしい。もの凄い目でこちらを睨んでいる。
美味しいかと訊ねられた克人はクッキーを飲み込んで正直に告げた。
「あの、ボクは昨日の彼女のクッキーの方が美味しいと思います」
そう言って克人は隣の奈月を見た。すると奈月が慌てたように首を横に振る。だがその意味を克人は理解出来ず、先ほど口にしたクッキーがいかに不味かったかを並べ立てた。
その後からだ。克人にクッキーを差し出した女子生徒が急に泣き出し、周囲にいた別の女子生徒たちが険悪な目で克人を見る。係わり合いになりたくはないが、人の騒動は楽しいのか、男子生徒たちは克人を取り囲む女子生徒の様を遠巻きに見ていた。
その場は授業のベルが鳴ってとりあえずは収まった。だが嫌な予感は当たるものだ。克人は昼休憩の時間にクラスの女子生徒に体育館に呼び出された。何事だろうかと思いながら指定された場所にたどり着いた克人は、その場にいたクラスメイトの女子生徒の群れに絶句した。どの顔も怒りを露にしていて、とても克人と何かを話したいという雰囲気ではない。克人はざっとその場の空気を読んで急いで体育館から逃げた。
しつこいなあ。克人は心の中でぼやいて急カーブを切った。帰宅する生徒たちの間を抜けて階段に向かう。それでなくても股間が痛むのに、何でそんな時に限ってこんな無駄な運動をしなければならないのだろう。そんなことを考えながら克人は階段の手すりに飛びついた。克人の傍にいた生徒たちが悲鳴を上げる。だが克人はそれを無視して手すりを身軽に飛び越えた。折り返した先の階段に飛び降りて廊下に向けて走る。
追っ手が少人数なら逃げられる自信はある。だがどうやら今、克人を追いかけているのは同じクラスの女子生徒だけではないらしい。途中で話を聞いて賛同したのか、追っ手の数は徐々に増えているのだ。廊下を走るな、というすれ違った教師の怒鳴り声にごめんなさい、と詫びて克人は校舎の外に張り出した階段に向かった。内側から外に続くドアの鍵を開ける。克人は今度は逆に階段を一気に駆け上った。四階のドアは開いていることは判っている。克人がそう思った通り、特別教室に隣接したドアの鍵は開いていた。急いで校舎の中に戻ったところでため息を吐く。特別教室に出入りする教師が多いため、四階のこのドアだけは常時鍵が開いているのだ。
追いかけっこしてますね!