由梨佳の改造手術は着実に進んでいる。モニタ画面を見つめて優一郎は深いため息を吐いた。背もたれに身体を預けて眉間を指で揉み解す。
呉羽に連絡を取って由梨佳の改造についての手配をするまでは順調に進んだ。保美が今は手術にあたっている。補佐役には保美の妹の果穂ともう一人、別のヒューマノイドがあてがってあるから大丈夫だろう。モニタで見ても作業は特に問題なく進んでいる。
問題は多輝だった。部屋にこもっていた多輝を呼んで手術室に行くように促した優一郎は、内心気が気ではなかった。多輝の顔色は驚くほど沈み、今にも倒れてしまいそうだったのだ。だが多輝は優一郎に何事かを言い返すでもなく、大人しく言われるままに手術室に向かった。今は由梨佳の傍にいる筈だ。
「多輝次第、だね」
そう呟いて優一郎はモニタを見つめた。別の角度に設置されたカメラから送られる映像を別のモニタに映す。そこには手術台を見つめ、厳しい顔をしている多輝が映っていた。
由梨佳の脳の改造は既に終了している。あとは脳を無理のない機体に組み込み、脳に思考させるシステムを移すだけだ。由梨佳の以前の機体は使えない。あれは生体脳、しかも由梨佳用に特別にあつらえた機体だったのだ。欠損した部分を大幅に機械で補う改造をされた由梨佳にあの機体は扱えない。
そうした一方では清陵高校に魔が出現したという情報も入っている。こちらは居合わせた奈月と桜が処理してくれたようだ。その報告を受けた優一郎は現場にいたという克人のプロフィールを改めて調べ直した。諜報用のヒューマノイドである鈴に探らせたところ、克人はどうやら順に作られた人造のハンターらしい。最後に克人が所属していたハンターのコロニーは崩壊。詳しい経緯は判らないが、それを機に克人はこの清陵に入ってきたようだ。
そして別の場所では水輝が無茶をして血を吐いている。優一郎はため息を吐いて額を強く押さえた。水輝と紫は明日の午後、帰国する予定になっている。
「母上は、何を考えて……くっ」
小さく呻いて優一郎は胸に手をあてた。奇妙な違和感が身体の奥に生まれる。何かが蠢く感触に顔をしかめて優一郎は立ち上がった。どうやらもう片方の人格が我慢出来なくなったらしい。そう思いながら優一郎は眉を寄せてモニタを見た。多輝については触るだけ無駄だろう。手術後にどうするかは多輝自身で決めなければならない。克人については順との約束の後に考えればいいだろう。水輝については……不本意ではあるが、もう片方の人格に任せた方が良さそうだ。急ぎの件がないことを改めて確認してから優一郎は全身にこめていた力を抜いた。
ふわりと浮くような感触と共に優一郎の身体が光を帯びる。最初は淡かった光が徐々に強さを増す。優一郎の身体を包み込んだ光は一際強く輝いた後、急速に消えた。その場にいた筈の優一郎の姿が消え、代わりに祐が現れる。祐は合わない男物の服に顔をしかめ、白衣を指でつまんで持ち上げてみた。背丈の差だろう。裾がかなり余っている。
「あたしは服装に文句つけたりはしないわよ。無理矢理入れ替わったんだから仕方ないし」
だが居心地が悪いのは確かだ。祐は余った白衣の袖とズボンの裾を折り返した。ついでにベルトを締め直す。
「まあイチゴパンツで我慢しとくかな」
そう言って頷いてから祐はさっさと優一郎の私室を出た。隣にある多輝の部屋に入ってたんすを探る。下着や服を一式揃えて取り出すと、祐は優一郎の部屋に戻った。ベッドに着替えを置いて手早く服を脱ぐ。脱いだ白衣や男物の服をベッドに放り投げてから祐はまずはショーツを手に取った。苺模様の愛らしいショーツに足を通して引っ張り上げる。だがそこで祐はめいっぱい顔をしかめた。少しだけだがショーツが大きいのだ。
まさか、と思いつつ祐は多輝のブラジャーを取り上げて急いでストラップに腕を通した。きっちりブラジャーを着けてから歯軋りをする。どうやら多輝に比べると祐の身体は若干めりはりに乏しいようだ。ブラジャーのカップが余っている。
「ウェストはあたしのほうが細い!」
下着姿で腰に手を当てて祐は頷いた。確かに多輝の身体の方が祐より若干丸みを帯びている。それは優一郎の身体の時に武道をたしなんでいたせいなのだが、そのことを祐はあえて無視することにした。
身体のラインの出るシャツを身につけてスカートを穿く。オーバーニーのソックスを穿いたところで祐は部屋の奥に向かった。壁にかかった姿見に自分を映してみる。色んな角度で自分を映してから祐はよし、と頷いた。今日は別に水輝に会うわけではない。順に買ってもらった服はとっておきなのだ。だからこれでいい、と納得して祐は鏡の前を離れた。
部屋の奥の机の前に座り、祐は慣れた手つきで端末を操作し始めた。ずらりとヒューマノイドの並んだ画面を呼び出して上から名前を読んでいく。その中に目的の名を見つけて祐はカーソルを動かした。机の中から出したヘッドホンタイプの通信機を装着する。
呼び出し音が三回ほど鳴ったところで相手が出る。祐は切り替わった画面を見ながら告げた。
「やっほー、天輝ちゃん元気してた?」
気軽に呼びかけながら祐は画面に表示されたログを読んだ。端末を介してヒューマノイドを呼び出した場合、対象の機体状態がチェック出来るようになっているのだ。
『ああん! 変なところで呼び出さないでよ! ああああ、あたしの大事なマシンがああああ』
悲痛な叫びが聞こえた後、しばしの間を置いて相手が言う。
『……ところであなた誰?』
通信機の向こうには特徴のある音楽が鳴っている。どうやらゲームの最中だったらしい。
「あたしよ。あたし。祐よ。この前、身体を念入りに直してあげたの忘れたの?」
そう言いながら祐はくすくすと笑った。すると通信機の向こうで相手が息を飲む。かつて水輝がまとっていた女の部分が分離した存在が天輝と呼ばれるこの女性なのだ。天の輝きの名を持つ天輝は天空の城と呼ばれる特殊な空間に身を置いている。かつては龍神の主とも言われていた、蒼龍だ。そして天輝はある事情でヒューマノイドの機体をまとっているのだ。
『え、え!? ゆ、優一郎……くん? でも、あれ?』
祐が思った通りに通信機の向こうで天輝が戸惑いの声を上げる。確かに以前、天輝の機体を修理したのは優一郎だ。が、その際に優一郎は女の性をまとっていた。あの頃は優一郎と祐の人格は明確に分かれていなかったのだ。それ故に優一郎は祐という名を名乗りはしたが、今の祐の性格は現れていなかった。
今回は祐のターンですw