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「やっぱりか」
火柱の中にいたのは漆黒の獣だった。獣の外観はライオンに似ている。冥界特有の気配を持ってはいるが、純粋な冥界の住人でもない。魔と物理的に合成された、厄介な相手だ。
ハンターは龍宝珠を狩るためにコロニーと呼ばれる群れを形成する。一人きりで龍神を狩ることは到底かなわないため、複数の力を合わせて狩りを行うのだ。それと同様に知能の低い魔ほど群れを成す傾向がある。水輝は地面を蹴って走りながら周辺に結界を築いた。火柱を覆いこむ形で不可視のドームが出来上がる。紫色の美しい輝きが周辺を覆ったことで、獣の群れは一気に戦闘体勢に入った。
怒号を上げて突っ込んだ水輝に獣の群れが襲い掛かる。紅の刀一本で群れを払いながら水輝は歯を食いしばった。
悪く思うなよ。そう胸中で呟く。一閃した水輝の刀から紅の輝きが群れに向かって飛ぶ。撃たれた数体の獣が断末魔を上げて後方に吹っ飛ぶ。だがその輝きを避けた獣が唸りを上げて水輝に向かって走る。鋭い爪や牙で身体を傷つけられながら水輝は力を揮い続けた。
我、青の鍵、汝との誓約によりこの世を浄化せしめんとする者。
殆ど声にならない声で水輝は言葉を紡いだ。走りながら右腕を真横に振る。紅の刃に貫かれた獣が黒いものを撒き散らして消える。獣の怨嗟の象徴である闇色のモノを無防備に浴びながら水輝はその場に膝をついた。動きを止めた水輝に一斉に獣が襲い掛かる。地面に刀を突き刺して身を起こした水輝は力をこめた言葉を継いだ。
「不浄の徒よ! 哀れな魂よ! 地上の王の名の許にその身を焼き滅ぼさん!」
力の圧力に耐えながら水輝は一気にそう叫んだ。水輝に襲い掛かろうとしていた群れを地上から生まれた京紫の光が撃つ。同時にその光は水輝の身にも襲い掛かった。身体に溜まった黒い汚濁を内側から強制的に焼かれる。鋭い力に撃ち抜かれた水輝は地面に倒れながら激しく咳き込んだ。大量の鮮血が散り、地面を赤く染める。傷も癒せないまま、水輝は周囲を伺った。
地面から撃ち出された光が獣たちを一掃して結界にぶつかる。あれだけいた獣は悉く力に焼かれ、声を上げる間もなく滅びていた。水輝は仰向けに倒れたまま、地面に手のひらをあてがった。大きなドーム状に展開されていた結界が一気に収縮し、火の柱ごと獣の吐き出した澱みを飲み込んでいく。
木々の燃えかすがくすぶる森の中で水輝はしばらく横たわっていた。結界も刀も維持できるほどの体力は残っていない。呼吸を何とか整えて身を起こしたところで水輝は小さく笑った。衝動に任せて何度か咳き込む。口を押さえた手の中に血を吐きながら水輝は片手で地面を撫でた。草と木の燃えて出来た炭が水輝の血に濡れた手を黒く汚す。
立城の力はいま、複数の器に分けて維持されている。だがその多くを水輝が一人で引き受けているのだ。そうでなければあんな無茶な術は撃てない。水輝は何度か大きく息をしてよろけながら立ち上がった。
「あー……酷い有様だな、これは」
周囲を見回して苦笑する。獣を払うには払ったが、森の多くの木々は焼かれて炭と化している。サービスしとくか、と苦笑して水輝は清浄な水を呼び出した。湖や海の位置を確認してからその周辺を水で洗い流す。ついでに血で汚れた自分の身体も流してから水輝は空に舞い上がった。荒れ狂う水流を空から操って海に向かって進める。人のいない場所を選んで流した水はやがて海に全て注がれた。
「……なんだ。ホテルに戻るより向こうのが近いじゃないか」
上空に制止していた水輝は周囲を見回してそう呟いた。だがホテルに戻らない訳にもいかないだろう。まあいいか、とため息をついて水輝はのろのろと空を飛び始めた。この分でいけば飛行機の搭乗時間までにはホテルに戻れるだろう。運が良ければ紫が目覚める前にベッドに潜り込める筈だ。
「あ、いけね。傷、塞いでなかったんだっけか」
血の滲み出した身体を押さえて水輝は呟いた。ため息をついて周囲を伺う。この辺りには人の気配はない。水輝はそのことを確認してからゆっくりと地面に降りた。小高い丘の上にへたり込む。
「うわ、体力がねえ」
震える腕を地面について水輝は乾いた笑いを上げた。丘の上にたつ大きな木に背を持たせかけて座る。深い息をついて水輝は空を仰いだ。暗い夜空には星が瞬いている。水輝はしばらくの間、ぼんやりと星空を眺めていた。
不意に上空で奇妙な音がする。水輝は訝りに眉を寄せて、次に慌てて腕を伸ばした。見知った気配が梢を揺らした直後、一気に落ちてくる。水輝は歯を食いしばって何とかそれを受け止めた。
「あ、あぶねー……」
衝撃を殺すのが精一杯だった。水輝は全身で息をしながら腕に抱きとめた奈月をゆっくりと地面におろした。澱みを払うために使った力がまずかったらしい。水輝は苦笑して泣きそうな顔をしている奈月に片手を上げてみせた。その直後、激しい咳の衝動に襲われる。横を向いて口を手で覆って咳き込む水輝に慌てたように奈月が寄る。
「水輝さん!」
涙声で呼んで奈月が水輝に抱きつく。水輝は慌てて奈月を押し戻そうとした。だがそれより早く奈月にこもっていた水輝の力が溢れる。
「こ、こらこら! おれは大丈夫だから!」
焦って言いながら水輝は何とか奈月を引き剥がした。奈月はぺたんと水輝の横に座り泣きそうに顔を歪めた。どうやら全部は拒絶出来なかったらしい。身体のあちこちが癒されている。やれやれ、とため息をついて水輝は隣に座る奈月の頭を優しく撫でた。
「ごめんなさい。心配で、いてもたってもいられなくて」
そう言って奈月が目元を拭う。べそをかきはじめた奈月に苦笑して水輝は答えた。
「心配ないって。それより奈月は自分の心配をしろよ。座の預かりったって、ものがでかすぎるだろ? それを維持するにはどうしたって力が要るんだよ」
だから勝手に戻したりしないでくれ、と続けて水輝は奈月の目元に唇を寄せた。透明な涙の雫を唇で優しく吸い取る。最後に唇に軽く口づけてから水輝は身を起こした。その瞬間、ずきりとわき腹が痛む。水輝は何食わぬ顔で左のわき腹を手で押さえて木に寄りかかった。
「水輝さん!」
横から手を伸ばして奈月が水輝を支え、寄り添う。水輝は片腕で奈月を抱き寄せた。
奈月は瞬間移動すると何故か変なところに出ますw