※この作品はR-18です。

狩りの終焉 一部   作:伊駒辰葉

75 / 193
由梨佳の意識が戻ったのですが……。
エロシーンはありません。


意識が戻ったと思ったのに 1

 手術室のベッドに横たわった由梨佳の傍に多輝は一人、ずっと座っていた。機体改造を行ったヒューマノイドたちは今はいない。一応、脳の手術も改造も全て上手く行ったとは聞いている。だがだからこそ由梨佳の記憶はなくなっているだろうとも言われた。

 

 多輝はベッドに肘杖をついて深いため息を吐いた。やっと手に入れたと思ったのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう。だがその原因は実際にははっきりしている。立城がかつて由梨佳の記憶を強引に書き換えてしまったせいだ。

 

 ヒューマノイドは記憶ギャップと呼ばれる障害を最初から抱えている。そのギャップによる弊害を埋めるために付加されているのが快楽のシステムと言われるものだ。そのシステムが正常に働くことにより、ヒューマノイドの生体脳にかかる負担は激減する。だからこそヒューマノイドは自身を維持できるのだ。

 

 だがそれでも負担が完全になくなってしまう訳ではない。特に由梨佳のように外部から強制的に記憶を操作された場合、システムを搭載していても補えないくらいのギャップが発生する。それ故に脳が崩壊を起こしてしまうのだ。

 

 多輝はそっと目を上げて横たわる由梨佳の手をとった。力のない細い手を両手に大事に握る。しばしそうしてから多輝は由梨佳の手をベッドに戻した。もし目覚めた時に見知らぬ誰かに手など握られていたら気持ち悪いと思われるかも知れない。そう考えてから多輝は自分の考えに頷いた。

 

 壁にかかった時計の示す時間が夜明け近くなった頃、由梨佳は目を覚ました。目を開けた由梨佳はまず周囲を見回し、次いでベッドの脇に座る多輝を見た。由梨佳がどんな反応をするかを注意深く伺っていた多輝は、ためらいがちに身を乗り出した。

 

「由梨佳……?」

 

 驚かせてしまわないようにそっと声をかける。すると由梨佳は多輝を見つめて不思議そうに首を傾げた。

 

「あの、私は夢を見ているのでしょうか?」

 

 真顔で由梨佳がそう言う。夢じゃないよ、と静かに言って多輝は立ち上がった。話をしやすいようにベッドの上半分を少し起こす。そうしてから多輝は再び椅子に腰を下ろした。

 

「自分が誰だかわからないんです。なぜここにいるかも、ここが何処かも」

 

 少し不安そうに由梨佳が言う。多輝はそうか、と呟いてから由梨佳に笑みかけた。由梨佳の記憶がなくなってしまうことは判っていたが、急に全てを知らせても耐えられないだろう。多輝は由梨佳を驚かせないようにまずは由梨佳のことを説明した。

 

「あんたの名前は宇田川由梨佳。字はこう書くんだ」

 

 そう言って多輝は由梨佳の手を取って手のひらに指で由梨佳の名前を書いてみせた。ついでに、と苦笑して多輝はもう一つの名前を由梨佳の手のひらに書いてそれが自分の名前だと説明した。雨宮多輝、と名前を由梨佳が呟く。

 

「多輝……くん?」

 

 しばし手のひらを見つめていた由梨佳が目を上げる。多輝をまじまじと見つめて由梨佳が突然赤くなる。多輝は絶句して思わず覚えているのかと声を張ろうとした。が、驚かせてはまずいと慌てて自制する。

 

「そう。おれは多輝だよ。少しは覚えてるのか?」

 

 出来るだけ冷静に多輝は由梨佳に訊ねた。触れていた由梨佳の手をそっとベッドに戻す。由梨佳は赤い顔で膝に乗せた自分の手と多輝とを何度も見比べた。

 

「あの、間違っていたらごめんなさい。いえ、間違っていなくてもとても失礼な質問かもしれないけれど……」

 

 段々と由梨佳の声がしぼんでいく。多輝は焦る気持ちを必死で堪えて安心させるように由梨佳の膝を軽く叩いた。

 

「何だよ。怒ったりしないから言ってみな」

 

 出来るだけ由梨佳を驚かせたくないという気持ちから、多輝は慣れない笑みを懸命に作っていた。そんな多輝を由梨佳が恥ずかしそうに赤い顔をして見る。

 

「あなたは、私の……その恋人……ですか?」

 

 ためらいがちに言われた多輝は思わず目を見張った。宥めるように由梨佳の膝を布団越しに軽く叩いていた多輝の手がぴたりと止まる。しばしためらってから多輝は呟くように言った。

 

「おれが由梨佳を好きなのは確かだな。でも由梨佳は無理しなくていいぞ。覚えてないことを望まれても困るだろ」

 

 記憶がまっさらになったのなら由梨佳にはもっと別の生き方を選ぶことも出来る。多輝と由梨佳は恋人というよりはどちらかと言えば主従関係に近かった。それはヒューマノイドとマスターという立場上、どうしようもないことだ。それに多輝は最初は由梨佳を自分の都合のいい道具に仕立てようとしていたのだ。

 

「多輝くん! 私、あなたの事は覚えてる。ほんの少しだけど、多輝くんを愛してるって、ただそれだけだけど、だから……」

 

 目を潤ませて由梨佳が言う。多輝は目を見張って由梨佳を見つめ、次いで苦笑した。由梨佳は自分がヒューマノイドになっていたことも、そしてこれまで複雑な人生を歩んでいたことも何も知らないのだ。

 

 多輝は覚悟を決めてゆっくり一つずつ由梨佳がこれまで歩んできた道のことを話し始めた。最初は単に緊張していた由梨佳の顔が次第に強張っていく。

 

「いいか? おれの説明が全部終わってから答えを出せ。その後でも決めるのは遅くない」

 

 由梨佳に出来るだけショックは与えたくないが、かと言って都合のいい部分だけを隠す気にもなれず、多輝は由梨佳がヒューマノイドになった辺りもくまなく説明した。どういう状況で由梨佳がそうしたのかを多輝ははっきり知っている訳ではない。が、知り得る限りを教えると言って多輝は苦心して説明を続けた。

 

 静かな手術室に多輝の話し声と時計の針の刻む音だけが響く。多輝は自分の知る限りのことを話し終えて告げた。

 

「おれは多分、甘えさせてくれる相手が欲しかったんだ。由梨佳を道具みたいにしてれば、自分のそんな本心に気付かなくて済む。だから多分、逃げてたんだろうな」

 

 そう言いながら多輝はじっと由梨佳を見つめた。由梨佳はあまりのことに驚いているのか俯いてしまっている。多輝は無理に由梨佳の顔を覗きこむことはせず、静かに身を起こした。緊張したために手の中に汗をかいてしまっている。ジーンズのポケットから引っ張り出したハンカチで手を拭いながら多輝はため息をついた。




長いのでエピソードも別にします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。