※この作品はR-18です。

狩りの終焉 一部   作:伊駒辰葉

76 / 193
前の続きです。
エロシーンはありません。


意識が戻ったと思ったのに 2

「状況の説明は完全につくわね。ありがとう」

 

 多輝は由梨佳の声に誘われるようにして顔を上げた。そこにふっきれたような微笑みを見つけて目を見張る。てっきり怒り出すか泣き出すかと思ったのに。そう心の中で呟いて多輝は息を飲んだ。

 

「……おれのこと、疑わないのか? 嘘ついてるかもとか」

 

 それに説明の中には由梨佳にはとても辛い事柄も含まれていたはずだ。多輝は恐る恐る由梨佳にそう訊ねた。

 

「伝聞による些細な違いとかはあるかもしれないけど、荒唐無稽だからこそ逆にリアリティがあるわ。それに、この身体が機械なのは事実なようだし」

 

 苦笑して由梨佳が機体に触れる。前の機体とは異なり、今の由梨佳の機体は間に合わせのものだ。いずれ優一郎が合う機体をあつらえてはくれるだろうが、今の由梨佳の機体はメイドタイプと呼ばれる格安のそれなのだ。

 

「そっか。まあ泣かれるよりはいいかな」

 

 頭をかきながら多輝はそう呟いた。それからため息を吐いて由梨佳に向き直る。

 

「ヒューマノイドのマスター登録は変更することが可能だ。おれが不満なら別の奴に書き換えられる」

 

 まあ、これから誰かに出会わなきゃ難しいかも知れないが。そう付け足して多輝は肩にこもっていた力を抜いた。つかんでいたハンカチをポケットにねじ込む。

 

「多輝くん。本当の事を教えてくれてありがとう。私の意志を尊重してもらえると言うなら、あなたとの関係は解消するわ」

「わかった」

 

 そう告げて多輝は腰を上げた。だが優一郎は恐らく由梨佳のマスターの仮登録に自分を設定はしないだろう。多輝はしばし思案してから告げた。

 

「ヒューマノイドには性的快楽が不可欠だ。自慰行為で全部補えるもんでもないし、まあその気になったら呼んでくれ。あんたが嫌じゃなければおれが相手になる」

 

 ポケットを探って電話を取り出しながら多輝は頭をかいた。やっぱりこうなったか、という落胆がある。だが由梨佳が望む以上、無理強いも出来ないだろう。そう思いながら多輝は片手で二つ折りの携帯電話を開いた。優一郎の番号を表示させて通話ボタンを押す。肩で電話を挟んだまま、多輝は習慣的に胸のポケットを探って煙草を引っ張り出した。

 

『多輝? 多輝ね? どうなったの? うまく落としたんでしょうね?』

 

 コール一回で相手が出る。多輝は数瞬ほど考えてから相手が優一郎が女性化したものだと気がついた。

 

「いや。マスター登録を解除するそうだ。優一郎は仮登録はしないだろ? おれを仮登録で残して、本登録の相手を探すまでもたせられるか?」

 

 淡々と言いながら多輝は煙草を唇に挟んだ。そこでここが手術室だったことに気付く。こんなところで煙草を吸ったらまた優一郎に文句を言われかねない。

 

『はあっ? なんでそんなことになってるのよ!』

 

 素っ頓狂な声が聞こえて多輝は思わず顔をしかめた。男の時とえらい違いだな、と呟いてからため息混じりに言う。

 

「仕方ねえだろう。由梨佳がそうしたいっつってんだ」

 

 唇からはがした煙草をポケットに戻しながら多輝は何気なくベッドに目をやった。由梨佳はぼんやりと中空を見つめている。やはり気丈に振る舞ってはいてもショックは大きかったに違いない。

 

『ちょっと、多輝。あなた、いったいどういう対応したの? 普通に対応してたらそんなことなるはずないわ』

 

 電話の向こうでまくし立てられて多輝は顔をしかめた。どんなって別に普通に話しただけだ。そう答えて多輝は電話を左手に持ち直した。

 

「いいから出来るか出来ないかだけ教えろよ。女になったらやかましいな、お前」

 

 うんざりしながら言って多輝は椅子に座り直した。放心したような顔をしていた由梨佳がびくりと震えて多輝を見る。悪い、と片手を上げて由梨佳に詫びて多輝は電話の相手にどうなんだよ、と言った。

 

『無理よ。一日だって持たないわ。というか、そういう話になる状況ってとても不味いの。あなた、いったい、宇田川さんに何言ったのよ?』

「なにって……」

 

 顔をしかめて多輝は不安をこめて由梨佳を見た。由梨佳は困惑した面持ちで多輝を見つめている。多輝は仕方なく由梨佳に話したことをかいつまんでもう一度話してみせた。電話の向こうの相手が多輝の話の間に何度か呻く。

 

『あなた、馬鹿?』

「あー?」

 

 いきなり貶されて多輝は機嫌悪い声を返した。電話を耳から離して睨みつけてみる。だがそうしたところで相手が電話から出てくる訳でもない。多輝はため息を吐いてもう一度耳に電話をあてがった。

 

「おれは正直に話しただけだろうが。ばか呼ばわりされる謂れはないぞ」

 

 険のこもった声で多輝はそう言い返した。

 

『多輝。このまま電話を切らないでちょっと待ちなさい。保美に連絡するから』

 

 急に切迫した声で相手が言う。何なんだよ、と多輝は苛立ちをこめて呟いた。電話の向こうでやり取りする声が聞こえる。

 

『……緊急で再記憶処理を手配して。あの馬鹿、ご丁寧にも全部説明しちゃったみたいなの。……そう、もう、手配済みなのね。ありがとう。時間の勝負だから、可能な限り早くお願い』

「はあ!?」

 

 多輝は聞こえてきた会話の切れ端に声を荒らげた。

 

「ちょっと待て! てめえ、どういうつもりだ! まさかまた」

 

 電話に怒鳴りつけながら多輝は焦って由梨佳を見た。由梨佳はぼんやりと中空を見つめている。愕然と目を見張った多輝の手から電話が滑り落ちる。多輝は焦点の定まらない目をした由梨佳の両肩をつかんだ。

 

「おい! 由梨佳! お前、何で」

 

 叫んだ多輝の耳に慌ただしい人の足音が聞こえる。多輝は由梨佳に向き直って言った。

 

「もしかしてお前、これまでのことが嫌だからそうなったのか? 忘れちまいたいって思ったから壊れたのか?」

 

 必死で訴えかける多輝の背後で慌ただしく手術室の扉が開く。入ってきた複数のヒューマノイドが由梨佳をベッドから下ろし始める。多輝は呆然と立ち尽くしてヒューマノイドたちが由梨佳を運んでいくのを見送った。最後に手術室を出た保美が失礼します、と挨拶をして慌ただしく駆けていく。

 

 腕を伸ばして電話を拾い上げる。多輝は耳にそれをあてがった。

 

「まだ何か用があるのか」

 

 感情のない声で多輝は言った。通話はまだ切れていない。

 

『電話で話していても納得いかないでしょう? 直接説明してあげるから、こっちに来なさい。どうせ、ショートカットルート作ろうと思ってたからちょうどいいし』

「いや。おれはお前に用はない。切るぞ」

 

 そう言って多輝は電話を一方的に切った。畳んだ携帯電話を空っぽになったベッドに放り投げる。着信のメロディが鳴り始めた携帯電話を無視して多輝は手術室を出た。自分に割り当てられた部屋に戻って転がっていたヘルメットを取り上げる。額に指をあてがって多輝は一気に地上の駐輪場まで転移した。




多輝がパニックになってるのは、状況がよく判らないからです(汗)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。