作者が判ればいい、ということで……。
エロシーンはありません。
東の空は白んでいる。自分のバイクの傍まで歩いたところで多輝は目を細めた。いつの間に現れたのだろう。バイクの傍に順が立っている。へらへらと笑って手を上げる順を無視して多輝はヘルメットを被った。
「優一郎なら留守だぞ。用があるなら直接電話しやがれ」
そう順に吐き捨てて多輝はシートに跨ってバイクのエンジンをかけた。あはは、と笑って順がいってらっしゃいと気軽に手を振る。気持ち悪いやつ、と呟いて多輝はバイクを発進させた。
不意に視界が歪む。何事かと目を見張った多輝は目の前に現れた見慣れない光景に絶句した。一体、いつの間にこんなところに。いや、それより転移した記憶はない。多輝は驚きに目を見張ったまま周囲を見回した。真っ白な壁と床、それに天井も全て白い建物の中だ。何だここ、と呟いて多輝はエンジンを切ってバイクを降りた。そこで初めて気付く。どうやら順がバイクに何かを仕掛けてくれていたらしい。くそ、と毒づいて多輝はヘルメットを脱いで床に叩きつけた。
「天輝ちゃん、白さん、手間かけさせてごめんなさいね」
背後から聞こえた声に驚いて多輝は慌てて振り返った。そこには携帯電話を片手に握った一人の少女が立っていた。声に聞き覚えがある。どうやらそれが優一郎が女性に転じた姿らしい。
「てめえ。一体どういう了見だ。おれは話はねえっつったろが」
そもそもここはどこなのだろう。多輝は少女を睨みつつも注意深く周辺を伺った。奇妙なことにここには一つも人の気配は存在しない。その代わりに龍神の気配だけが満ちている。
「宇田川さんを見殺しにしたいならそれでも構わないわ」
厳しい面持ちで少女が言う。多輝はふん、と鼻を鳴らしてからそっぽを向いた。
「おれは正直に言っただけだろが。それとも何か。由梨佳にはまっさらのままで何も知らせるなってことか」
そう言ってから多輝は床に叩き付けたヘルメットを拾い上げた。一部が少しへこんだそれをバイクのシートに乗せる。少女は腕組みをしたまま大股で多輝に近付いた。
「逆に聞きたいわ。どうして知らせる必用があると思ったの? なんのために?」
多輝の間近でぴたりと足を止めて少女が言う。あー、と呻いて多輝は少女に指を突きつけた。
「その前に名を名乗れ。てめえとかあんたとかで呼んでいいなら別にいいけどな。優一郎ってのも変だろ、なんか」
人格が同一であればそれも問題はないだろうが、目の前のこの少女はどうも優一郎とは違っているらしい。そう言った多輝に少女は祐だと名乗った。祐ね、と口の中で確認してから多輝は答えた。
「記憶がない状態なのに由梨佳はおれのことだけ何故か覚えてた。経緯も何も知らないままで、恋人だって情報だけ持ってたんだ。実に都合よくな」
最後の部分に力をこめて多輝は言った。祐は腕組みをしたまま顎をしゃくる。続けろという意味らしい。
「都合が良すぎるだろう。由梨佳に選ぶ余地がないだろう、そんなの。それにそんなので本当に好きだと言えるか?」
そう続けて多輝はため息を吐いた。
「記憶、残ってたの?」
祐の驚きの声を聞いて多輝はしかめ面になった。祐はどうやら本気で驚いているらしい。少なくとも表情はそう見える。多輝は深いため息を吐いてくだらねえ、と呟いた。
「そんな欠片、残ってたって仕方ねえだろ。それに残ってるってのは逆に由梨佳には負担になるだろ。なくすならまっさらになった方が新しい道を選べるだろうし」
そう言ってから多輝は祐を睨みつけた。話はそれだけか、と訊ねる。
「自分の言葉の矛盾に気付いてる? 教えちゃったらさらにまっさらから遠ざかるじゃないの!」
「どうせまっさらじゃないんなら、選択肢を全部呈示するのが筋ってもんだろうが!」
悲鳴じみた声で言った祐に多輝は怒鳴り返した。それからため息を吐いて悪い、と呟く。
「フェアじゃねえだろ、こんなの」
例えば由梨佳が自分の名前を覚えているだけなら良かったのだ。だが由梨佳は多輝を恋人だったと記憶していた。そんな都合の良さを利用する気にはどうしてもなれなかった。それに多輝は自分が本当に由梨佳を好いていたのだと気付いてしまっている。例えその理由が甘え縋りたい母親を求めていただけだったと判っても、だ。多輝は祐にぼそぼそとそう説明した。
「あたしが、いえ、優一郎が仕組んだと、そう思ってるの?」
「いいや。誰かが仕組んだとかは思わない」
疑いの眼差しで言われて多輝はそう即答した。誰に仕組まれたから嫌だという訳ではないのだと多輝は続けて言った。
「記憶を残したというそのこと自体が選択のひとつだとしたら?」
静かな声で言われて多輝はぴくりと眉を上げた。まさか、と言い返しかけて押し黙る。ありえない話ではない。だが現実にそんな真似が出来るとも思えない。由梨佳の脳は大幅に損傷していたのだ。その説明は先に受けている。
順が出てきて多輝を強制転移させましたw