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「どっちにしろ、もう同じ事にはならないだろ。次はおれも余計なことは言わないよう努力する」
その末に由梨佳が別のマスターを選んでも文句はないだろう。多輝はため息混じりに言った。厳しい顔で腕組みをしていた祐が呆れたような顔になる。多輝はそっぽを向いて胸ポケットに指を突っ込んだ。
「次があるかどうかは、わからないわ。今度は人格が失われているかもしれない。今、解析データが届いたわ」
そう言いながら祐が鞄に手を突っ込んで携帯端末を取り上げる。多輝はそんな祐を横目に煙草を唇に挟んだ。思考のどこかが麻痺したような気がする。多輝がライターで煙草の先に火を点けたところで祐が端末に落としていた目を上げる。
「今朝目覚めた時に宇田川さんの記憶に残ってたのは、多輝くんを愛してる、という言葉だけだったようね。そこから宇田川さんは推測した」
「ほーん」
多輝は余所を向いて煙草を吸いながら気のない返事をした。祐がそんな多輝をしばし見つめてからまた端末に目を落とす。
「まず、宇田川さんは自分はなんらかの理由で記憶喪失になったと気付いた。最初にあなたは宇田川さんと自分の姓名を名乗ったわよね? そこで、自分の傍についていてくれたあなたが家族でない事がわかった」
言われて多輝はふうん、と呟いた。携帯用の灰皿をポケットから引っ張り出して中に灰を落とす。
「続いて、あなたとの関係を考えた。記憶喪失になったということは事故か何か、トラブルに巻き込まれたのではないかと考えた。家族でもないのに、傍についていてくれたあなたは親しい間柄であるはずだ。それに唯一覚えている例のフレーズから、あなたのことを恋人だと予測した」
説明しながら祐が時折、ちらちらと多輝を伺う。多輝は横を向いて煙草を吸いながらそれで、と促した。
「宇田川さんは勇気を出してあなたに聞いた。恋人に、あなたは恋人ですか?って聞くのは失礼だと思ったみたいだけど、聞かなきゃ始まらないとね」
「そうだったな」
恋人ですかと訊かれた時のことを思い出して多輝は頷いた。
「そして、あなたは宇田川さんに事実を話した。その話は荒唐無稽だったけれども、だからこそリアリティがあった。身体の事も含めて全ての状況証拠があなたの話が本当であることを示していた。また、ほんの断片だけれども残っていた記憶のピースの繋がりが宇田川さんにあなたの話が真実だと確信させた」
多輝は何も言わずに横目に祐を見た。祐の顔はどことなく怒っているように見える。いや、実際に怒っているのだろう。そんな雰囲気の気配がする。
「となれば、パーソナリティ、人格は以前の宇田川さんのままである以上、出す答えは一つしかないわ。自分はこの少年には相応しくない。もっと相応しい相手がいるはずだ。自分なんかに縛られてはいけない」
「はあ!?」
多輝は素っ頓狂な声を上げて祐を見た。
「何でそうなるんだよ!」
だっておれは好きだって言ったろう。多輝は勢いよくそう続けて慌ててそっぽを向いた。間近で怒鳴ったためにか祐がめいっぱい不快な顔をしたのだ。
「多輝くんを愛してる、なんてフレーズを覚えていたなんて都合良すぎる。もし、真実を教えてもらえなければ自分は何の疑問も抱かずこの少年と同年代の恋人だと信じていただろう。そんなアンフェアな事は許されない」
途中から祐が呆れたような口調になる。多輝は愕然と目を見張って深いため息を吐いた。じゃあ、全然問題なんてないんじゃねえか、と思わず呟く。多輝が心から望んでいたのは同年代の恋人ではない。母親だからだ。
「似た者親子ってのはこういうのを言うのかしら」
苦笑混じりに祐が言う。多輝はあー? と機嫌悪く言い返した。祐が端末の電源を切って鞄に納める。その様をぼんやりと見ていた多輝は目を細めて手を伸ばした。身を屈めた祐のシャツの切れ目に覗いたブラジャーを指でなぞる。
「てめー。人の服を勝手に使いやがって。どっかで見たと思ったんだ」
唐突に祐が身を起こして右手を揮う。多輝は素早く左の手の甲で飛んできた平手を受け止めた。続いて飛んできた足を避け、繰り出された肘を手のひらで受け止める。
「そっか、あいつの記憶とはリーチが違うのね……」
悔しそうに言いながら祐が飛び離れる。多輝はため息を吐いて頭をかいた。
「お前なあ。服を貸してくれてありがとうとかそういうのはないのか。下着までパクりやがって」
「それとセクハラとは別よ! あたしに触っていいのは水輝さんだけなんだから!」
勢いよく祐がまくしたてる。やれやれと呟いて多輝は短くなった煙草を携帯用の灰皿に押し込んだ。それで、と続けて多輝は横目に祐を睨んだ。
「結局、由梨佳はどうなんだよ。てめえの説明ってのはそれだけなのか?」
多輝を警戒するように身構えていた祐がため息をついて構えを解く。再び多輝に歩み寄りながら祐が告げる。
「まず、これまでのことを教えるような事は厳禁。思い出したく無いとかそういう理由じゃなくて、過去の記憶のギャップが脳損傷の原因だから、過去に繋がるようなことを教えたり考えさせれば同様の症状が再発することになるの」
言われたことを多輝は一つずつ頭に叩き込んだ。要するに余計なことは一切言わない方がいいということだ。じゃあ、もう無理だな。そう多輝は心の中で呟いた。やっぱり無理なんじゃねえか。そうも呟いてみる。結局のところ、由梨佳と元通りの関係になるのは不可能なのだ。
それにしてもロビーとかで話す内容ではない気がw