今度は斎姫の説明が入りました。
エロシーンはありません。
「あ、そいえば本、返さないと」
ふと思い出して多輝は鞄を探りながら来た道を引き返した。このフロアにある専用の部屋は三つ。一つは清陵高校の前生徒会長、如月要の部屋だ。が、要は近頃は昼間はこの部屋にはいない。どうやら大学が忙しいらしく、下手をすると夜にも戻らない日もあるのだ。もう一つは清陵高校の現生徒会長、吉良瀬斎姫の部屋だ。ちなみに要も斎姫も優一郎の作ったヒューマノイドだ。多輝は自分の部屋から引き返して斎姫の部屋の前で足を止めた。軽くノックしていつものようにドアを開ける。
「あのさー。借りっ放しになってた本、返そうと」
何の気なしに目を上げた多輝はそこで言葉を切った。メンテナンス用のベッドではない、ごく普通のベッドの上で斎姫が裸になっている。そしてそんな斎姫を組み敷いている優一郎とを多輝は交互に見つめた。
「ごめん」
そう言ってから多輝は手にしていた本を慌てて落っことした。そういえば今日は三年生の方が先に授業は終了している筈だ。うっかりそのことを失念していた多輝は緊張に顔を強張らせてぎこちなく回れ右した。
「多輝、待って。僕に用があるんだろう?」
急ぎ足で斎姫の部屋を出た多輝を優一郎が追いかけてくる。だが多輝は真っ赤になったまま自分の部屋のドアを開けた。
「いいって。邪魔したおれが悪かったよ。斎姫に本を返そうとしただけだから」
早口で言って多輝は自室に入った。後ろ手にドアを閉めようとしたところで多輝は慌てて振り返った。一体、いつの間に服を着たのか、制服に白衣を身につけた優一郎がきっちりとドアの隙間に足を突っ込んでいる。多輝は挟まれた優一郎の足とドアとを見比べて眉を寄せた。
「多輝。斎姫には遠慮とかする必要は無いって言ってるでしょ? 君の部屋に入っていいかい?」
「いや、いいけど」
しかめ面のままで言ってから多輝はドアノブから手を放した。ドアを開いた優一郎が静かに部屋に入ってくる。多輝は靴からスリッパに履き替えて手にしていた鞄を机に放り投げた。
「遠慮しなくていいっつったって、あんなとこ見られんのは斎姫だってやだろ?」
仏頂面で言いながら多輝はブルーグレイのベストを脱ぎ、臙脂色のネクタイを解いた。それぞれをたんすにしまいこむ。
「大丈夫。君が僕にとって一番大事な存在であることを斎姫もきちんと認識している。斎姫にとって、君はマスターである僕に次ぐ仕えるべき存在なんだ」
多輝の傍に立った優一郎が平然と言う。それを聞いた多輝はしみじみとため息をついて横目に優一郎を見た。
「そうじゃなくて。斎姫も女なんだしさあ。ちったあ女扱いしてやれよ」
呆れ気分で言いながら多輝はスカートを脱いだ。ハンガーに丁寧にかけてブラウスのボタンに手をかけたところで動きを止める。横目に睨むと優一郎が困ったように笑ってそっぽを向いた。それを確認して多輝はブラウスのボタンを外し始めた。
「僕は君を選んだから。そして、斎姫も僕の玩具として存在していく道を選択した。中途半端な対応をしたらそのほうが斎姫に失礼だ」
一転して真面目な顔になって優一郎が言う。ちらりと横目にそれを見て取ってから多輝は深々とため息をついた。こりゃ、なに言っても無駄だな。そう胸中で呟きながらブラウスを脱ぐ。バスルームに続く脱衣所に置かれた洗濯用のかごにブラウスを放り込んでから多輝はたんすの前に戻った。ポニーテールに結わえていた髪を解いてブラシをいれる。
「まあ、何でもいいけど。とにかく斎姫のとこに戻ってやれよ。メンテ、途中だろが」
口の中でぼやくように言いながら多輝はたんすの扉の内側についた鏡を覗き込んだ。大きくたんすの扉を開いて鏡越しに優一郎に目をやる。
「問題無いよ。自慰補助ベッドを使うように指示してきたから」
「あのなあ」
平然と告げた優一郎に呆れた声を返して多輝はがっくりと肩を落とした。どうもここ最近、優一郎の態度が変だ。好かれているのは嬉しいが、斎姫に対する態度はどうなのだ。確かに玩具だと優一郎は言っているし、斎姫もその自覚をして玩具らしく振る舞おうとしているようだ。その努力は凄いと思うし尊敬にも値する。
が、正直、気分は良くない。多輝はため息を吐いて乱暴に髪にブラシを通した。細かいブラシに梳かれた髪が手の勢いにつられてふわりと宙にばらける。
今年の冬。多輝を含む周囲の様子は一変した。次々に事件が重なる中、多輝は優一郎と斎姫が婚約するという話を耳にした。その話を聞いた多輝は優一郎の元を去ろうとしたのだが、他の方法を選ぶゆとりもなく自殺を図るにまで至ってしまった。その件以来、優一郎の態度が変わってしまったのだ。
「あー……まあ、とにかく座れば? 立ちっ放しもなんだし」
鏡の中で所在なげに佇んでいる優一郎に多輝はぶっきらぼうに言った。
「お言葉に甘えて」
にっこりと笑って優一郎が部屋の一角を占めているソファセットに歩み寄る。多輝の部屋は広々としており、机やたんすの他にも様々な家具が入れられている。ベッドはダブルサイズより大きいものが設えられているし、バスルームなど一般の家のものより広いのではないだろうか。多輝はぐるりと部屋の中を見回してから髪を梳き終えた。たんすの傍の小さなごみ箱の傍に屈み、ブラシに残った抜け毛を一本ずつ丁寧に取り去っていく。
「今日も要、こねえの? 最近、見かけないけど」
居心地の悪さから多輝は何となくそう口にした。ブラシを掃除しながらちらりと優一郎を見やる。
「後期には院生になるんだと頑張ってるみたいだね。あと、罪龍対策の件でも動いてもらってる」
それを聞いた多輝はぴくりと眉を上げた。罪を犯した龍神を裁く。優一郎の言った罪龍対策というのは恐らくそのことを指している。それらの詳しい経緯や事情については多輝は知らないし、知りたいとも思っていない。だが響きが余りよくないことだけは判る。
「……あいつはどうしたんだよ。いつもはあいつがやってんだろ? それ」
何でわざわざ要が。不満いっぱいの顔で言いながら多輝は腰を上げた。ブラシをたんすの中のかごに戻してから振り返る。優一郎の視線で下着のみの格好をしていたことに気付き、多輝は慌ててまた背を向けた。
ついでのように他の登場人物の説明が多少入ってます。