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「それよりあんた、自分の心配しなさいよ。最近の自分がちょっと変とか思わない?」
あひるを沈めては手を離し、湯の表面に浮かび上がったところでまた沈める。それを繰り返しながら天輝が言う。多輝は顔をしかめてしばし考えを巡らせてから別に、と答えた。
「そうねえ……どう言えば判り易いかしら」
唇に指先を当てて思案する天輝から何気なく目を逸らす。丁度いい加減の湯を手で何とはなく混ぜながら多輝は最近の自分の行動を思い返してみた。昔と今、変わったことと言えば男女の性別を変えられることだろうか。だがそれは龍神にしてみれば特に珍しいことでもないだろう。特に天輝の言うような変化だとも思えない。
「判り易く言うと、そろそろ安定期に入るのよ、あんた。けだものみたいなノリでエッチしてないでしょう? 最近」
言われて多輝ははたと気付いた。確かに天輝の言う通り、ここ最近は以前のように夜毎に外に出て女を漁ることもなくなったような気がする。
「でも別におれはしたくない訳じゃないぞ?」
「でも前みたいにやりまくってもないでしょ」
多輝が不服をこめて言い返した言葉に天輝がすぐさま切り返す。多輝は眉を寄せて腕組みをした。浴槽に寄りかかって投げ出した足を組み合わせる。
「あんたの場合は水輝が上手く調整してくれてるからね。他の龍神よりかなり早く覚醒期は過ぎそうなのよ。……まあ、だからちょっとやばそうなんだけど」
湯に浮かべたあひるに緩やかな波を手で送りながら天輝が呑気に言う。それを聞いた多輝は思わず顔をしかめた。相変わらず水輝は自分に干渉しているらしい。優一郎や蒼から聞いた話で何となくは理解出来ていた多輝だったが、天輝からストレートに聞かされてさすがに閉口した。
「あいつ……人のこと構ってる場合じゃねえだろうが」
ぼやきにも似た口調で多輝はそう言った。あひると戯れていた天輝がそんな多輝を横目に見る。それから天輝はゆらりと片腕を伸ばして多輝の胸にぴたりと指を当てた。訝りに眉を寄せた多輝の胸を指で左肩から右のわき腹に向かって斜めになぞる。
「あたしにはもう見えないけど、あんたここに傷があるでしょう」
「あー?」
怪訝に思いつつも多輝は自分の身体を見下ろした。そういえば前に優一郎に言われたことがあるような気がする。傷も何もない胸を手で押さえてみる。だがそうしてみても多輝の手には傷痕は感じられなかった。
あひるを浮き沈みさせていた天輝が小さく息を吐いてそっぽを向く。
「何だよ」
意味のわかんねえことばっか言いやがって。そうぼやいて多輝は頭をかいた。ついでに湯を両手にすくって顔を洗う。濡れた前髪を指でかきあげたところで天輝が振り返る。肩越しに見返った天輝は不思議な笑みを浮かべていた。
「んじゃ、そろそろあがろっか。あんまり長く入ってると湯あたりするしね」
一転して明るく言って天輝が勢いよく立ち上がる。はいはい、とやる気のない返事をして多輝も浴槽から出た。いつの間にか用意してあったガウンを互いに着込み、かごに入れておいた服を抱えて元の脱衣場から出る。言われるままに向かった部屋には大きなベッドとドレッサーやテーブルセット、ついでに簡易キッチンがあった。二人が部屋に着くと、膨れ面でテーブルについていた祐が立ち上がる。どうやら祐は先にここに案内されていたらしい。
「楽しかった?」
その問いかけは自分にではないだろう、と判断して多輝は祐の傍を通り過ぎて部屋の奥に進んだ。天輝が祐ににっこりと笑って頷く。
「祐ちゃんもくればよかったのに。うちの風呂、おっきくて泳げるし」
明るい声で言いながら天輝が髪留めを外す。手にしていた洗面器や服を手近のソファに放り、天輝はさっさと祐の傍を抜けた。不服そうにしていた祐が慌てたように天輝の後を追う。
「次はお願いするわ」
にっこりと笑って言ってから祐が椅子に置いてあった自分の鞄を取る。多輝はまとめて抱えていた服を空いた椅子に置き、畳んだシャツのポケットを探った。煙草を引っ張り出してから訊ねる。
「喫煙所はどこだ」
「ないわよ、そんなもん……って、あんたねえ……」
多輝の手元を見た天輝が呆れたようなため息をつく。多輝は仏頂面で手の中に目を落とした。仕方なく握っていた煙草とライターを服の中に戻しかける。だがその前に天輝が言った。
「仕方ないわねえ。いいわよ、吸っても」
呆れたような顔で言ってから天輝が壁際に寄る。淡い色合いの壁紙の張られた壁にはスイッチボックスのようなものがあった。天輝がそれを操作すると斜めに設えられた天窓が開く。それと同時に外からは爽やかな風が部屋に舞い込んだ。多輝は天輝に礼を言ってテーブルにあった灰皿を持って天窓の真下に移動した。手首のスナップを効かせて煙草を一本だけ飛び出させてからフィルターを唇で受け止める。
多輝がのんびりと煙草を吸っている間に天輝と祐がベッドに上がる。どうやら事前に機体チェックをするらしい。多輝は二人の様を少し離れた場所から見つめた。ガウンを開いた天輝がころんとベッドに横たわる。
機械の表現をどうしよう、と悩んだ形跡がありますね!(汗)
当時は四苦八苦していました。