「多輝」
ふと祐に呼ばれて多輝は何だ、と低い声で答えた。
「多輝はあいつにいろいろ指図されて、窮屈じゃないの? 別にあんな奴の言う事なんか聞く必用無いんじゃない?」
携帯端末を片手に振り返った祐が言ったことについてしばらく考えてから多輝は肩を竦めた。祐があいつと言い表したのは優一郎のことだろう。
「別に窮屈とかは気にしたことないが? ただ、妙なところに拘り持たれるとちょっと対応に困るかな」
短くなった煙草を灰皿に押し付け、新しいものを咥えながら多輝は素直に答えた。すると祐がふうん、と口の中で言う。何を考えているのか読もうとして多輝はそれを断念した。祐の思惟には強い障壁が張り巡らされていて簡単には覗けそうにない。
「そういえば、多輝って死のうとしたんでしょ? どうして?」
言われた多輝は軽く目を見張って息を飲んだ。だがすぐに平常心を取り戻す。祐はじっと多輝を見つめているだけだ。その顔には感情らしいものは浮かんでいない。多輝は少しの間、そんな祐を見つめてから答えた。
「何だよ。そんなことに興味あるのか? お前には他人事だろう」
当り前の口調で言ってから多輝は煙草に火を点けた。ようやく少しずつ身体の方も落ち着いてきてくれたようだ。硬くそそり立っていたペニスも徐々に力をなくしている。咥え煙草で移動して多輝はベッドの傍に落ちていたガウンの紐を拾った。腰に巻きつけて適当に結わえる。
「そんな風には全然見えないから。不思議に思っただけ」
多輝の動きを目で追いかけていた祐が静かな口調で言う。多輝はふうん、と呟いてベッドから離れた。仰向けにされた天輝は不思議なほど穏やかな表情で停止している。ひょっとしたら交わっている間に愛しい相手とのことを思い出したのかも知れない。そんなことを考えながら多輝は天窓の下に戻った。
「簡単なことだろ。優一郎が行く道とおれが生きることとを天秤にかけたら、たまたまおれのが軽かったってだけの話だ」
肩を竦めて答えてから多輝は唇に挟んだ煙草を指で剥がした。吸い込んだ煙を天井に向けて吐く。
「それでも別に死ぬ必用はないじゃない? 自由に生きればいいんだし」
「そんな生き方知らねえし」
呆れたような祐の言葉に多輝は即答した。すると祐が眉を寄せて口を少し開ける。何事かを言おうとしたのだろうが、上手く言葉に出来なかったらしい。
「大体、つまんねえだろ。そういうのって。そもそもおれ、あの時まで優一郎に一緒に行きたいなんざ言われたことがねえんだしよ」
多輝は顔をしかめてそっぽを向いてそうぼやいた。だから他の誰かと共に歩むと決めたのなら、せめて邪魔をしたくないと思ったのだ。多輝は煙草を唇に挟み直して深く息を吸った。
「うらやましいな……」
「あー?」
ぽつりともらされた祐の言葉に多輝は強く眉を寄せた。見るといつの間にか祐が俯いている。多輝は呆れたため息を吐いて煙草の灰を灰皿に落とした。
「そういう相手が居るっていいなあって。あたしはきっとそうはなれないから……」
そう言いながら顔を上げた祐が苦笑のような表情を浮かべる。多輝は祐をじっと見つめてからけっ、と喉の奥で言った。
「どーせおれもお前もみんなあのくそ野郎の生き方に巻き込まれるに決まってる。退屈だけはしないだろうが、逃げることも出来ないんだぞ、きっと」
そんな中のささやかな違いなど、正直なところどうでもいいだろう。そう付け足して多輝は深々とため息を吐いた。
「あの人の運命に巻き込まれるならいくらでも巻き込まれたいわ。でも、あたしは必要が無くなったら消えて無くなってしまうんじゃないかって……」
しんみりとした寂しげな顔で祐が言うのを聞いて多輝は小さく笑った。真面目に言ったつもりのことを笑われたと思ったのだろう。祐がしかめっ面になる。だが多輝はそんな祐を横目に見ながら知らん顔をした。だがよほど腹に据えかねたのか祐がそんな多輝に何よ、と不服そうに言う。
「消えやしないだろ、別に」
天輝から注がれた力が何かを覆い隠したのが判る。多輝は自分の額を指で押さえながら苦笑した。どこまでも他者を気にかけてばかりの憎たらしい男のことを思い浮かべ、多輝は鼻で笑った。
「結局、あたしはあいつの影に過ぎないから……」
「影とかあんまり関係ねえんじゃねえか? 何なら男の時に水輝とやってみりゃ判るんじゃねえの?」
何の気なしに言いながら多輝は額に当てていた指を離した。のんびりと煙草を吸いながらはたと我に返る。自分の言ったことを思い返して多輝は渋面になった。何で急にそんなことを自分が言ったのか判らない。
「水輝さんって、そういう趣味あるの?」
不思議そうな顔で祐が訊ねる。多輝は慌てて首を横に振った。
「いや、ノーマルだったとおも……何でおれ、こんなこと言っちまったんだ?」
自分で自分が信じられず、多輝は煙草を灰皿にねじ込んで口許を手で押さえた。どう考えても自分の発言が理解出来ない。何が悲しくて男同士での交わりを推奨しなければならないのだ。しかも自分がそうするなどと到底考えられないのに。
「もしそうだったら、あたしなんかいよいよお呼びじゃ無いかもしれないわね」
遠い眼差しになって祐が呟く。多輝は口から手を剥がして何気なく言った。
「何でそんなこと思う? そもそも人格は」
そこまで言って多輝は慌てて首を横に振った。龍神として覚醒してから時々、こんな風に自分の意志ではなく喋ってしまう時がある。過去の記憶を断続的に見せられた時は特にその傾向が強かった。だがここ最近はそんなこともまるでなかったのだ。
いかん、と頭を振って多輝は深呼吸した。あー、と低い声で呻いてから肩の力を抜く。
「そうなったらおれが抱いてやるよ。それでいいだろが」
えへん、と咳払いをしてから多輝はそう言った。すると祐が目を丸くして多輝を凝視する。だがすぐに祐は顔をめいっぱいにしかめた。
「あたしが好きなのは、水輝さんだけよ」
つんと横を向いて祐がそう吐き捨てる。多輝は僅かに目を細めて苦笑してから肩を竦めた。はいはい、と投げやりに言うと祐が不満げに唇を尖らせる。多輝はそんな祐を笑ってから天窓の外に見える空に目をやった。遠くに見える青く透き通った空に浮かんでいた雲はいつの間にか風に流れて消えてしまっている。多輝はしばらくの間、壁に寄りかかってぼんやりと空を仰いだ。
時々、デンパ的になる多輝です。
次から六章です。