※この作品はR-18です。

狩りの終焉 一部   作:伊駒辰葉

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キスシーンはありますが、エロシーンはありません。


久しぶりに微睡みの朝なんだけど 3

「あの! わたしの有用な能力を紫さんに移してわたしの存在を消したりすることは不可能なのでしょうか?」

「無理だな」

 

 きっぱりと答えて水輝は奈月を軽く睨んだ。自分ではいい思い付きだと思っていたのだろう。それまで明るかった奈月の顔が急に曇る。

 

「まず、互いの器に差がありすぎる。今の紫じゃあ奈月の力の欠片を納めるのがやっとだろう」

 

 不安そうな顔になった奈月に水輝は厳しい顔でそう説明した。何か言いかけた奈月を目で制して水輝は続けた。

 

「例え紫に力の一部が移ったとしても、属性が大きく異なる以上、維持するのは無理だ」

 

 すらすらと説明しながら水輝はさりげなく奈月を両腕に抱えた。抱きすくめた奈月が腕の中で微かに身を震わせる。水輝は奈月の胸に顔を埋めながら不機嫌に言った。

 

「でもってこれが一番の理由だが、おれは奈月を消す気はさらさらない。それとも奈月はおれを見捨てる気か?」

 

 低い声で言って水輝は顔を上げた。驚きに目を見張った奈月が焦ったように首を横に振る。

 

「そんなことありえません! ですけど、今の状態を続けるのは無理です。このままだと水輝さんが……」

 

 奈月はそこで声を詰まらせて涙ぐんだ。水輝は落ち着け、と呟いて奈月の目元に唇を寄せた。浮かんだ涙を吸い取って唇で奈月の目元を拭う。

 

「わたしがいるから、わたしが紫さんの居場所を奪ってるから歪みが生じているんです。だから紫さんはわたしに警告の思惟を飛ばしたんだと思います」

「逆だろ」

 

 涙ながらに訴えた奈月の言葉を水輝は冷ややかに否定した。途端に奈月が息を飲む。水輝は深い息をついて表情を緩めた。朝から色気がないな、と苦笑して奈月をそっとベッドに下ろす。

 

「とにかく紫の方はおれが処理するから、奈月は心配するな」

 

 苦い気分で言って水輝はベッドを降りた。古びた椅子にかけてあった服を取り上げる。手早く服を身につけてから水輝はベッドの縁に腰掛けた。ついでに煙草とライターを枕元から取り上げる。

 

「水輝……さん?」

 

 不安そうに奈月が声をかける。煙草を咥えながら水輝は肩越しに奈月を振り返った。右手の指を鳴らすと奈月が一瞬で制服を身にまとう。ついでに鞄も部屋から引き寄せて水輝は笑った。

 

「大丈夫だって。別に物騒なことは考えてない」

 

 決して結ばれることはないのだと最初から判っていた。互いにどんな惹かれ合っていようとも、どちらもその想いを口にすることはあり得ない。だからこそ関係が成立するのだと、いつだったか立城が微笑みながら言っていた気がする。

 

 奈月の夢を叶えたつもりで、本当はおれは自分の願いを実現したかっただけなのかも知れない。そんなことをふと考える時がある。水輝は浮かんできた考えを追い払うために頭を強く振った。

 

「水輝さん、わたしにできることなら、なんでもします。必用なら、いつでも言ってください」

 

 にっこりと笑って奈月が言う。水輝は火の点いていない煙草を唇から引き剥がして笑った。自分の唇を指差す。

 

「じゃ、キスして」

 

 からかい混じりに言って水輝は目を閉じた。こんな風に頼んだことがないからだろう。奈月がうっ、と小さく呻く。

 

「わ、わかりました」

 

 妙に気合を込めて言った奈月がじりじりと水輝に近付く。片目を開けてその様子を見てから水輝は苦笑した。ベッドに腰掛けて振り返った格好の水輝に膝ですり寄った奈月が恐る恐るの態で手を伸ばす。頬を両手に包まれたところで水輝は開けていた片目を閉じた。気配がじりじりと近付いてくる。吐息がかかる距離にまで奈月が迫ったところで水輝は唐突に声をかけた。

 

「あ。ディープキスでよろしくな」

 

 すらりと言った水輝はもう一度片目をあけた。間近に顔を近づけていた奈月が真っ赤になっているのが見て取れる。ほら、と笑って水輝は目を閉じた。ほどなく奈月の柔らかな唇が押し付けられる。水輝はいつもとは逆にされるがままに唇を開いた。細くした奈月の舌が口の中に滑り込んでくる。舌先でつつかれたところで水輝は舌を動かした。不器用に奈月の舌が水輝の口の中を動き回る。

 

 ふと、上顎の裏を奈月の舌が掠める。その瞬間、水輝は小さく呻いて身体を震わせた。反射的に身体が緊張する。

 

「んふっ!」

 

 奈月の手が水輝の後頭部に回り、より深く口付けられる。水輝は思わず目を見張って息を潜めた。身体から自然と力が抜け、煙草を持った手が力なく垂れ下がる。指の間から煙草が床に転がり落ちたことにも水輝は気付かなかった。目をかたく閉じて腕を伸ばそうとした水輝の口の中で奈月の舌が躍る。くらりとするような心地の良さに水輝は深い息を吐いた。力の抜けた身体が自然と傾く。

 

 ベッドに倒れた水輝に驚いたのか、奈月が小さな悲鳴を上げる。水輝は力なく笑って目元を手で覆った。

 

「相当疲れてるのかな、おれ」

 

 そう呟いてから水輝は身を起こした。戸惑った表情の奈月に大丈夫だから、と笑いかけて中空を見つめる。

 

「千佳!」

 

 水輝の呼び声に応えて空気が揺れる。僅かの間の後にウェイトレスの格好をした千佳がその場に現れた。手にしていたトレイを放り出して嬉しそうに水輝に駆け寄る。

 

「水輝様あ!」

 

 避ける気力もなく抱きつかれながら水輝はため息混じりに言った。

 

「千佳。奈月を学校に送ってやってくれ」

「え? それはいいけど」

 

 きっと千佳が急にいなくなった喫茶店では渚が怒っているだろうが、後で何とか言い訳できるだろう。そう考えながら水輝はいいから、と千佳を引き剥がした。えー、と不服の声を上げる千佳をベッドから追い払う。千佳は渋々の態でベッドを降りてから奈月ににっこりと笑いかけた。

 

「いこ! 奈月ちゃんっ」

 

 千佳はかつてハンターをはぐれた者として街を徘徊していた。人に手をかけようとした千佳を拾ったのは水輝だ。そして千佳は水輝の力で淫魔と呼ばれる者に作り変えられた。今は人の格好をしているが、千佳の本来の器は鴉を基に作られているのだ。千佳の翼なら清陵の学校にもすぐにたどり着けるだろう。

 

 何かを言いかけた奈月の手を引いて千佳が部屋を出て行く。水輝はそれを見送ってからため息を吐いた。閉まったドアの向こうに千佳の賑やかな声が遠ざかる。一人、部屋に残された水輝はふらりとベッドを降りた。靴を履いてベッドの縁に腰掛け直す。

 

 所詮、夢は夢。そう呟いて水輝は口許に淡い笑みを浮かべた。奈月のたどたどしい口づけは水輝の記憶を否応なく叩いた。優しい柔らかな笑みが脳裏に浮かぶ。今の紫にはもう、その面影すら残っていない。顔の造作が似ていてもまるで別人なのだ。そのことは水輝もよく判っているつもりだった。

 

 でも気がつくと紫の中に別の誰かを見ようとしている。水輝はため息を吐いて力なく俯いた。放り出すことが出来ないと都合のいいことを言いながら、いつまでも紫の中に別の夢を見ようとしているのは自分なのだ。

 

「……なにしてるんだろうな、おれは」

 

 もうどこにもいないと判っているのに、無意識のうちに探してしまう。それが危険だと判っているから、気配の最も濃い優一郎には近づけない。祐の笑顔を脳裏に思い浮かべて水輝はぽつりと会いたいなあ、と呟いた。




水輝が悶々としてるっていうか、ぐるぐるしてるっていうかw
迷ってる感じです。
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