捕食者サキュバスさんの食べ歩き日記 作:仮面紳士
「……さて。あんまり気乗りしないけど、行こうか」
キャロラインを食べて英気を養った後。
レミーは魔法を使って姿を変えた。
身長が伸び、髪が黒く染まり、顔立ちから幼さが消え、スタイルはいつも以上のボン・キュッ・ボンに。
服も魔女帽子とローブの美少女魔法使いから、露出の多い漆黒の妖艶なドレスに。
人間社会で使っているレミー・セクシャルテの姿から、数少ない
「じゃあ、行ってくるね。ベッドの掃除よろしく」
「かしこまりました。行ってらっしゃいませ」
ゴーレム執事に後片付けを任せ、レミーは玄関の扉に向かって魔法を行使。
空間魔法が発動し、かつてマーキングを付けた相手のところへと道が繋がる。
「おーい、生きてるー?」
「フフ、誰かと思えば『色欲』ですか。私のことを笑いに来ましたか?」
扉が繋がった場所は、とある森の中。
そこにいたのは、血まみれで木にもたれかかって座っている一人の優男だった。
顔が焼けただれていて、右腕も失っている。
だが、言動自体はハッキリしていた。
「なんだ、思ったより元気そうじゃん。その状態で目撃者に逃げられるなんてヘマしたんだから、もっと瀕死かと思ってたよ」
「フフフ、瀕死だったら、その便利な魔法で助けてくれましたか? 相変わらず羨ましい魔法ですね、私に寄越せ」
「そうやって、すーぐ本性が出るから、色欲仲間以外の悪魔は嫌いだ」
本気でこっちの力を奪おうとしてきた優男の顔を、足で踏みつけて背後の木とのサンドイッチにして拘束する。
木がミシミシと悲鳴を上げた。
「っていうか、お前の魔法じゃ他の魔王クラスの力なんて吸収できないんだから、こんなことしても無駄だってわかるでしょ?」
「わかっていても己の欲求を抑えられない。悪魔とはそういうものでしょう?」
「ま、そうなんだけどさー」
自分だって上手いこと欲求を発散しているからこそ理知的でいられる。
それが無ければ、今頃何もかも忘れてカイルとメルを吸い殺していただろう。
悪魔とは難儀なものだ。
「で、なんのご用ですか?」
「うん。まあ、先輩のよしみで、少しは助けてやろうかと思ってね」
空間が歪み、虚空から何かが現れる。
ミルク係くんやキャロラインを拘束していたものと同じ、黒くてヌメヌメした冒涜的な触手の塊だ。
ゴーレム執事と同じく、レミーの魔法で作り出された使い魔である。
「ほい」
足を退けてそれを投げれば、触手は優男に吸い込まれるようにして消失した。
触手の力ではなく、優男の悪魔としての能力だ。
「ほう」
直後、優男の千切れていた右腕から、黒くてヌメヌメした触手の腕が生えてくる。
その感触を確かめて、優男は少し驚いたように目を見開いた。
「これは驚いた。最高位の魔獣の体より性能が良い」
「あんな調整も何もされてない、自然発生の連中と一緒にすんなっての」
「……空間魔法といい、あなたは悪魔固有の魔法以外に強力な手札を持ち過ぎですね。私も欲しい。寄越せ」
「長年の努力の賜物だよ。欲しけりゃ少しはお前も奪うだけじゃなくて鍛えろ」
「『強欲』に対して無理難題を仰る」
早速、新しい力を使って襲いかかってきた優男を、触手に仕込んでおいたマスター権限を使って停止させる。
彼は不機嫌そうな顔で、その解析と解除を開始した。
「ああ、ちなみに、お前大分詰んでるよ。
目撃者を逃がしたせいで聖剣教会に捕捉されたし、今だけは私の魔法で見えないようにしてるけど、監視もベッタリ張りついてる。
少しすれば、近場の勇者が集結して袋叩きだ」
「……空間魔法で逃がしてくれたりは?」
「しない。私にも思惑があるからね。ただ──」
手札とは別に切り札もあげよう。
そう言って、レミーは再び空間魔法で虚空から何かを取り出した。
「鍵?」
「そ。私でも制御不能の特級戦力を呼び出す鍵。しかも二本。
多分、有効期限も殆ど残ってないだろうし、特別にあげるよ」
「あーん」
「なお、さっきの使い魔と違って、その鍵は私の魔法がそのまま物質化したものだから食べられません」
「チッ」
強欲の魔王は舌打ちして、二本の鍵を懐に仕舞った。
最低限、この手のやり取りが通じるだけ、ありがたい。
話が通じる魔王は貴重だ。
「じゃ、私はもう帰るから。せいぜい頑張って、私の負担を少しでも減らしてくれたまえ」
そう言って、レミーは空間魔法の扉を潜って退散した。