新米冒険者が、悲惨な人生を送ってきたダークエルフの奴隷少女を買った話。 作:仮面紳士
「よっしゃ! 行くぜ!」
ライラがパーティーに加入してから数回依頼をこなし、大分パーティーとしての動きに慣れてきた頃。
とうとう新生飛翔の槍牙がダンジョンに挑む日がやってきた。
リーダーのディオンが、嫌に高いテンションで皆を引っ張っていく。
「オラァ!!」
「グギャ!?」
早速、ディオンが一体目の大物を仕留めた。
体調2メートルほどの巨大狼『ファングウルフ』が、ディオンの槍に額を貫かれて絶命する。
牙にそれなりの価値がある魔物であり、回収すればそれなりの収入になる。
幸先の良いスタートだった。
「ハァアアア!!」
「ギャン!?」
「ガウッ!?」
「ガッ!?」
群れで来ていたファングウルフの残りの数体も、ディオンが難なく処理。
攻撃魔法も、支援魔法も、治癒魔法も、仲間による援護すら必要の無い瞬殺。
さすがパーティー唯一のCランク冒険者といったところだろう。
「な、なんか気合い入ってるね」
「そうだなぁ。浮かれてるなぁ」
「素敵です……!」
妙にやる気のディオンにダンは訝しげな顔になり、アデルはなんとなく狙いを察して微笑ましい気持ちになり、ミザリーは純粋にディオンのカッコ良さに酔いしれた。
ライラは特に何も思わずに周囲の警戒を続けている。
「ふぅ! ま、楽勝だな!」
「お疲れ様でした、ディオンさん!」
戦闘が終わり、ミザリーがディオンに駆け寄って、汗を拭うための布を渡した。
アデルは斥候として増援を警戒。
ダンとライラはファングウルフの牙の剥ぎ取り。
ディオンは自分の活躍が『本命』に刺さった様子が無いのを見て、内心で歯噛みした。
(……まあ、じっくり時間をかけて落とせばいいか)
若き天才冒険者は本命の女に、ライラに視線を送りながらそう考える。
この数日で、ライラは更に飛躍した。
ミザリーの使っていた魔法をなんとなくで再現し、彼女のお株を奪ってしまって更に好感度を下げたものの、ディオンの目にはかなり魅力的に映った。
見ただけで魔法を真似るなんて、まさに天才の所業だ。
魔法使いとしての天才。
戦士としての天才である自分には、ああいう女こそ相応しい。
是非ともハーレムに迎え入れたい。
別にミザリーをお払い箱にするわけではない。
個人の魔力量に限界がある以上、優秀な魔法使いは何人いても困らないのだから。
そのためには……。
「よし。安全地帯だな」
そうこうしている間に、パーティーは魔物が現れないダンジョン内の楽園、安全地帯に到着した。
だが、そこには先約がいた。
「おーう。ダンの坊主じゃねぇか」
「あ、ヘイオースさん!」
Bランク冒険者『飲み歩き』のヘイオース。
ダンジョンの中だというのに、躊躇なく酒を飲んで顔を赤くしている。
ダンジョンを舐めているような様子に、ディオンや真面目なミザリーは顔をしかめた。
まあ、ディオンが顔をしかめた理由はそれだけではないが。
「おい、おっさん。ダンジョンで酒なんか飲んで、死にに来たのかよ?
別に死ぬのは勝手だが、俺達の目の届かないところでやってくれねぇか?」
「ひっく。おいおい、そんな冷たい目で見るなよ、兄ちゃん。
心配しなくても、俺は酔ってるくらいの方が調子が良いんだ。
この程度で死にゃしねぇよ」
「……だったら、こんなところにいねぇで、とっとと先に進んだらどうだ? Bランク冒険者様よぉ」
「おぉう? いつにも増して邪険にしてくるじゃねぇか。なんだ? 俺にいられちゃマズいことでもすんのかぁ?」
「!」
その瞬間、ディオンは少しだけ動揺した。
だが、顔にも態度にも出していない。
こんな酔っぱらいに見抜かれはしないはずだ。
「……単純に、俺はあんたが嫌いなんだよ」
「ハッハッハ! そらどうしようもねぇなぁ!」
ヘイオースは真っ赤な顔で笑い、アグラをかいて座ったまま、居座る気満々で追加に酒に口をつけた。
……不安要素が発生してしまったが、まあ、こいつ程度なら大丈夫だろう。
ディオンの感覚は、この酔っぱらいを脅威とは認定していない。
不正でもしてBランクという不相応な地位を得たのか、それとも飲んだくれるようになって落ちぶれたのか、そんなところだろうと思っている。
そんなのが肩書だけとはいえ自分の上にいるというのは腹立たしいので、嫌いというのは嘘偽りの無い本音だ。
「チッ! ダン! ちょっと付き合え! 他の皆はここで待機だ!」
「え!? あ、わかった!」
ディオンは不快なおっさんを視界から外して、計画を断行した。
ダンを連れてパーティーメンバー達から離れる。
怪しまれる要素は無い。
休憩時間中に、同性のメンバーを連れて離れるのは珍しくもないことだからだ。
何故って?
ここはダンジョンという名の危険地帯。
用を足している間の警戒役は必須である。
「ふぅ……」
ディオンは二人の女を喜ばせてきた立派な逸物を晒して用を足す。
それがチラリと目に入ってしまったダンは、男としての劣等感を覚えた。
「なぁ、ダン」
「なんだい?」
周囲を警戒するダンに、ディオンが話しかける。
「ライラは良い女だよな」
その言葉を口に出した瞬間、ヘイオースのせいで下がっていたテンションが上向いていくのを感じた。
ああ、ようやくだ。
ようやく、このパーティーを相応しい形にすることができる。
「顔も良くて、物覚えも良くて、しかも魔法の天才だ。
治癒魔法だけじゃなく、攻撃魔法も支援魔法も、今じゃミザリーより上手く使ってやがる。
あいつがお前の奴隷とか、不釣り合いにもほどがあると思わねぇか?」
「うっ……!」
ディオンの容赦の無い言葉に、ダンは呻いた。
……否定できない。
全くと言っていいほど否定できない。
確かに、ダンとライラでは、まるで釣り合いが取れていない。
奴隷と主人としても、男と女としてもだ。
彼女は才能に満ちあふれた美しい妖精で、自分は平凡を絵に描いたような、顔も腕っぷしも収入も将来性もタカが知れているような奴。
そんな自分が彼女とあんなことやこんなことができているのは奇跡としか言いようがない。
「なぁ、あいつを俺にくれよ。釣り合いが取れる主人に仕えた方が、ライラも幸せだとは思わねぇか?」
自分を卑下するダンに、ディオンはそんな話を持ちかけた。
昔からの彼の悪癖。
ガキ大将だった頃から、ディオンはダンのものを何度も取り上げてきた。
「もちろん、タダでとは言わねぇ。お前がなけなしの財産を叩いて買った奴隷だからな。
買値の倍、いや三倍は出してやるよ。
なぁ、いいだろ、ダン? 俺とお前の仲じゃ……」
「嫌だよ」
「…………あ?」
その時、ダンはノータイムでディオンの話を断った。
あまりにも躊躇の無い否定に、ディオンは呆気に取られる。
「確かに、能力的には君の方がライラに釣り合ってると思う。顔も腕っぷしも収入も将来性も、俺が君に勝てる要素なんて殆ど無い」
そこは認めるところだ。
ダンは昔から、幼馴染のこの男に負け続けてきた。
敗北感も劣等感も拭えていない。
「けど、俺はもうライラを『物』として扱うつもりは無い。
金で譲り渡すなんてもってのほかだ。
ライラが欲しいなら、真っ当に口説いて落とせ。
もちろん、全力で邪魔させてもらうけど」
未だに隷属魔法を解除できていない男の言えたことではないだろう。
それでも、あんな辛い過去を抱えた彼女を、『人』として幸せにしたいと思ったのだ。
他の誰でもない、自分の手で幸せにしたいと願ってしまったのだ。
彼女と釣り合う男には、これからなる。
たとえなれなくとも、全力で頑張る。
ダンがライラを手放すとしたら、彼女に心から拒絶された時だけだ。
「少なくとも、君には渡さない。ライラのことを顔と能力でしか見ていない君には」
知らないだろう。
彼女が抱えているトラウマの深さを。
表情が乏しくなってしまうほど、感情が擦り切れてしまうほどに虐げられた過去を。
その過去を少しでも乗り越えられたのか、乏しい表情にたまに浮かべてくれる笑顔の愛おしさを。
「俺は奴隷としてじゃなく、一人の女の子としてライラのことが好きだ。好きなんだ。できれば邪魔しないでくれ」
「………………なんだよそれ」
随分と男らしいダンの宣言に、ディオンはワナワナと震えた。
初めてだった。
ダンに、いやガキ大将として率いていた奴らの誰かに、こうも明確な反抗をされたのは。
「ダンのくせに……!」
才気と運気に恵まれ、これまでの人生で、思い通りにいかない出来事と殆ど遭遇してこなかった男、ディオン。
だからこそ、彼は驕る。憤る。
積み重ねられた歪な自信と成功体験が、彼を突き動かしてしまう。
「……なら、仕方ねぇよな。俺はちゃんと『お願い』したのに、金も払うって言ったのに、断ったお前が悪いんだからなぁ!」
「!? ディオン!? 何を……ッ!?」
ディオンは逸物をしまい、代わりに得物である槍を握りしめて、ダンに向かって攻撃を繰り出した。
滅茶苦茶不穏な空気を撒き散らしていたため、警戒してどうにか盾で防ぐことができたが、ディオンの高い身体能力で繰り出された一撃は、一発で盾を持つダンの左腕を痺れさせ、それどころか盾の一部を破損させた。
仮に全ての攻撃を防げたとしても、そう長くは持ち堪えられないだろう。
だが、それ以上に。
「正気か!? 仲間殺しなんてしたらタダじゃ済まないぞ!!」
言うまでもないが、仲間殺しなんて重罪中の重罪だ。
いくら冒険者が半分無法者扱いされている職業とはいえ、犯罪を犯して裁かれないほど秩序が崩壊してはいない。
なのに、
「大丈夫だよ。バレなきゃ犯罪じゃねぇんだ。お前は魔物にやられて、運悪く死んだってことにしとく」
積み重ねられてきた歪な自信と成功体験が、ディオンを増長させる。
今まで大丈夫だったんだから、今回だってきっと上手くいく。
そんな無根拠の信頼が、感情と欲望のストッパーを外してしまう。
「主人が死ねば隷属魔法は解除される。一人になったライラを、俺が優しく迎え入れるって寸法だ。
いつも通り、大人しく俺の言うこと聞いとけば良かったって後悔しながら死ねや!」
「くっ……!?」
ディオンがダンに牙を剥く。
挫折を知らず、思い通りにいかないこと一つで癇癪を起こすような男ではあるが、彼の実力は本物だ。
Cランク冒険者『早駆け』のディオン。
確かな才能と実力でのし上がった男が、己の平凡を自覚しているダンに襲いかかった。