新米冒険者が、悲惨な人生を送ってきたダークエルフの奴隷少女を買った話。 作:仮面紳士
「オラァ!!」
「ぐっ!?」
ディオンが槍を振るう。
突き、引き戻し、また突く。
その連撃が異様に速い。
そのくせ、一撃一撃が重い。
ダンは右手の剣を手放し、両手で盾を支えて、どうにか耐え続けた。
しかし、反撃の可能性を捨て、防御に全振りしてもなお、ディオンの槍はダンの盾をえぐり続け、彼の体勢を崩し続ける。
「フッ!」
「!?」
ディオンが動いた。
素早いステップで横に動き、左腕に装備している盾では防ぎづらいダンの右側から次の一撃。
「うっ!?」
なんとか盾を合わせたものの、無理な体勢では威力に耐え切れず、ダンは吹き飛ばされて大きく体勢を崩した。
「ハッ! 弱ぇな、ダン!!」
そこへ容赦の無いディオンの追撃。
どうにか体勢を立て直そうとするも、その前に攻撃される。
立て直しの時間を与えてくれない。
この速攻こそが『早駆け』の真骨頂。
やはり、ディオンは強い。
「そら!」
「ごはっ!?」
そして、とうとう一撃を浴びた。
横薙ぎに振るわれた槍の柄が、ダンの脇腹を思いっきり叩く。
着込んだ革鎧では防ぎ切れない威力。
激痛が走り、ダンの体は地面を転がる。
「ハハハ! 弱ぇ弱ぇ! そんなザマで、よく俺に大口叩けたもんだなぁ!」
「う、ぐっ……!」
痛みを堪え、迫りくる
亀のように蹲って防戦一方。
これがダンとディオンの実力差。戦士としての才能の差。
これが現実。
いくら愛を叫ぼうとも、いきなり覚醒して強くなることは無い。
現実は残酷で、不可能がいきなり可能になったりはしない。
ライラが人族に受け入れられないように、ダンではディオンに勝てない。
(それでも……!)
負けられない。死ねない。
ライラを置いていきたくない。
いなくならないでくれと言ってくれた彼女を、少しずつ自然な表情を浮かべてくれるようになった彼女を、こんな残酷な世界に一人残して死ねるか!
━━ダンは大きく息を吸い込んだ。
「誰かぁーーーーー!! 助けてくれぇーーーーー!!」
「ッ!?」
亀のように蹲ることで乱れた呼吸を整える時間を稼ぎ、ダンは渾身の大声で助けを求めた。
腹の底から捻り出した大声が、ダンジョンに響き渡る。
「テメェ……!? プライドってもんはねぇのか!?」
「ぐっ!?」
ディオンの詰問に答える余裕もなく、ダンは再び全神経を防御に集中する。
必死で生にしがみつく。
今の大声がヘイオースあたりに届いていることを祈って、助けが来るまでの時間を稼ぐ!
勝てないのなら、勝てなくとも生還できるかもしれない選択肢に賭けるしかない。
プライドなんて知ったことか。
惨めに助けを求めてでも、みっともなく命乞いをしてでも。
なんなら昔から嫌いで嫌いで仕方ないディオンの靴だって舐めてやる。
それでライラのもとに生きて帰れるのなら。
「チッ……!」
槍が体のあちこちをえぐり、血反吐を吐きながらも醜くあがくダンに、ディオンは舌打ちした。
こんなところを誰かに見られたら終わりだ。
なんとしてでも、誰かが駆けつける前にダンを殺し、魔物の仕業に見せかけなければならない。
(今の大声があいつらのところに届いてたとして……来るまで数分ってところか)
それだけあれば充分。
元々、場合によっては襲ってやろうと思っていたため、用を足すのに適した安全そうな場所を探すふりをして、仲間達のいる安全地帯から少し離れた場所まで連れてきた。
加えて、
「……本当はちゃんと殺してから使うつもりだったが、仕方ねぇ! そらよ!」
「!?」
ディオンは通ってきた通路に向かって何かを投げた。
小さな水晶玉のような何か。
それは床に落ちて砕け散り、破片がダンジョンの床に吸い込まれるように消えていき……異変が起こった。
「ギィィィィ!!」
「グガァアア!!」
「ビビビビビ!!」
「なっ!?」
床がヒビ割れ、そこから何体もの魔物が現れる。
ダンジョンによる魔物の生成。
それを意図的に発生させたのだ。
「『狂騒玉』!?」
「その通り! 前に宝箱から出てきたのを、売らずに取っておいたのさ!」
狂騒玉。
ダンジョンが生成するお宝の一つ。
本来なら、大量の魔物を意にも介さないような上級冒険者パーティーが、魔物の素材を欲して使うアイテム。
しかし、当然ながらこういう使い方をする悪質冒険者もいるから注意しろとギルドで言われていたのだが……まさか仲間内で使われることになるとは。
「これで、あいつらは安全地帯から出られねぇ! 俺はお前が魔物の餌になるのを見届けてから、悠々と帰らせてもらうぜぇ!」
「くそっ……!!」
これは本当にヤバい。
もしかしたら、Bランク冒険者のヘイオースなら、この大量の魔物を突破することもできるかもしれない。
だが、間違いなくそれなりの時間を取られるし、その間、ダンがディオンと魔物の両方を相手に生き残れる可能性は極めて低い。
絶体絶命だ。
かくなる上は命乞いを……。
「ワォォォォン!!」
「ッ!?」
「お、好都合だな!」
その時、生成された魔物の一体、ファングウルフが満身創痍のダンに襲いかかってきた。
ディオンは自分に向かってくるモンスターを簡単に仕留めながら、ニヤニヤとした目でダンを見ている。
命乞いを聞き入れてくれそうな態度には見えない。
(ごめん、ライラ……!)
涙が出てくる。
……もはや、これまでかもしれない。
ダンは迫りくる死の気配を強く感じながら、心の中でライラに謝った。
「ああああああああ!!!」
そして、あふれる涙を拭う暇すら惜しんで、咆哮を上げながら目の前の魔物に抗った。
死ぬ可能性の方がずっと高い。
生きて帰れる可能性は、ほぼほぼゼロだ。
それでも、最後の最後まで諦めない。
ほんの僅かでも生存の可能性が残っていると信じて抗う。
「みっともねぇ! 往生際が悪ぃ! 諦めて死ねや!!」
ファングウルフの相手で手一杯のダンに、横からディオンの攻撃までもが迫る。
避けられない。
耐えられない。
完全にチェックメイトだ。
ダンは己の無力を恨んで歯を食いしばり、ディオンはその整った顔に壮絶で醜悪な笑みを浮かべ……。
「ご主人様!!」
その時、ありうべからざる声が聞こえた。
「は? がっ!?」
「ギギャァアア!?」
そして、次の瞬間、ディオンとファングウルフが吹き飛んだ。
大砲のような水の魔法に飲み込まれて。
それを成した術者は、自分の魔法の結果すら確認せず、かなり慌てた様子でダンに走り寄ってくる。
「ご主人様! ご主人様ッッ!!」
「ライラ……? なんで……?」
あの大声を出してから、まだそれほど時間は経っていない。
駆けつけてきたにしては早すぎる。
大量の魔物はどうしたのだろうか?
ファングウルフとディオンにやられた数体以外は向こう側、つまりライラ達の方に行っていたはずだ。
それをどうやって……。
「ッ!? 酷い怪我……! 『
だが、そんなことはどうでもいいとばかりに、ライラはダンの治療を始めた。
ディオンにやられた傷は深いものも多い。
いくら魔法の天才とはいえ、まだ治癒魔法を覚えてからそう時間の経っていないライラでは、即座に全快させることはできない。
そして、
「ああ、くそ……! やってくれたじゃねぇか……!」
まだ多少の治療しかできていない状態で、ディオンが戻ってきてしまった。
完全不意打ちの水魔法を食らったというのに、そこまでのダメージを負った様子が無い。
当たる寸前に槍撃で相殺したのだろう。
外道でも、彼は紛れもない強者なのだ。
「いくらなんでも来るのが早すぎだろ! ……けど、まあ」
そこで、ディオンはニヤリと笑う。
「ライラ一人だけなら、まだ大丈夫だ。亜人奴隷に人権はねぇからな。
余計なこと言う前に、俺が隷属魔法の主人になって、口を閉じさせれば済む話だろ」
そうして、ディオンは再び槍を構える。
「ダンをぶっ殺して、お前をいただく。新しいご主人様が躾けてやるよ!」
「!」
ディオンの欲望に満ちた視線に射抜かれて……ライラはカタカタと震えた。
似ていたのだ。
今のディオンの姿が、ライラを虐げて欲望のはけ口にしていたロリコンクソ貴族に。
そっくりなのだ。
ライラのことを人ではなく、自分の所有物として見てくる、その目が。
「ライラ、俺に支援魔法をかけてくれ」
そんなライラを守るように、ダンがボロボロの体で立ち上がった。
「君に助けられなきゃ死んでた奴の言葉なんか信じられないかもしれないけど……それでも信じてくれ。
俺は絶対、君を守るから」
「!」
ズタズタにされた安物の革鎧を身に纏い、武装は破損寸前の盾だけ。
背も決して高くはない。
筋肉もムキムキとは決して言えないくらいしかついていない。
強者のオーラも感じない。
何かを成し遂げるような特別な存在には全然見えない。
そんなどこにでもいるような少年が、みすぼらしいボロ雑巾のような新米冒険者が……何故か、凄く頼もしく見えた。
「……『
だから、ライラは言われたことをちゃんとやることができた。
命令ではなく、自分の意志でやったという感覚が確かにあった。
「ハッ! 支援魔法を貰ったくらいで、お前が俺に勝てるかよぉ!」
強化されたとはいえ、多少の回復ができたとはいえ、依然として満身創痍と言えるほどに消耗したダンに、ディオンが襲いかかる。
第二ラウンドが始まった。