新米冒険者が、悲惨な人生を送ってきたダークエルフの奴隷少女を買った話。 作:仮面紳士
「ハッ!!」
「うぉおおおおおお!!!」
ディオンとダンが正面からぶつかる。
ライラの支援魔法によって、身体能力は互角にまで引き上げられていた。
だが、
「オラァ!!」
「ッ!」
身体能力は互角でも、技術ではディオンが上。
ディオンのセンスに任せた槍捌きは、ダンの実直に鍛錬を重ねて培ってきた戦闘術を簡単に上回る。
それでも、せめて剣があればもう少しマシな戦いができただろうが、序盤に盾を両手で支えるために手放してしまったので、どうしようもない。
「なっさけねぇ! 支援魔法を貰ってその程度かよ!!」
「!!」
ディオンの槍を盾で受ける。
支援魔法のおかげで力負けはしなくなったが……このままではダメだ。
天才ディオンの攻撃を防ぎ続けてくれた盾は既に限界。
もう、いつ壊れてもおかしくない。
この状況で盾まで失えば、ダンは勝つことはおろか、助けが来るまで持ち堪えることすらできないだろう。
だから、
「おおおおおおお!!!」
「あぁ!?」
彼は勝負に出た。
盾を構えたまま、強引に前に出る。
シールドチャージ。
盾が壊れる前に、どうにか形勢を変えうる一撃を入れようとして……。
「しゃらくせぇ!!」
「!?」
より強い力を込めたディオンの一撃によって、ついに盾を砕かれてしまった。
そのまま直進した槍が、鎧を削りながらダンの肩をえぐる。
「ぐぅ!?」
痛い。
痛いけど……チャンスだ。
今の一撃に力を込めた分、しかも盾が壊れたことでより深くまで槍が伸びた分、引き戻すまでの時間も伸びている。
おまけに、ダンの方も盾で防ぐつもりで前に体重をかけていたため、つんのめって一歩前に踏み出している。
二つ合わせて、偶然にもダンは、ディオンの槍の内側に足を踏み入れていた。
偶然。幸運。ラッキー。
弱者に許された、強者との差を埋めうる要素の一つ。
諦めることなく前に出たからこそ、ダンはそこにあった幸運を掴み取ることができた。
「らぁあああああ!!!」
「がっ……!?」
ディオンの懐にて、ダンは拳を握り、渾身の右ストレートをディオンの顔面に叩き込んだ。
頬を思いっきり殴り飛ばされ、ディオンの体が傾く。
「いってぇなぁ!!」
だが、歪んだ天才はすぐに体勢を立て直した。
至近距離では振るえない槍を手放し、空いた右手でダンの顔を殴り返す。
「ぐっ!?」
「調子に乗んな!! テメェは殴り合いの喧嘩でも、俺に勝てたこと無かっただろうが!!」
ディオンの拳が、蹴りが、ダンの体を打ち据える。
槍でえぐられた傷も容赦なく狙ってきて、激痛が走った。
けれど、
「ああああ!!!」
「ぶっ!?」
負けじとダンも殴り返す。
さっきまでに比べれば、今の状況は遥かにマシだ。
片や武装を砕かれ、片や武装を手放し、超至近距離での殴り合い。
武器の差も無くなり、支援魔法のおかげで身体能力は互角。
冒険者になってからは、お互い武器の扱いを第一に覚えてきたため、いかな天才ディオンと言えども、ステゴロの戦闘技術は槍術に遥かに劣る。
それでも天才的なセンスを持つディオンの技術は未だにダンより上だが、一方的な差ではなくなった。
根性で食らいつける程度の差だ。
「おおおおおおおお!!!」
「うっ!? ぐぁ!? だから、調子に乗んなぁああああ!!!」
殴り合う。殴り合う。殴り合う。
二人の男が殴り合う。
あまりに二人の距離が近すぎるため、誤射を恐れてライラも手を出せない。
「「うぉおおおおおおお!!!」」
両者、一歩も引かず。
一旦距離を取って武器を拾いに行こうとか、そういう小賢しいことを全く考えていない。
ダンはディオンにここまで肉薄できた今が最大のチャンスだと思っているから。
ディオンはもっと単純に、格下のダン相手に引くとかありえないから。
結果、意地の張り合いのような殴り合いが続いた。
ダメージが蓄積しているのはダンの方だ。
しかし、彼は倒れない。痛みに怯まない。
物理的に動けなくなるまで止まらないとばかりに、痛みを恐れず攻め続け、壊れたように拳を繰り出し続ける。
総合的に勝っているのはディオンの方だ。
これが審査制やポイント制の競技であれば、彼はとっくに勝っている。
けれど彼は……ダンのあまりの気迫に怯んだ。
(なんで倒れねぇ!?)
殴っても殴っても倒れず、いつまでもいつまでも殴り返してくるダンに。
向こうよりはマシだが、自分の方にも確実に積み重なっていくダメージに、痛みに、ディオンは怯んだ。
戦いは心技体。
体は互角、技は僅差、ならば心で負けてしまえば、一気に流れを持っていかれる。
「ッッッ!!!」
「ごはっ!?」
痛みを恐れず捨て身で攻めたダンの拳が、怯んで勢いの弱ったディオンに突き刺さる。
真っ向勝負で一度流れを手放してしまえば、あとは相手の流れに飲み込まれるのみ。
ダンの拳が連続でディオンを打ち抜いた。
「!?」
勢いに飲まれ、怯んだ心が興奮で麻痺させていた痛みを思い出させ、ディオンの動きが止まった。
そこへ興奮状態の真っ只中、依然痛みが麻痺したままのダンが容赦なく攻める。
ディオンの足がもつれ、転び、ダンはそんな彼に馬乗りになって顔面を集中狙い。
「ああああああああ!!!」
「ひっ……!? うぐっ!? あがっ!?」
殴る殴る殴る。
優位を取れた千載一遇の好機。
ここで決められなければ終わる。
だからこそ、残った力の全てを搾り出すように、ダンは限界を越えて拳を振るい続けた。
「な、なんなんだよ!?」
必死に腕で顔を守りながら、それでも防ぎ切れなかった拳を何発も浴びながら、ディオンが叫んだ。
明確に恐怖を感じているとわかる声で。
「なんなんだよ、その顔はぁあああ!?」
ダンの鬼気迫る顔。
今まで見たことの無い顔。
これまではずっと、不貞腐れた顔をして、自分の後ろにいることに甘んじている奴だった。
実力差を飲み込んで、才能の差に諦めて、大した夢も志しも抱かず、ただ金のために冒険者をやっているだけの端役。
大成なんてしなさそうな、英雄になんて間違ってもなれなさそうな、ただの子分その1でしかないような奴。
そんなモブが、ボロボロの体を無理矢理動かせるほどの絶大な根性を拳に込めて、自分を殴ってくる。
「諦めるだろ!? 今までのお前なら!! 俺の知ってるダンなら、即行諦めて絶望しながら死ぬ状況だろ!? なのに、なんで!?」
「……決まってんだろ」
なんともトンチンカンな問いだ。
そんなもの、答えなんて決まっている。
「好きな女の子のために、命を懸けない男がどこにいる!!」
「ッッ!?」
ダンは叫ぶ。
現実は残酷だ。
いくら愛を叫ぼうとも、いきなり覚醒して強くなることは無い。
肉体も技術も、急に強くなったりしない。
けれど、心だけは愛によって劇的に強くなりうる。
肉体の差を、技術の差をどうにか埋められたのなら、あるいは。
愛の力が勝負を決することも、あるのかもしれない。
「あああああああああ!!!」
「お、あ……!?」
最後の一撃。
体力、気力、精神力を、本当の本当に最後の一滴まで搾り尽くして放った、最後の拳。
それがディオンの鼻を直撃し……とうとう彼の意識を刈り取った。
マウントを取っての殴打。
華々しさの欠片も無い、泥臭い、そこらのチンピラのような戦いの末に。
勝ち目の殆ど無かった戦いに、ダンは勝った。
「終わっ、た……」
「ご主人様!!」
ディオンの気絶を確認して、張り詰めていた糸が切れてしまったダンは、そのまま横に倒れた。
ライラが大慌てで駆け寄っていって、治癒魔法をかける。
「ッ!?」
本当に酷い怪我だった。
これで動けていたのが信じられないほどに。
「ライラ……良かった……守れて……」
「!」
ズタズタのボロボロ状態で、意識が薄れていくのを感じながら、ダンはライラに微笑んだ。
ああ、本当に良かった。
ライラを一人にしなくて済む。
いなくならないという約束を果たせた。
ダンという少年に、戦う者としての大した才能は無い。
魔法の天才に支援魔法をかけてもらって、Cランク冒険者と半ば相打ちが精一杯だった。
これからの努力で成長はするだろうが、どんなに頑張っても秀才止まり。
ディオンのような天才や、もっと上の英雄の領域には絶対に到達できないだろう。
けれど、せめて、好きな女の子一人を守れる男になりたい。
世の中に沢山いる、ちっぽけな英雄の一人になりたい。
ボロボロの自分を見て涙を流してくれるライラを見て、ダンは心の底からそう思った。
「ディオン!?」
「ディオンさん!?」
「あー……まさかとは思ったが、マジでそういう状況なわけ?」
新しく三人の声がした。
アデル、ミザリー、そしてヘイオースの声だ。
あの大量の魔物を突破して来てくれたらしい。
ヘイオースはともかく、他の二人はディオンと共犯の可能性がある。
なら、警戒しないと。
(あ、ダメだ……意識、が……)
しかし、ディオンとの戦いで限界の限界に達していたダンは、薄れゆく意識をどうにもできずに気を失った。
「すげぇなぁ。よく頑張ったなぁ、坊主。とりあえず、後始末くらいは、このおっさんに任せな」
最後に、そんな頼りになる声が聞こえた気がした。