新米冒険者が、悲惨な人生を送ってきたダークエルフの奴隷少女を買った話。 作:仮面紳士
「うぅ……」
「ご主人様!!」
目が覚める。
そこは普段寝泊まりしている場所。
見覚えのある安宿だった。
寝ているベッドは幸せな思い出の詰まったものだし、傍らにはちゃんとライラもいてくれている。
「良かった……! 二日も目を覚まさなかったから、どうなるかと……!」
「……ごめん。心配かけたね」
ダンは体を起こして、涙を流すライラを抱きしめた。
痛むところも無い。
多分、気絶している間にライラが治してくれたのだろう。
本当に、ディオンの言う通り、自分なんかには過ぎた子だ。
「あ……」
その時、ダンの腹から『グゥ~』という可愛くない音が鳴った。
二日も寝ていたということは、二日間何も食べていなかったということだ。
一度意識してしまえば、凄い空腹感に襲われた。
「待っていてください。今、消化に良いものをご用意いたします」
「う、うん。ありがとう」
ライラは手慣れた様子で料理に取りかかった。
見た感じ、いつダンが起きてもいいように、下拵えは既に終わらせていたようだ。
これなら本当にすぐできるだろう。
やっぱり、ライラはできた女の子だった。
ちなみに、彼女に料理を教えたのはダンだ。
昔から親の手伝いをよくさせられて覚え、冒険者になってからもディオンにこき使われて、野営時の簡単な料理などを作らされていた経験をライラに伝えた。
その結果、物覚えの良い彼女は、あっという間にダンより上手くなった。
やっぱり、自分にはもったいないほど器量が良い。
「できました」
「うん。ありがとう。いただきます」
ライラの手料理を食べて体力を回復させる。
贅沢をできる金は無いので、料理はとても質素なものではあるが、とても美味しく感じた。
「ご主人様、ご報告があります」
そして、食べ終わったあたりで、ライラは語り出した。
ダンが気絶している間に、今回の一件がどんな結末を迎えたのかを。
まず、ディオンの処罰。
仲間殺しを企てるなんて普通は死罪でもおかしくないのだが、現場を直接目撃したのがライラだけであり、亜人の証言など信じられるかと言われて、極刑には問えなかったらしい。
ダンが目を覚ましてから冒険者ギルドの職員が事情聴取を行う予定ではあるそうだが、それでディオンの犯行が確定しようとも、将来有望なディオンを贔屓した裁定が下される可能性が高いと、ヘイオースに言われたそうだ。
曰く、ここで多大な貸しを作って弱味を握っておけば、将来の英雄候補をアゴで使えるからと。
ディオンにはそれだけの価値があり、逆に凡庸なダンと蔑視れているダークエルフのライラは、その分軽んじられるということだ。
「やっぱり、世の中っておかしいな……」
ダンはもう怒る気力もなく、凄まじい脱力感に支配されながら天を仰いだ。
ライラがダークエルフだからという理由だけで虐げられていることといい、この世界にまともさなんて期待するだけ無駄なのかもしれない。
「でも、それで終わりではありません」
「え?」
けれど、ライラが言うには、こっちが100%泣き寝入りしなければならないというわけでもないらしい。
ヘイオースがかなり怖い顔でギルドに釘を刺してくれたらしく、しばらくは監視役がベッタリとディオンに張りついて、逆恨みによるダンへの襲撃などは絶対にさせないそうだ。
おまけに、賠償金としてディオンの溜め込んでいた金銭の大部分を貰えるとか。
ヘイオースにそこまでの圧力をかける力があったとは……。
意外というか、なんというか。
さすが、腐ってもBランク冒険者ということだろうか。
「あの人にもお礼を言わないとな……」
聞けば、ライラが真っ先にダンのところに駆けつけられたのも、ヘイオースのおかげだとか。
狂騒玉で発生した大量の魔物を、ヘイオースはライラ、アデル、ミザリーの三人を守りながら、バッタバッタと斬り倒したらしい。
ライラはヘイオースの活躍でできた隙を、魔法による強行突破で強引にこじ開けてダンのもとに駆けつけたそうだ。
もう、あの人には頭が上がらない。
「ライラも、本当にありがとう。君が来てくれて、本当に助かった」
「……いいえ。私は、ご主人様があんなになるまで駆けつけられなかった無能。
盾にもなれず、援護もできなかったクズです。
どうか、お仕置きをしてください」
「ちょ!? ライラ!?」
ライラは突然服を脱いで土下座を始めた。
全裸土下座というやつだ。
ロリコンクソ貴族が仕込んだ呪いである。
「頭を上げて服を着て!? お仕置きなんてしないし、それにライラは凄く役に立ってくれたよ!?」
「ですが……」
ダンが慌てて布団を上からかけながら擁護しても、ライラは落ち込んだ様子で顔を上げなかった。
まだ魔法の命中精度が安定しないライラに、ダンとディオンが至近距離で殴り合っているところに援護を入れるなんて無理だ。
盾になるなんて、もってのほか。
そう言っても、彼女の自責の念は消えず、服を着ることも頭を上げることもなかった。
「……ねぇ、ライラ」
仕方なく、ダンは土下座して丸まったままのライラを、かけた布団の上から抱きしめて、言った。
「俺は君に盾になってほしくない。むしろ、俺が君の盾になりたいんだ。君を守りたいんだ」
だって、
「━━君のことが好きだ。ライラ」
「え……?」
ダンは告げた。
愛の言葉を。告白の言葉を。
随分と順番が前後してしまったが、ようやく言えた。
「君に幸せになってほしい。俺が君を幸せにしたい」
頼りない男だけど。
ディオンの言う通り、ライラにまるで釣り合っていない男だけど。
それでも、
「奴隷と主人としてじゃなく、男と女として、君のことを幸せにしたいんだ」
「幸せ……好き……」
布団の中から、ライラの呟きが聞こえてくる。
困惑している感じの声だ。
「ご主人様」
「な、なんだい?」
とうとう答えが決まったのかと思って、ダンは聞き届ける覚悟を決めた。
今、自分は人生で初めて、女の子に告白したのだ。
どんな返事が返ってくるのかわからなくて、痛いほどに心臓が跳ね回る。
そして、
「好き、とはなんなのでしょう?」
「………………へぁ?」
なんか、思っていたのと違う感じの返答が飛び出してきた。
好きとはなんぞやとはなんぞや?
あ、いや、待て。ライラから聞いた半生の話を思い出せ。
愛だの恋だのとは無縁の半生だったはずだ。
つまり、ライラは……好きという感情も、言葉の意味もわからないのか!?
「えーっと、その、好きっていうのは、こう、抱きしめたくなるというか、ずっと一緒にいたくなる感じというか……」
「それは、ご奉仕と何が違うのですか?」
「え!? いや、その……あれだよ! 奴隷と主人としてじゃなくて、隷属魔法無しでイチャイチャしたいというか……」
「…………え?」
「え?」
え? なんで、ライラはそんな絶望的な顔をしているのだろうか?
自分は何かヤバいことでも言ってしまったのだろうか?
「隷属魔法、無しで……。ご主人様は、私を捨てるのですか……?」
「違うよ!? どうしてそうなったの!?」
「だって、
「ッ!?」
ダメだ。これはダメだ。
完全に奴隷としての価値観が刷り込まれている。
これをどうにかするには、もっと長い時間をかけなければならないと直感した。
長い時間をかけて、少しずつ彼女の心を解きほぐしていって、奴隷という立場なんかにすがりつかなくても大丈夫なようにする。
そうじゃないと、本当の意味で彼女を幸せにはできないと思った。
「大丈夫! 俺は君を捨てたりしない! ずっと傍にいる!」
「本当、ですか……?」
「もちろん!!」
前に似たような問答をした時より、遥かに声が震えている。
それだけダンに捨てられることを怖がっている。
好意が増した結果と言えないことはないのかもしれないが……。
「良かった……」
……痛ましい笑顔だと、ダンは思った。
いつかは、もっと幸せそうに笑ってほしい。
心からの安心を彼女に贈りたい。
冷たい隷属の鎖ではなく、温かい愛情に彼女が安心と幸せを見出だせるように頑張ろう。
そして━━その時こそ、告白の続きをしよう。
「ご主人様……!」
「んむっ!?」
とりあえず今は、体でダンを繋ぎ止めようとしてキスをしてきた愛しい女の子から与えられる爛れた幸せに溺れることなく、理想を目指して突き進む向上心を持ち続けることからだ。
……この時点で既に難易度ルナティックであった。